2.事件は知らない場所で勝手に起きる(2)
普段と変わらない平凡な一日だった。
いつも通りに仕事をこなし、夕暮れ時にスズカは自宅への帰路につく。
刺激のない生活に飽きがきていた。
心の弾まない日々を変えたかった。
恋人でもできればこの感覚もどこかにいくだろうと思って奮闘した時期もあった。
しかし、恋人探しも上手くいかず状況は変わらなかった。
「人生ってままならないよなぁ」
ぼやきが声になってしまう。
思わず周りを見渡し誰かに聞かれていないかチェックするが周囲は無人だった。
安堵し空を見上げてみる。
夕日がその姿をほとんど隠し、かすかに残した光の残滓が夜に溶けていく。
このオレンジの空が徐々に青く暗く染まっていく瞬間は好きだった。
天空という壮大なキャンバスが塗り変わっていく様を眺めるのはスズカにとって唯一の心のざわめきかもしれない。
「なんだかこういう感覚って久しぶりだな」
このまま部屋に帰るのももったいないような気がして公園によってみる。
ベンチに座り、日が完全に落ちるまで空を眺めていた。
街灯が灯った公園内には自分ひとりとなった。
「なんで俺はセンチメンタルな気分に浸ってんだよ」
頭を掻きながら自問するが答えは見つからない。
色々考えていくうちに当初の悩みがわからなくなり、空腹に気づいたところで帰宅した。
「ただいまっと」
誰もいない部屋なのでもちろん返事などないが癖だ。
冷蔵庫の中を確認するが飲み物くらいしか入っておらず、カップラーメンで簡単に食事を済ませる。
それから湯船にゆったりと浸かり、風呂上りにビールを一気に呷ると多少は気分がマシになった。
~♪~
スズカのスマホから電子音が鳴っていた。
美由紀からの着信だ。
「もしもし?」
「あー立花さんやっと電話出ましたね。何回コールさせる気ですかー」
「ごめんごめん。ちょうど風呂に入っていたんだよ。
それで何用?」
「明日の誕生日のお祝いの件ですよ。
もしかして忘れてないですよね?立花さんの誕生日ですよ?」
「え?あ、いや、うん。
ちゃんと覚えていたから」
(すっかり忘れていたんだけど)
「それならいいんですが。
明日は18時にお店予約しましたので、場所はマップを送っておきますので確認しておいてくださいね。」
「んーわかった。わざわざありがとうね」
「お礼ならお祝い終わってからにして下さいよ。
それに私の誕生日の時は倍にしてお返ししてもらう予定ですからね」
ふふっと笑う彼女の声を聞いていると気持ちが明るくなってくる。
それから少し他愛も無い会話を交わし電話を終えた。
(他の男共も一緒なんだろうが、美由紀に誕生日を祝ってもらえるなら悪くないかな)
そんな事を考えながらしだいに眠りに落ちていった。
||||||||||||||||||||||||||||||
目覚まし用のアラームの音が聞こえる、、、
「もう朝かよ、、、」
目をかすかに開いてみるが、視界はまだ真っ暗で日が昇っているようには見えない。
「アラームの時間設定間違えたかなぁ」
とりあえずアラームを止めようと手を伸ばそうとした瞬間、異変に気づいた。
「なんだこれ、、、」
身体が動かない。
金縛りで動かないとかそういうのではなく、寝たままの姿勢で箱のようなものの中にいるようで身動きがとれないのだ。
一瞬は夢なのかと思ったが、どうもそうでもなさそうだ。
自室で寝ていたはずなのに、いつの間にこんな状態になっていたのか理解が追いつかない。
声を出して助けを求めてみたが、アラームの音が鳴り続けているだけで誰か来てくれる気配がない。
「ちくしょう!なんだってんだ!」
力任せに身体を揺すり、なんとか出れないか試してみる。
すると唐突に浮遊感を感じ、それから全身に衝撃が走る。
「ぬぁっ!!」
バキっという音がし、身体が宙に放り出され床を転がっていく。
どうやら落下のショックで箱が壊れたようで自由を取り戻した。
「まったく何が起きているって言うんだよ」
周りを見渡してみる。
土壁に囲まれた部屋は薄暗く、中央にはジェンガのように箱が積まれている。
ジェンガの下に壊れた箱があることから、スズカが入っていた箱がジェンガの上段から落ちてきたことが推測できた。
「この箱ってまだ中に人が入ってたりしないよな?」
そう思い他の箱を叩いたりして中に誰か入っていないか確認してみるが反応はない。
ためしに一箱引き抜いて開いてみるが中は空だった。
落ち着いて箱を見てみるとカンオケのようにも見える。
「縁起でもねぇな。
ん?なんか静かになったような気が」
先ほどまで鳴り続いていたアラームが知らぬ間に止まっていた。
とりあえず、この空間から出てみようと扉に近づいたところでバンっと向こうから扉が開いた。
「立花スズカさん!お目覚めの時間です!
あれ?もうご自身で起きられたのですね」
急に着物姿の女が入ってきた。
その手にはホオズキの形を模したランタンを持っており薄暗い室内を照らしていく。
その火に照らされた顔はなかなかの美人だが少し色白過ぎる気もした。
「起こす手間が省けました。それではいきましょうか」
女はにっこりと笑い、空いてる手を差し出してくる。
着物美女の誘いで普段なら喜ぶところだが、いきなりの状況でそんな度胸はない。
「あ、あんたはだ、誰なんだ、、、」
声がうわずってしまった。
「あぁご紹介おくれました。
ワタクシお迎え担当をさせていただいております柊と申します」
ぺこりとお辞儀をする柊の額にキラリと光る何かを見た気がしたがランタンの明かりが逆光になりきちんと確認はできない。
「まずはこちらをどうぞ」
柊は手鏡を取り出すとスズカの姿を映した。
そこには真っ白な和服を着て血の気が無い真っ青な顔をした自分が映っていた。
自身が着ている服装を確認してみる。
うん、白い。
もういちど鏡の自分を見てみる。
「これって死に装束ってやつじゃないのかね?」
鏡の自分に問いかけてみた。
「もちろんその通りじゃありませんか?」
柊が答えてくれる。
「納得できるわけないだろ!
俺に何が起きているって言うんだよ!?」
「それについてはきちんと説明いたしますので。
今は時間がおしてますから参りましょう」
柊はスズカの手を掴むと問答無用とばかりに部屋から連れ出す。
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ」
柊の手を振りほどこうとしたが、思った以上に力が強くその手は離れない。
その場で踏ん張ろうとしたが力負けして引きずられてしまう。
どう見ても華奢な姿の女性に片手で軽々と引っ張られていく成人男性。
小型犬の散歩だってもう少しマシな抵抗をするものじゃないだろうか。
そう思うと意地でも抵抗てやろうと足掻いてみたが、ある事に気づき抵抗を止めた。
(このごつごつした地面の上を数十メートルは引きづられているわりに痛みを感じていない?)
ためしに頬をおもいっきりつねってみるが何も感じなかった。
こうなると現状を理解できた気がした。
(たんなる夢オチじゃないか。それなら慌てる必要もないな)
せっかくの夢なら美女との触れあいを楽しもうかという下心すら出てくる。
そんなスズカのことなど気にもせずに柊は荒削りの洞窟のような通路を黙々と歩いていく。
通路には一定の間隔でスズカが出てきた扉と同じ扉がついており、それぞれの扉の上には非常ベルのようなものがついていた。
スズカが目覚めた時に鳴っていたアラームの正体はこのベルだろうと思われた。
柊に引きずられながらその手の感触をのんびり楽しんでいたが、急にガタガタと衝撃を感じ視界がぐるぐる回る。
「ちょ、ちょっと!柊さん!
これ階段!じ、自分で歩きますからは、離して!!」
なんとか解放され自身の脚でその後を着いて行く。
(いくら夢でもあんな風に扱われたらたまらないって)
柊の後から階段を上がっていくとだんだんと周りが明るくなっていく。
それと同時に気温もあがってきているようで蒸し暑くなってきた。
「あの~柊さん、これってどこに向かっているんですかね?
なんか上に行くほど暑くなっていません?それになんだが騒々しくなっているような」
「出口に近づいてますからね。あともう少しですよ」
柊はあまり多く語らず先を急ぐ。
スズカも彼女に離されないようぴったり張り付いていく。
それからしばらくして階段を上がりきったところに真っ赤な扉がありその前で柊は立ち止まった。
「お疲れ様でした。
目的地に到着しました」
スズカの到着を待っていたかのように扉がひとりでに開いてく。
それと同時に凄まじい熱気が噴き出しスズカは思わず顔を背ける。
恐る恐る目を開けていくとそこは暗き空に燃え盛る山々、無数の人々の呻き声が響き、真っ赤な大御殿がそびえたつ景色。
「こちら閻魔大王様が治めております死後の世界でございます」
そこでスズカはようやく気づいた。
先ほどの薄暗い洞窟のような空間ではわからなかった。
燃え盛る火によって明るいこの場では、はっきりと見える。
そう柊の額には火を照り返して輝く白い <ツノ> が付いていた。
柊はにっこりと笑いまたその手を差し出してきた。