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1.事件は知らない場所で勝手に起きる(1)




振動するスマートフォンのアラームでその男、立花スズカは目覚めた。



「もう朝かよ、、、」



眠たげに半身を起こすが瞳はまだ閉じ、しばらくは身じろぎもしない。

10分ほどまどろみの時間を堪能しようやくベッドから起き出した。



「今日ってどこの訪問予定してたっけなー」



仕事への身支度をだらだらとやりながら寝癖をチェックすため鏡をのぞき




「げ、また白髪増えてきてないか?

 ストレスかなー、三十路前になるとやっぱ髪とかにくるのかな」



寝癖がなかなか直らず、そのうち元に戻るだろうと諦め部屋を出た。




コンビニで適当に朝食を済ませ、会社へと向かい出す。



「立花さんおはようございまーす。寝癖たってますよ?」



背後からの声に振り返るとそこには同僚の美由紀が俺の髪を指差しながら笑っていた。




「んー?あぁこいつ面倒だったからいいんだよ」



「またそんなこといって。この間も寝癖つけて部長に営業マンがそんなんでどうするって怒られてたじゃないですか」



「別にいいさ。部長だってバレバレのカツラつけて訪問してんだから似たようなもんだろうさ」



「それ部長さんには言わないでくださいよ?」



美由紀はくすくすと笑い



「それはそうと立花さん明日が誕生日でしたよね?

 夜の予定あいていませんか?良かったらお祝いしたいのですが」



「明日?そういえば誕生日だったな。特に予定無いし大丈夫だよ」



 (もしかして二人きりで祝ってくれたりするのかな)



なんて淡い期待を想い浮かべてはみたが



「もちろん同僚のみなさんにも声をかけますよ」



はい撃沈。



「だ、だよね。明日の夜はよろしく」



「それは良かったです。また連絡しますね」



そういって彼女は笑顔を残して行った。



「あれだけ屈託なく笑顔を向けられると逆に悲しくなるな、、

 しかも、三十路祝いってのもなんだか微妙な気分だし、、」


はぁ、っと肩を落とす。



「せめて彼女でもいたらなー

 人生変わるほどの楽しみって何か無いものか」



無駄なぼやきだなと思いつつ会社へと向かった。






||||||||||||||||||||||||||||||







そこは日の光など届かず、常にうだるような熱に支配されていた。

人々の悲鳴や呻き、怨嗟の声が響きわたる。

そんな世界が彼女の仕事場。

地獄と呼ばれる地の底で鬼人として生き、亡者に罪の清算を科す獄卒としての日々を過ごしていた。



「ツグミ!ツグミはどこにいる!?」



亡者共の声を掻き消す、雷鳴の如き声が響き渡り彼女は跳ね起きた。



「ヤバっ!サボってるのまたバレてしまったかな?」



亡者用の拷問器具の置き部屋は土壁がほんのりと温かく、藁を敷くと昼寝をするにちょうど良いいため彼女のお気に入りのスペースとなっている。

ささっと藁を片付けると脱兎の如く部屋を駆け出した。



この世界でこんな大声を出せるのは一人だけ。

と、なれば行き先はただ一ヶ所。



地獄の入り口。

亡者が天国行きか地獄行きかの判決を受ける裁判所。

閻魔宮殿の裁判長こそが今回の声の主。



「閻魔大王様!ツグミただいま到着しましたー!」



閻魔大王と呼ばれた赤ら顔の大男は机上にある書類の山に目を通しながら言葉を放った。



「ツグミよ、先ほど亡者達の脱走が発生したという話を知っているか?」



「え?あ、もちろんですよ。

いやぁ大変な騒ぎでしたよねー」


 (んー寝てたから気づかなかったけど、そんな騒ぎあったんだ。)


「まったくどこの獄卒が管理していたんでしょうねー。

 しっかりと罰を与えて反省させた方がいいと思いますよー」 



大王は書類を机の脇へとどかし、ツグミをひたと見据えている。



「わしもまったくもってその通りだと思う。

 ちなみに脱走した亡者は子供達だと聞いておるが、担当の獄卒は誰だったかな?」



「え゛!?」

 

ツグミは思わず、自身の胸元にある名札を確認する。



{ 賽の河原 担当獄卒 ツグミ }



親より先に亡くなった子供たちは地獄に落ち、賽の河原でその咎を受けることとなる。

早い話が子供が落ちる地獄というのが賽の河原で、その担当はツグミだった。



「そう。そうなのだ。賽の河原担当はツグミお前だ」



大王はツグミの名札を指差し自身に言い聞かせるように頷いた。



「もう一つ問うが、今週に入り何人の子供達が脱走したかな?」



「えーと。5か6人くらいですかね?」



ツグミの視線は定まらず、もはや大王の顔を見ることができずにいた。



「23人だ!!!」



堪らず大王の雷鳴のような声が轟き、ツグミの体はその衝撃で震えた。

裁判待ちで待機していた亡者達がその声量に気を失っている。

鬼人の身体は丈夫なので平気なのだが、気を失うほうが楽なのではという気もする。



「何度脱走させれば気が済むのだ!

 たまのミスであればわしも許そう、だがお前の場合は常ではないか!

 そのうえ、何か問題がある度にその中心には必ずと言っていいほどお前がいるじゃないか!!」



話していくうちにヒートアップした大王は、はぁはぁと肩で息をしている。



「わしも裁判で忙しい身の上だ。これ以上の時間は割けん。

 今回の罰として、命の灯火の間の掃除を命じる」



「か、かしこまりましたー!

 すぐに作業にかかりまーす!」



大王の前から逃げ出せるのであれば何でも良いとばかりにツグミはその場から駆け出して行った。




[ 命の灯火の間 ]




壁一面に所狭しと大小様々なロウソクが並べられ、各ロウソクには一人ずつ生者の名が記されていた。

煌々と燃え盛るロウソクの火は [ 命の灯火 ] と呼ばれ、そのロウソクに記された生者の命を現す。

この火が消えた時が生の終わりを示すため、ロウソクの長さがその者の寿命ということになる。



燃え尽きたロウソクの片付けを始めてからどれだけの時間が経過しただろうか。

火が灯ったロウソクを消すわけにいなかいからどうしても作業は慎重になる。

はじめのうちこそ黙々と作業をこなしていたツグミだがすぐに飽きがきた。



「よく考えたらこの作業って終わりがあるのかしら。

 閻魔様もとんだ罰を与えてくれたものね」



延々と続くロウソクの並びをみていると気が遠くなりそうだ。

なにせ正者の数だけあるのだ。途方もない。



「まぁいいわ。

 どうせ時間だけはあるのだから気長にやっていくとするわ」



一部のロウソクを丁寧に寄せていき、壁に背中を預けて座りこむ。

ふと手元にあった一本を目の前に掲げ、しげしげと眺めてみる。



「へぇーあなた、立花スズカっていうのねー。

 わたしが軽く息を吹いただけで死んじゃうってどんな気分?」



ロウソクに記された名前に語りかけ、ふっと息を吹きかける素振りをみせる。



「なーんてね。

 死神様じゃないんだからわたしにそんな権限なんてないんだけどさ」



スズカのロウソクを元の場所に戻すとふと違和感に気づき。



(あれ?このロウソクって同じような長さのロウソクと比べて火が明るい色していない?)



他に同じようなロウソクが無いか軽く見渡してみるが似たようなモノは無い。



「幼子達の寿命が長いロウソクなんかは同じような明るさしてるけど、なんでかしら?」



思わぬ疑問にツグミの好奇心が刺激されてしまった。

こうなると罰で掃除の使命を与えられたことなどもう頭には無い。



つついて。



こすって。



匂いをかぎ。



舐めてもみる。



味は不味い。



思いつく限り色々と試してみるが、他との違いを見つけることはできなかった。



「む~わからぬ~。

 もういいや。お手上げよーー」



言葉通り両手を放った。



そう立花スズカの名前が記されたロウソクを握った手を。



「あ!!!」



握りこんでいたロウソクが放り出されてしまい宙を回転していく。



「し!



 ま!



 っ!



 たーーーー!!!!」



あわや床に落ちる直前になんとかロウソクをキヤッチできた。



「あ、危なかったわ、、、

 我ながら素晴らしい動きだったと思うわ」



呼吸を整え落ち着いたところでロウソクを元の場所に戻す。



だが、



ツグミの手から離れたロウソクがみるみる崩れだした。



「ちょっとー!?!?

 ど、どうしてよー!?!?」



思わぬピンチで必死になって掴んだことが仇になったようで力が入りすぎていたのだ。

人の骨などたやすく握り潰す鬼人のツグミに掴まれてしまったのでは無事にすむはずがない。



なんとか元に戻そうと形を整え手で押さえてみるがぼろぼろと崩れてしまう。



「どうしよう、、、これ、、、」



残ったのは灯火のサイズよりもはるかに少ない量しかない。

燃え尽きるのは時間の問題だろう。



「気の毒だけど、こうなっては仕方ないわよね」



そそくさとロウソクを元の位置に戻し、崩れてしまったロウは着ている着物の袖に隠した。



「名前しか知らない人だけど、形見代わりにもっててあげる」



罪滅ぼしのようなセリフを言ってはいるが、たんに証拠を隠しているだけだ。



「そういえば掃除の途中だったのよね。

 また大王様に怒られてしまう前に始めましょうかねー」



そしてツグミは起きてしまった事実から気をそらすよう掃除に集中することにした。




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