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27話 攻めます


自分の行動でシェルトをノーマル(コッチ)側に引き込める可能性を見出だし、味をしめた私は積極的に攻めることを決意した。でもリコリスの言った通りに攻めすぎてはいけない。


今日もシェルトに聞かれないように店内の隅の方に座って、タオルを畳みながらアドバイス受ける。女将さんは私の気持ちを察しているようで、気を回してくれている。


「ねぇリコリス、手を繋ぐでもなく、腕を組むでもないの?」

「はい。帰る時にシャツの腕のところをちょこんと摘まんで下さい。それで、シェルトさんが気にして手を繋いできてくれたら合格ですぅ」



「なるほど………でも何で摘まんだのか聞かれたら、何て答えたら良いのかしら」

「それはアメリーさんの素直な気持ちですよ」


「気持ちかぁ」

「そうですよぉ」


任せっきりは良くないからと考えてみるけど、素直な気持ちをどう伝えるか頭を悩ます。好きだからと直接言うのは論外だし、気持ちを伝えることの難しさをひしひしと感じる。


答えがでないまま私とシェルトは店を出て家へと向かう。私はじぃーっと一歩後ろからチャンスを窺う。でもこのまま見ていてら家に着いてしまう。女は度胸だ!と気合いをいれてシェルトの袖を摘まんだ。



「アメリー?どうしました」

「…………………………………………っ」



あぁぁぁぁ!やっぱり思い浮かばない。“意識して欲しいから”とか“好きな人と手を繋ぎたいから”とか直接的な理由しか思い付かない。何かを言わなければと分かっているのに、言葉を紡げずに歩みまで止めてしまった。そのまま歩いていたシェルトと距離ができて、軽くしか摘まんでなかった彼のシャツは私の手から逃げてしまった。


「ぁ…………」


やっと出た言葉が、落胆の色が乗った弱々しい一文字。攻めると意気込んでみたものの上手くいかず、空いた自分の手に視線は落ちる。すると私の手に影が重なった。



「アメリー、ほら」


「え?」


「繋ぎたかったのかなと思って。違いました?」


いつの間にかシェルトが近くに寄ってきていて、手のひらを私に向けていた。吸い寄せられるように手を重ねた。


「よく分かったわね」

「何となくです。当たってて良かった」


彼はホッとした様子で、いつものように私の手を引いて歩き始める。だけど私は繋いだ手の力を緩めて一度ほどき、すぐに指を絡ませるように繋ぎ直した。ようは恋人繋ぎだ。



「えっと、その…………」

「駄目だった?やってみたかったんだけど」



シェルトから感じられる少し緊張した空気を無視するように、私は無関心を装って明るく答える。素直に言葉にできなかった分だけ、行動で示そうと思ったのだ。けれど指を絡めた手からはいつもより彼の体温が伝わるようで、私の顔に集まる熱さは無関心ではいられない。

今は夕方だ。この火照りはじめた顔の赤みは、照らす夕日のせいだと思って欲しいところ。



「いえ。でもこの繋ぎ方はドキドキしてしまいますね」



シェルトが私の気持ちと同じ事を呟いた。それがとても嬉しくて、ぎゅっと彼の手を握る力を強くする。するとシェルトも強く握り返し、また歩き始めた。


真っ直ぐ前を見ている彼を横目で見る。するとパチっと視線がぶつかった。その瞬間、私は目を逸らしてしまった。だって…………いつも慈しむような色をした彼の瞳に、なんとも言えぬ熱が込められていたからだ。私の知らない彼を見てしまい、動揺してしまった。確認するようにまた忍ぶように横目で見るが、もういつもの彼の色に戻っていた。



「どうかしましたか?」


「えっと、夕飯は何かな?って」


「ふっ、何にしましょうか」



いつもの困った笑みの彼に安堵し、家路につく。この日からシェルトに変化があった。何か独り言を呟くようになり、ため息ではなく深呼吸が増えた。聞くところ“心を鎮める”ためとの事。


それはせっかく先日感じてくれたドキドキを消すということではないかと焦った私は、自ら毎日恋人繋ぎをするようにした。だが逆効果だったようで、シェルトは“これは試練か……”と影で頭を抱えるようになっていった。それはアッチやソッチとしての誇りや情緒が崩れそうということだろうか。そういうことなら大歓迎だと判断して、恋人繋ぎを継続していたのたが…………さっぱり疲れを癒すはずのシャワーを終えたシェルトに疲労感が漂っていた。そして屋根裏部屋は出禁になってしまった。


「なんで?」

「なんでか分からないうちは駄目です。アメリー、俺は犬なんです」


と言い残して、追ってこれないように梯子は屋根裏部屋に引き上げられてしまった。出禁の本気度を感じつつ、シェルトの言い訳の真意が分からない私は呆然と天井を見ることしかできなかった。




「あの人カッコいいよね」

「ね~優しそうで良いよね」


屋根裏部屋を出禁になってショックを引きずりつつ数日後、ホールから囁き合う女性の声が耳にはいる。カッコいいお客様でもいたかなぁと、好奇心で見渡すがピンと来ない。


「話しかけてみる?」

「忙しそうだけど大丈夫かな?」


「手でも振ってみる?」

「こっち見ないかしら」


店内で忙しい男性はふたりしかいない。私はハッとして女性客の視線の先を見る。そこにはカウンターの向こうで楽しそうに料理を作るシェルトの姿があった。


「───っ」


ドキンと胸が痛む。

シェルトの亜麻色の髪と新緑の瞳は両方とも優しい色をしている。顔立ちはほんのり甘くて、でも料理をしている時の真剣な眼差しは鋭く、身長も高め。私以外の女の子も興味をもっても不思議ではない容姿をしていた。

その事に今さら気付き、誰かに取られてしまうのではないかと心の底にインクが落ちたように暗い色が広がる。


シェルトのご主人様は私なのに。シェルトは私のものなのにと、なんの効力もない言い訳を自分の中で並べていく。

そしてごはんを食べ終えてもシェルトに秋波を送る女性客に対して溢れる醜い感情に自己嫌悪しつつ、下げた食器を渡しにカウンターにいく。するとポンと頭に重みを感じた。


「あとお昼も少しです。頑張りましょう?」


カウンター越しにシェルトが腕を伸ばして、暗い顔をした私を励ましてくれたのだ。仕事の時には全く触れてこない彼の行動に、それだけで私の心は晴れていく。後ろからは粘っていた女性客が残念がって、席を離れる音もした。


「ありがとう。元気でたわ」

「よかった。じゃあこれ煮込み定食2つお願いします」

「了解よ」


私は嬉しい気持ちを表すように、自慢のポニーテールを揺らして定食を運んだ。





「ということがあったの。リコリスからみてどう思うかしら?」

「なるほど。アメリーさん、もう私からアドバイスはないですぅ」



定番となったリコリスへの報告タイムで、まさかのサービス終了にショックを隠せない。リコリスのエプロンの端を摘まんで、助力を乞う。


「そんな……屋根裏部屋も出禁になって、どうすれば良いか分からないのに」

「屋根裏部屋に行きたければ、素直な気持ちを表現して、覚悟を決めるだけですよぉ?」


「覚悟って告白の?」

「それもですけどぉ…………もう先は言えません。私はアメリーさんのご無事を願うのみですぅ」


ぎゅっと両手を包み込まれ、まるで身の危険を案ずるように祈りを捧げられた。これは玉砕へのカウントダウンなのかと心配になる。でも祈り終わったリコリスのふふふと笑う顔を見たら、不安も薄れた。



今日はいつもより大胆にアピールしようと心に決めて、仕事終わりのシェルトの隣を歩く。手は恋人繋ぎのように指を絡ませている。この時間はとても幸せで、このままでも良いと思えてしまう。でも駄目よ。油断している間に誰かに取られたらやるせない。油断は大敵だと以前にじゅうぶん痛感した。


私は絡めていた指をほどいて、シェルトと腕を組むように抱き付いた。パッと見て細身だが、やはり重たい鍋やフライパンを振るだけあって見た目以上にがっしりしていた。


「アメリーは俺をからかっているんですか?」


歩くこと数分、シェルトの反応をドキドキして待っていたら聞いたこともない低い声が耳に届き、肩がピクっと震える。


「最近ずっとリコリスさんと内緒話をしているようですが、何を吹き込まれているんですか?」

「吹き込まれているだなんて、違うわ」

「では何で俺にこんなことするのか分かりません。俺の気持ちも知らないで…………っ」



その声はほんのり怒気が含まれていた。私は腕を解いて慌ててシェルトの正面にまわる。本当は好きでもない人にベタベタとされて嫌な思いをさせていたのだろうか。


「ごめん、シェルトを怒らすつもりは無かったの。ただ…………こうしたくて…………私の勝手なの。リコリスは相談にのってくれただけ」

「直接俺には相談できなかったんですか?」


「うん……できないよ。恥ずかしいもの」

「恥ずかしい?ご両親の命日が近くて、温もりが恋しくなっていたことが?」


そうか。シェルトは私が寂しがっていると思って、親代わりのように甘えさせてくれていたのか。でもシェルトが来てから私はあの孤独を思い出していない。私がシェルトに触れたい理由は両親のこととは関係ない。信じて欲しくて、私はシェルトの目を真っ直ぐに見つめた。



「両親の事は関係なく、私はシェルトに触れたかったの。もっとあなたに近づきたかったの…………!」


シェルトの目は落ちそうなほど見開かれた。そして何か耐えるように奥歯を噛みしめ、私の手を乱暴に掴み歩き始めた。手を引く力は痛むほど強く、駆け足になるほど歩調は速い。


「シェルト!?待って」


声をかけるが答えてくれない。あっという間に家に着き、扉が閉められた途端にシェルトに抱き締められる。私の心臓は今までにないほど速く脈打つ。そして包み込むシェルトの胸からもドクンドクンと速い鼓動が聞こえた。



「アメリーは分かっているんですか?別な感情と勘違いしてませんか?」


腕の力が緩み見上げると、以前見た時よりも温度の高いシェルトの瞳が私を見下ろしていた。玄関の扉の窓から差し込む夕陽に照らされた彼の新緑の瞳の色は濃くなり、私は瞳の深みに囚われたように動くことが出来ない。



「あなたは近づきたいと言いましたよね?つまり…………こういう事をされても良いってこと?」


シェルトの長い指が私の頬を滑り、両手で包み込まれる。そしてコツンと優しく当てられた額からは、彼の瞳と同じような熱さを感じる。鼻の先が僅かに触れていて、苦しげな吐息を肌で感じるほど、シェルトの顔が近くにあった。


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