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20話 捨てられた理由#

sideシェルト


久々にあの時の夢を見た。アメリーに話してほしいと言われたから、思い出すのに丁度良いが気分は最悪だ。



「うーん……どれだろう」



カチャカチャと食器の音と、愛しい人の悩む小さな声が耳に届いて意識が浮上してくる。腕に抱く柔らかな枕からはほんのり甘い彼女の香りして鼻腔を擽り、まだ微睡みに沈んでいたいが…………



「はぁ…………私って無力…………」



落ち込む声に俺の頭は無意識に反応して覚醒する。重たい瞼を開いた先には台所に茶葉の缶をいくつも並べ、頭を抱えるアメリーの姿が見える。

彼女は茶葉を選んでいるらしい。はじめは一種類しか無かった茶葉は今や7種類まで増えて、ラベルは貼ってあるがすべて同じ缶に統一したためどれを使えば良いのかわからないのだろう。



「アメリー、俺が淹れますよ?」

「シェルト!もう起きても大丈夫なの?」

「だいぶ回復しました。夜寝れるか心配なほどです」



俺の起床に気付いたアメリーは駆け寄り、肩を支えて体を起こすのを手伝ってくれた。


「うーん、でも顔色は良くないわ。お茶は私が淹れるわよ……シェルトほど上手じゃないけど。茶葉だけ教えて」

「3番のはどうでしょうか。よく飲んでいる茶葉ですよ」

「ありがとう!待っててね」


久々にお茶を淹れるのに緊張気味なのか、彼女はお湯と茶葉を注ぐとソワソワとポットを見つめている。台所にはティーカップが2つ用意されていて、俺の分もはじめから用意するつもりだったことが窺える。

アメリーは本当に優しくて、可愛い。このまま後ろから抱き締めて癒されたい。昔を思い出して弱っているんだと伝えたら、優しい彼女は許してしまうだろう。


「はは…………」


自分の卑怯さに自嘲していると、金色のポニーテールを揺らしてアメリーが振り向く。


「どうしたの?笑って……」

「アメリーが台所にいる姿が新鮮だなぁって思いまして」


「言っとくけど、私の台所のはずなんだけど。まぁ、シェルトの方が台所が似合うのは否定できないけどね」

「うん、知ってる」


ぷくっと頬を膨らませた彼女は再びポットに集中する。そんなに蒸らしたら苦味が出やすい茶葉なんだけどなぁと思いつつ、アメリーが淹れてくれたお茶なら何でも美味しい気がするので見守ることにした。


そのあとは、予想通り少し苦めになってしまったお茶とアメリーが買ってきてくれたお弁当で夕飯を済ませた。やはり食通のアメリーが選んだお弁当なだけあって、冷めているのになかなか美味しかった。今度研究しようと目標をきめながら、食後のお茶は俺が淹れた。


「どうぞ」

「ありがとう…………はぁ、やっぱりシェルトのが美味しい!本当に同じ3番?なんで~」

「そうですよ。何ででしょうね?」


簡単にはコツは教えない。自分で淹れられるようになったら、俺の出番が減ってしまう。そして紅茶がカップの半分ほど減った辺りで、口を開くことにした。


「俺は元々はレーベンス騎士寮の食堂で副料理長をしていたんです」

「────!」


アメリーは驚き何かを聞こうと一度口を開けるが、すぐに閉じて聞き役に徹する構えを見せた。だから俺は淡々と語ることにした。



俺は元々騎士を目指していた。しかし剣のセンスが無いことを15歳の時に悟った俺は、騎士の候補生を辞退することを教官に申し出た。すると加護持ちなのに勿体無いと、レーベンスの騎士寮の料理人として働かないかと伯爵直々に提案があり受諾したのだ。


「おい、シェルト!床が汚れてるぞ」

「はい!すみません!」

「ベッドのシーツはピンと張らんかい」

「はい!今すぐ直します!」


待ち受けていたのは料理の修行をしながら、師匠で料理長の生活の世話だった。若くに奥様を無くした料理長は家事は全くできないのに、使用人を雇うことを嫌っていた。だから師匠の部屋は常に荒れていた。伯爵は随分と心配していたようで、弟子なら仕方なく受け入れるだろうと俺を利用したらしい。「君に大切な友人を支えてほしい。それが私の助けになる。頼んで良いかな?」とレボーク伯爵に言われてしまえば断ることなど出来ない。


それに平民相手なのに、俺の両手をしっかり握り必要としてくれた事がとても嬉しく、伯爵様の期待に応えたいと思った。料理長の支えを通じて、立派な伯爵様の助けになりたいと忠誠を誓った。


それから必死に料理も家事も覚えた。シミをひとつも残さないように洗濯物を終わらせ、アイロンもきっちりこなす。床もピカピカに磨き、窓も曇りがないように拭いた。その間にも料理長に嫌がられても背後に付きまとい、料理の手際を観察したものだ。


「ははは!儂の小姑攻めにも負けず、図太く料理の勉強をするのはお前が初めてだ。どいつもすぐに折れたがシェルトは見込みがありそうだ」

「では────!」


「今日から直々に教えてやる。仕込みも、仕上げも、仕入れも、手際も何もかも。ついてこいよ?料理長ではなく今日から師匠と呼べ」

「はい!お願いします!」


そして師匠の直接的指導のお陰で俺はどんどん腕を上げた。若い俺が年上を差し置いて副料理長になった時はやっかみもあったが、懸命に料理を作り、誰よりも働くと他の料理人たちは自然と認めてくれるようになった。年に1~2度視察に来るレボーク伯爵も俺を誉めてくれた。

それから引退を間近に控えていた料理長の代わりに、俺が厨房を取り仕切るようになった。予算と、食材を眺めながら、肉体の消耗が激しい騎士たちに合わせたメニューを日々考える。そして、それを食べて笑顔になる騎士たちを見るのが俺の幸せだった。騎士が健康でいることがレーベンスの街を守ることに繋がり、それが主である伯爵様の助けになっていると信じていた。


そして師匠が引退して、自分もまわりも次の料理長は俺だと思っていた。しかし料理長が引退しても正式に辞令が下されない。不思議に思いつつも1ヶ月が過ぎた頃、そいつは突然現れた。


「本日よりレーベンス騎士寮の料理長を拝命したロキュス・ブランドンだ。皆のものは私に従うように」


俺とさほど年齢の変わらぬ若者の出現は、料理人も騎士たちも寝耳に水だった。知っているのは王都にいるレボーク伯爵と、レーベンスの領主代行をしている伯爵様の従兄弟カルロス様くらいだろう。

カルロス様の話によるとロキュス・ブランドン様はブランドン子爵家の三男で、王都の料理人の元で修行をしていたらしい。そして免許皆伝を機会に伝を使ってレーベンスの料理長に就任したとのこと。平民の俺は黙って従えと初日に言われてしまった。


相手は貴族だし、実力があるなら当たり前の指示なので素直に了承したのが間違いだった。

レーベンスの厨房はあっという間に空気が変わってしまった。料理人たちは単なるブランドン様の手足として使われ、疑問を挟むことも許されず機械のように下準備だけ行う。今まで交代で一品は自由を任されていた料理人たちは誇りを奪われ、厨房の雰囲気はピリピリし始めた。しかも作る料理はまるでフルコースのような上品なメニューばかりで手間も予算も栄養も考慮されてないように俺には見えた。前任の料理長が築きあげた歴史を無視するようなブランドン様の行いに、ついに我慢できずに異論を唱えた。


「ブランドン様、差し出がましいかも知れませんが副料理長としての言葉をお聞きください。メニューを元に戻してくださいませんか?新しい料理は騎士寮には合いません。ここには、ここの伝統的なやり方が……」


「煩い。料理の味に問題でもあるのか?見た目もずっと綺麗になったというのに………………じゃあ私とシェルト殿で料理勝負をしよう。審査員は騎士たちに任せて、勝った者の方針に従う。どうだろうか?」


「分かりました。やりましょう」


判定を公平にするために勝負はその日の夜に急遽行われた。トレーにはブランドン様と俺の勝負の皿を一皿ずつ乗せ、返却口で判定を貰う。騎士たちは全く趣向の異なる二皿を楽しめるとあって楽しそうに食べていく。


大丈夫。騎士たちはずっと俺たちの料理を美味しそうに食べてきた。どれだけ彼らの事を考えながら作ってきたか伝わっているはずだと自信を持っていた。



「シェルト殿、私の勝ちだ」



しかし告げられた結果は無情だった。ブランドン様の勝ち誇った言葉に足元が崩れそうな感覚に陥る。驚くほどの俺の完敗だった。多くの騎士たちは珍しい上品な皿を選んだのだ。

確かにブランドン様の皿は美味しかった…………特別な日に口にするような料理だと思った。だけど今後の料理の方針を左右するのであれば、いつもの料理で勝負だと思っていた自分の馬鹿さが突き刺さる。


「ブランドン様が来たお陰で、こんな貴族のような料理が食べれるなんて嬉しいな」

「俺たち騎士も地位が向上した気分になるし、明日はどんな高級料理か今から楽しみだ」

「いつもの料理も上手いけど、レベルが違ったな。さすが王都で修行したお方だよ」


結果を知った騎士たちから聞こえるのは班長たちを筆頭にブランドン様の料理の称賛だ。それに部下の騎士たちも賛同していく。毎日作っていたけれど、そういえば誉められたことなどほとんどなかった。今までの俺の努力はなんだったんだ。何一つ想いが伝わっていなかったことが信じられない……その納得できない気持ちが顔に出ていたのだろう。

その翌日には領主代行のカルロス様に呼び出され、当日中に騎士寮から出ていくよう命令をされてしまった。カルロス様の隣ではブランドン様が憐れむような瞳で俺を見ていた。

しかし辞めるなど簡単に受け入れることは出来ない。俺の主は目の前の二人ではなく、レボーク伯爵だ。


「勝負に負けた俺はブランドン様に従うつもりでいます。それに俺は料理長を支えることで、領主様の助けになるよう命じられてここで働いています。俺はレボーク伯爵の命でない限り辞めることはできません」


レボーク伯爵は立派でお優しい方だ。あのお方なら俺を認めてくれていると信じて疑わなかった。


「シェルト殿がいう料理長は前任の事だろう?前任は既に引退され、世話係の君はすでに不要なのだ。それに料理の勝負もブランドン様に大差で負けたような実力者は今後雇えない。立ち去るがいい。もう気安くレボーク伯爵に近づくことも駄目だ」

「───っ!」


俺は信じたくなくて唇を噛んだ。唇は痛み、血の味がわずかに口に広がって夢でないこと実感するだけだった。レボーク伯爵が大切にしていたのはあくまでも前任の料理長であって、俺ではなかった。現実に耐えきれず、床に膝をつき絶望するしかなかった。とんだ勘違いをしていたものだ。

この様子を横目に、ブランドン様は席を立った。


「カルロス領主代行、仕込みがありますのでもう良いでしょうか」

「えぇ、宜しいですよ。これから料理がしやすくなりますね。ブランドン殿には期待しておりますよ」

「…………失礼する」


カルロス様から許可が出ると、ブランドン様は先に部屋から出ていってしまう。すると目の前にどんと重そうな鞄が投げられた。


「これは……?」


蔑む目線を寄越しながら鞄を投げた張本人のカルロス様に問う。


「元より君は目障りだったんだ。しかし私は人の上に立つ貴族らしく寛容だ。善意でブランドン殿が勝負を許しチャンスを与えたのに未だに生意気な目をして…………これは正当な処分だし、私は優しいから、生活に困らない退職金を渡そう。だから……分かるね?」


足元を見られ一瞬頭に血が上った。だが、今すぐ追い出されては生活できないのも理解していた。悔しいがカルロス様に従うしかないし、何よりもう反論も反抗もする気力はなかった─────




「そして10年ほど勤めていた寮を出て、やけ酒して、潰れて、アメリーが拾ってくれたのがあの夜です」



冷めきったティーカップの紅茶の水面には、酷い顔の自分が映る。視線をあげてアメリーを正面に見ると、彼女は涙を浮かべて俺よりも悔しそうな顔をしていた。あぁ、そんな顔をしないで…………俺は言葉を続ける。


「でもそのお陰で俺はアメリーに会えて、こうやって楽しい生活を送れているんです」


「本当?」


「はい、俺は毎日アメリーに救われているんです。作った料理を美味しいと言って食べてもらい、必要とされ、認めてくれる。アメリーは俺の失ったもの全てを満たしてくれているんです」


+αの気持ちがあるから、前より幸せを実感している程だ。


「むしろおじいさんの料理長より、アメリーのお世話の方が何倍も楽しいですしね!相手は可愛いし、文句は言わないし、何よりこうやって親身に聞いてくれて優しいですから」


アメリーの憂いた表情を晴らしたくて、笑顔を作って冗談めいたセリフを言う。だけどアメリーの表情はまだ固い。


「アメリー?」

「泣いても良いんだよ。悔しかったでしょ?当日のあの日しか泣いていないんでしょ?泣き足りてなさそうよ!こんなに悲しそうなのに、シェルトが今も辛そうなのに、我慢なんてしないで。私とシェルトの仲じゃない!」


そういってアメリーは席をたち、俺のとなりにくると両手を広げた。


「今日は泣きなさい。胸はいくらでも貸してあげるわ!」


俺の可愛い天使は、なんて漢らしいのだろうか。あぁ……寂しさから抱き締めないように我慢していたのに、無駄になってしまった。


「アメリー、ありがとう……っ」


そして彼女を引き寄せて肩に頭を預けた。アメリーの体は俺よりも小さく頼りないのに、大きく感じた。そして彼女は落ち着くように優しく頭を撫で続けてくれた。

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