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19話 お疲れです


「また来るよ」

「今日はスカッとしたぜ」


「お騒がせしました!またお待ちしてまーす」



セクハラ事件から一時間、ようやく最後のお客様を見送った。看板を準備中にひっくり返して、私は空に向かって伸びをする。真夏を迎えた太陽は正午を過ぎても高く、陽射しが強く照りつける。



「はぁ……夏かぁ」



夏も涼しいと言われているこの街レーベンスと言えど、やはり夏は暑いものらしい。昼間の厨房は地獄のような暑さで昨年のマスターのヘトヘト、ヨレヨレ姿を思い出す。今年はシェルトが灼熱と戦っている。火の精霊の加護持ちは暑さに強いと言われているけど、油断は大敵だ。


そう……今日は油断は大敵だということを痛感した。マスターを頼っていれば大丈夫だと油断して、冒険者を上手くあしらえずに事件を起こしてしまった。シェルトはあんなに心配してくれたのに……と伸ばした背中が丸まってしまう。帰宅したらきちんと謝って、お礼を言おうと心に決めて店内に戻る。


そういえば、シェルトは疲れた顔をしていたけど大丈夫かな?とカウンター奥の厨房を見るが姿が見えない。代わりに賄いを作っているのはマスターだ。


「マスター、シェルトは?どこですか?」

「シェルト君はここにいるよ」


マスターは苦笑しながらトングで床をさす。私は慌てて厨房に入ると、壁に背を預けてしゃがむシェルトがいた。眠いのか目をトロンとさせて、ため息に近い呼吸から疲れきっていることは明らかだ。


「シェルト大丈夫?」

「アメリー、ありがとうございます」


私は余っていたお客様用の氷水が入ったコップを片手にシェルトに駆け寄って渡す。すると美味しそうに一気に飲み干して、コップを返してくれた。少しスッキリしたような表情になり、安堵する。


「さぁ、今日は久々に俺の賄いだ。暑いし疲れたから冷たい麺にしたぞ!」


ちょうどマスターの料理が出来上がり、テーブルに置かれる。強力粉がブレンドされた小麦粉で練られた太めの白い麺にたっぷりのレタスとキャベツ、茹でられた薄切り豚肉が乗せられ、すりごまドレッシングがかけられたサラダ風麺だった。去年もよく食べたにゃんこ亭の夏定番の賄いに改めて夏を実感する。


「いただきます」


そうして皆で食べ始め、話題はすぐに今日の事件を治めたシェルトの精霊の話になる。同じ加護持ちのマスターは特に興味津々だ。


「いやぁ加護持ちの上位になると、中級レベルの精霊を顕現できるんだな!俺は生まれて初めて精霊の実物を見たよ。感動したなぁ~人生で一度は見たかったから、アメリーちゃんのセクハラは可哀想だが……見れたことが嬉しくなっちまうよ。シェルト君は凄いなぁ」


マスターは感心したようにシェルトに語る。私も女将さんも同じように力強くウンウンと同意するように頷くが、シェルトは困ったように首を横に振る。


「あれは俺の力ではありません。実はあの火の精霊はにゃんこ亭のコンロに住み着いてる精霊なんです」


私たち3人は同時に頭に“?”を浮かべた。


「にゃんこ亭の人が傷つけられたことで精霊が爆発的に怒ったんです。精霊は顕現するのに加護持ちの魔力を必要とします。ちょうどその時厨房には条件の揃う俺がいて、魔力を寄越せと催促されて」

「じゃあ、あれはシェルトが精霊を呼んで攻撃したというよりは、精霊がシェルトを利用したってこと?」


私が確認すると彼は頷く。



「まぁ俺も頭にきていたんで精霊に魔力持ってけ!と念じたものの、魔力が少ないのを忘れてて根こそぎ奪われた結果がご覧の通りヘトヘト状態。タイミングよくアメリーが止めてくれて助かりました。危うく気絶するところでしたよ」


「シェルト……無理させてごめんね。ありがとう」


「アメリーは何も悪くありません。それにお礼はコンロの精霊に言ってあげてください。アメリーとマスターの事が大好きなようですよ。もちろん他の従業員も」


シェルトがそう告げると“ズビビ”と鼻を啜る音が聞こえる。私の向かいに座るマスターが感動で涙を流しながら厨房に入っていった。女将さんも後ろをついていく。



「おぉぉぉぉう、精霊よありがとう!ずっと気づけなくてすまないなぁ。お前さんがいてくれたお陰で俺は料理ができてたんだな!今日も助けてありがとうなぁーうぉぉぉぉん」

「あぁ、精霊様ありがとうございますー!これからもにゃんこ亭を宜しくお願いしますー!美味しい火を用意しますー!」



美味しい火って何?というツッコミは野暮だろう。カウンターが影になって姿は見えないが、二人がコンロに対して教会の礼拝のように祈りを捧げているのが目に浮かぶ。

マスターと女将さんの結婚を機に始めたにゃんこ亭だが、最初は家庭用のコンロとの違いに苦戦していたと聞いていた。精霊が住み着くなど稀なことで、その定住先が昔から大切に使っているコンロだったから感動もひとしおなのだろう。そう思うと私も胸の奥がジーンと温まる。あぁ、良かったね!マスター、女将さん!

それにシェルトもどこか嬉しそうだ。


「シェルトもご機嫌ね」

「分かりますか?これで俺も認めてくれたかな」


「どういうこと?」

「あの火の精霊はにゃんこ亭の人が好きな分、新参者の俺のことは認めなくて力を貸してくれてなかったんです。まぁ周囲に漂う小さな精霊がいるから問題なかったんですが、どうしたら認めてくれるかなぁって思ってたんです」


「だから毎日コンロをピカピカに磨いていたのね?」

「はい。気持ちが通じました」


まるで精霊への初恋が実ったことが嬉しくてたまらなそうに微笑むシェルトが眩しい。シェルトは本当に頑張ってくれた。精霊が味方についたとはいえ、一回り大きい冒険者に挑むのは勇気が必要だったはず。



「ねぇ、シェルト!そういえばご褒美まだだったじゃない?今回の件も上乗せして良いからね!助けてもらったんだから遠慮なく言って」

「そうでしたね。その……分割でも良いですか?」


「もちろんよ!一回で返しきれないわ」



ふん!と鼻息荒く許可を出す。いや、レディなのに鼻息荒いとか駄目ね。誤魔化すようにすぐに澄ましてみるが、シェルトに笑われるだけだった。


「じゃあ欲しいものがあるので、アメリーに選んで欲しいんですが。今度の休日に買い物に付き合ってくれますか?」

「そんなので良いの?もちろん良いし、ご褒美の余剰分は繰り越しね!」


「余剰分って……く、ははは」

「何よぉ。人の親切心を笑って」


「すみません。アメリーが面白くて、それが可愛くて」

「もうそれって誉めてるの?まぁ……許してあげるわ」



可愛いなんて言われたら……私も女の子だから怒れないじゃない。私は気持ちを切り替えるように、残りのサラダ風麺を一気に食べきった。



「マスターごちそうさま」

「おう、お粗末さん」


自分とシェルトの二人分の器を厨房に持っていくと、マスターと女将さんはまだコンロを撫でていた。シェルトが磨いているとはいえ年季物。二人の手は少し黒くなっていた。


「お二人の分はまだ残ってますが、どうしますか?」


「置いておいてちょうだい。それより二人とももう帰って良いわよ?ジョーイと今話していたの。仕込みは大丈夫だから」

「二人とも疲れただろう。ふらふらのシェルト君ひとりで帰すのも心配だから、二人で帰りな」


「良いんですか?」


二人はにっこりと頷いてくれたので、お言葉に甘えて今日は帰ることにした。

このやりとりの間にも疲れが出てるのか、半分意識が夢の中にいってしまっているシェルトと手を繋いで引っ張る。うとうとしながらもついてきてくれることに安堵して、まっすぐ家を目指した。



無事に家に着いたが、問題がひとつ。ふらふらの状態で梯子を登らすのは心配だったので、シェルトを私のベッドに座らせるとコロンと転がって枕を抱いてあっという間に寝てしまった。すごく幸せそうな顔をしている。



まだ問題は残っている。それは夕御飯!賄い食べたばかりだろうというツッコミは受け付けないわ。すぐに食べるわけじゃないんだから。

夕飯を準備しなきゃと思ったのは良いけれど、冷蔵庫と台所も今やどう使えば良いのか分からないのだ。自分のアパートだったはずなのになぁという意識が随分と薄れて久しい。だからと言って疲れきってるシェルトを起こすのは可哀想だ。

それに自分のクォリティの手料理をシェルトに食べさせる勇気は私にはない!


「買いに行こうかしら」


私が出した決断はテイクアウトのごはんだ。この時間ならまだ残っているだろうと当たりを決めて、久々にお弁当屋さんに行くことにした。

行き先を書いたメモをテーブルに置いて、ベッドを覗く。シェルトを拾った日以来の寝顔だ。

あの夜とは違い、涙のあとも無いし穏やかな表情に安心する。



「いってくるわね。すぐに帰ってくるわ」



彼の頭を軽く撫でて部屋を出た。




で、帰ってきたのだが…………見知らぬ長身の男二人が部屋の扉の前に立っていた。その服装はレーベンスの騎士団の制服で険しい表情をしている。扉の前では騎士二人を睨むように、まだ疲れが抜けていないシェルトが壁にもたれながら対峙していた。私は知らないうちに何かしたのだろうか……それともシェルトが?もしかして出禁にした冒険者が嵌めた?と一気に不安が襲う。私は話している3人にゆっくり近づいた。



「シェルトさん、戻ってきてください」

「それは無理です」


「せめてお話だけでも」

「何もできないのに、何を聞けと?」


縋るような騎士と真っ向から拒否するシェルトがいた。罪状を突きつけられた訳じゃないことに安堵したものの、異様な光景に周囲の視線が集まってしまっている。これはよろしくない。


「すみません。私のうちに何かご用でしょうか?」

「あなたはシェルトさんと一緒にいた……その、彼ではなく貴女のお住まいでしたか?」


「そうですけど。彼は同居人です」

「それは失礼しました。少々シェルトさんとお話ししたくて、お邪魔させてもらえないかとお話ししてたんですが」


騎士だからと偉ぶらず、すぐに小娘に謝れるところを見ると悪い人ではなさそう。私はシェルトと騎士の間に立って壁を作る。



「それは急用ですか?任務に関わることでしょうか」

「任務でも急用でもありませんが、なるべく早めにお話ししたく……」


騎士は申し訳なさそうにするが、今日は駄目だわ。


「すみませんが、ご覧の通りシェルトは本日体調が優れません。それに騎士の服で険しいお顔で来られると私の家で事件が起きたと誤解されかねません。それは近隣住民の不安を煽ります」

「確かに。配慮が足りませんでした」



「なので日を置いて、改めてお越しになってください」

「アメリー、もう彼らは来なくても」


シェルトに腕を掴まれ振り向くと、いまにも泣きそうな顔があった。疲れが一層、表情を悲愴に見せていて胸が痛む。でも街を守る騎士を無下にできないことは彼もわかっているようで、力なく腕を離した。


「という事で騎士様、本日は失礼致します」

「いえ、こちらこそ失礼した」


軽く会釈をすると騎士の二人はサッと立ち去ってくれた。すぐにシェルトの手を引き、部屋のなかに入るとまたシェルトをベッドに座らせる。


「すみません……なんだか巻き込んでしまって」

「いいのよ。まだ疲れてるでしょ?夕飯の時間になったら起こすから、とりあえず今は私のベッドで寝てて」


「アメリー……」

「で、起きたらシェルトの事を教えてくれないかしら?」


「そうですね。話しましょう……すみません。おやすみなさい」


シェルトは力なく微笑むと、また倒れ混むように眠りについた。一時間前は幸せそうに寝ていたのに、悲しそうな顔に戻ってしまっていた。シェルトが悲しい表情をするのは過去に関わりがある時だけ。


シェルトは私の寂しさを随分と取り除いてくれて、支えてくれている。次は私が支えたい。どんなことを聞かされても、彼の味方でいようと心に決めた。



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