97話 すべきこと
私たちは現在ムルセと呼ばれる島の西側の森で待機している。
西側の森には100を超える魔族や魔物が集結しているのだが、私は好きでこんな所にいる訳じゃない。
いや……私だけじゃないはずだ。
ここに集められた大半の奴は、趣味の悪い黄金の杖を突いたホルムデヒドに逆らえずにいる。
正確に言えばホルムデヒドの主でもあるクルセ=クレリバだ。
私と弟のゼセットはクルセに家族を殺された挙句、奴隷などに用意られる束印を体に刻まれている。
背に刻まれた忌まわしき束印がなければ、私は目の前で偉そうに私たちをこき使うホルムデヒドを殺しているだろう!
「ミゼア、こっちらに来い」
偉そうに切り株に座るホルムデヒドがいつものように私を呼んでいる。
私は無表情でホルムデヒドの傍らに立つと、この糞は私の尻を撫で回してくる。
いつものことだ、そしていつものようにハァハァと息を荒立てながら気色の悪い声で囁いてくる。
「感じているのかミゼア?」
死んだような目の私の尻を撫でて、一体コイツは何がそんなに楽しいのだろうな。
先ほど浜であった人間のガキの方がまだマシだ!
ホルムデヒドは立ち上がり、私を抱き寄せては尻を掴み、舌を伸ばし臭い息を吐き出しながら耳を舐めてくる。
「っちぁ……クルセ様から良い物を貰ったものだ」
コイツの甲高い声を聞いただけで鳥肌ものだ! その上この私の肌に気安く触れるだけではなく、汚い舌で舐め回しやがって!
今すぐにでも殺してやりたい。
ホルムデヒドの行為を見て興奮する下等な輩と気まずそうに俯く者、見事に二つに分かれている。
前者の連中は束印のない者たちだろう。
つまり、正真正銘のゲスということだ。
そんな中、ホルムデヒドの背後に立っているゼセットの身体からは憎しみの魔気が溢れ出し、殺意の隠った眼光をホルムデヒドの背に突きつけている。
もちろんホルムデヒドもゼセットの殺気の込められた鋭い視線には気づいているだろう。
気づいていて尚、弟のゼセットを挑発するように見せつけているのだ。
私はゼセットが暴走してしまわないように、大丈夫だと目で訴えゼセットを落ち着かせる。
そうでもしなければ、ゼセットはホルムデヒドに襲いかかるだろう。
そんな事をすれば束印の力によって身動きを封じられ、ゼセットが殴り殺される事もありうる。
束印は呪いではないが、主に逆らえば心臓を握られたような痛みが走り、立っている事さえままならなくなってしまう。
本気のゼセットならホルムデヒドにも勝つことは可能だろう。
だが、束印で身動きの取れなくなったゼセットでは勝ち目はない。
それに裏切った事は主であるクルセに束印を通し筒抜けになってしまう。
そうなればどの道、私たち姉弟は殺されてしまう。
私もゼセットも死ぬことなど怖くはない、ただ……死んでしまっては復讐ができなくなってしまう。
だから今は耐え続けて、いつか訪れる好機に備えねばならない。
汚い笑みを浮かべ、私の体を撫で回すホルムデヒドの元に、街へ送り込んだミノタウロスが茂みの奥から腹部を抑えながら苦しそうに戻ってきた。
ミノタウロスは私の前方で木に手を突きながら、苦しそうに顔を歪めては吐血している。
何故か頭からキノコを生やしているがそんな事はどうでもいい。
私の知ったことではない。
私の体からようやく手を離したホルムデヒドは、ミノタウロスに顔を向けるとギシギシと歯ぎしりを立て、誰の目から見ても不機嫌な表情に一変した。
「申し訳……ありま、っせん、」
ホルムデヒドはゆっくりとミノタウロスに歩み寄り、その手に握られている杖にギュッと力が込められていく。
ホルムデヒドがミノタウロスの言い訳など聞くはずがなく、杖を振り上げては唾を撒き散らしながら罵声を浴びせている。
「この役たたずが! ジジイ一匹始末できんとは――どういう事だ――」
ホルムデヒドは容赦なく何度も杖を振り下ろし、ミノタウロスの身体からは血飛沫が飛び散り、大地や草木が鮮血に染まっていく。
ミノタウロスは頭を抱えながら地面に這い蹲り許しを乞うているが、ホルムデヒドが許すことはないだろう。
「お許し下さい! ぐっ……っ貴重な情報があり……っます」
「情報? 命惜しさにデタラメ言う気じゃないでしょうね?」
「決してそのようなこと……」
ホルムデヒドは振り上げていた杖を下げ、掌で杖を二度トントンと鳴らすと、ミノタウロスの言葉に耳を傾けている。
「タコの魚人が……自分はクロム=エトワールの知り合いだと言っていたのです!」
ミノタウロスが言葉を発すると場は静まり返り、一瞬時が止まったようにこの場にいる全ての者が固まり、静寂の中で木々のざわめきだけが響いていた。
私自身、このミノタウロスが何を言っているのか理解するのに3秒ほどかかってしまった。
クロム=エトワール、その名を知らぬ魔族はまずいないだろう。
しかし、クロム=エトワールは死んだとも云われている元七大魔王の一人だ!
そいつが生きていたとなれば……現七大魔王の連中はどうするんどろうな?
仮にクロムが大魔王に復帰するとなれば……胡座を掻いている魔王たちはその座を奪われかねないからな。
それがもしも、クルセ=クレリバだったら……私はクロム=エトワールを崇拝するだろう!
確かに魔王ネルネにも期待はしているが、可能性は1パーセントでも上げておきたい。
ミノタウロスの言葉に誰もが信じられないと言った顔をする中、ゼセットだけは不敵な笑みを浮かべている。
考える事は恐らく私と同じだ。
クロムが本当に現存していたとすればの話だが。
私が思惑を巡られていると、静寂に包まれた森にホルムデヒドの胸糞悪い笑い声が木霊する。
「馬鹿なのですか? そんな言葉ただのハッタリに決まっているでしょう!」
「しかし、魚人と一緒に居た人間の強さは異常でした!」
「人間? 人間に負けてそのザマですか? もういい、殺してしまいなさいゼセット!」
ホルムデヒドの言葉に従い、ゼセットがミノタウロスに歩み寄ると、ミノタウロスは怯えながら命乞いを繰り返せている。
「頼む……助けてくれ、たの、っむ」
ゼセットが情けをかけることはない、私たちもお前と同じ立場なのだから。
無表情のゼセットは手刀でミノタウロスの首を刎ねると、切り落とされたミノタウロスの断面は見事に凍り、一滴の血も垂れ流すことなくミノタウロスの首が地面に転がった。
私にはわかる。弟ゼセットは今歓喜に震えているのだ。
こんな嬉しそうなゼセットを見るのはいつ以来だろう?
ミノタウロスが死んだ事を確認したホルムデヒドは、私たちに偉そうに指示を出している。
「ムルセの連中を殺せ! クルセ様に仇なす者たちだ、一匹と逃がすんじゃありませんよ!」
ホルムデヒドの指示を聞いた100を超える魔族と魔物の群れが、一気に森を駆け抜け街に攻め入る。
私とゼセットは背の翼を巨大化させ飛び立った!
探すのはタコと人間! そういえば浜でオイルを塗ってくれた可愛い顔をしたアイツも人間だったな。
私とゼセットは言葉を交わさずとも、互の考えが手に取るようにわかっていた。
二手に分かれてクロム=エトワールの情報を持つ者を探し出す、それが私たちの今すべきこと。
――次回 98話、幻聴。
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