89話 風呂敷
地下室を出て屋敷内を歩き、屋敷の門に向かう間スノーとハーディーはずっと黙り込んだままだった。
知らなくてもいい事を知ってしまい、二人は心中穏やかではなかったのだろう。
例えどのような理由があったにせよ、王が妃を殺害した事実は二人にとって信じたくない事なのだろう。
それよりも問題はこれからどこに向かえばいいかだ。
俺は長くこの世界で過ごしてきたが、妖精の都など知らない。
この世界には十数の大陸があるのだが、前世の魔王時代は基本的に魔大陸にいたので、他の大陸の事を俺はよく知らない。
それ以前の事はあまり思い出したくもない。
ここセール大陸のどこかに妖精の都があるのか、或は別の大陸に行かなければ行けないのか? さっぱり見当がつかない。
だからと言ってのんびりと探している暇もない。
フルク王子やサラの話が本当なら、セノリア王の命もそう長くはないのだ。
セノリア王が死んでしまったら、ボタニカがセスタリカの新王の座についてしまうかもしれない。
そうなれば考えずとも事態は最悪になる。
中でも一番最悪な事は、俺がここセスタリカに居れなくなるという事だ。
俺がセスタリカにやって来たのは父上の命を受けてなのだが、父上が俺に命を出したのは旧友であるセノリア王がいたからだ。
そもそもアイーンバルゼンとセスタリカが同盟国であるのは、父上とセノリア王がいたからだ。
もしもセノリア王がいなくなれば、一方的に同盟を切られる事も考えられる。
アリアについている俺はボタニカにとって邪魔者でしかないからだ。
そうなれば俺は強制退去となり、アリアとはもう会えなくなるかもしれない。
そうなる前にサラを目覚めさせ、ボタニカ派の貴族たちをフルク側へと取り込む事が必要なのだ。
若すぎるスノーでは信頼を得る事が困難でも、サラなら可能かもしれん。
仮にサラでも貴族たちを取り込む事ができなかったとしても、サラを説得しアイーンバルゼンに連れ帰る事が出来たなら、アリアは必ずサラと共にアイーンバルゼンへとやって来るだろう。
そうなればもうこの国などどうでもいい。
好きなだけ戦争でもして勝手に滅びてしまえばいい。
パリセミリスに敗れたその後に、フゼン兄様たちとパリセミリスを打ち取りアイーンバルゼンの領土を広げるだけだ!
そうなれば当初の予定通り、この地でゆっくりとパラダイス計画を進めるだけだ!
何れはパリセミリスでもパラダイス計画を始動させ、各地に楽園を築いてやる!
ヒヒ、どっちに転んだとしても問題はない。
フルク王子には悪いが、この国がどうなろうが俺の知った事ではないのだ!
俺はフルク王子が言った救世主でもなければ、正義の味方でもないのだ。
俺は俺の欲を満たす為にしか動かんのだ!
女好き? 前代未聞のクズ? 上等ではないか!
他人の為に無意味に労力を使う者などただの偽善者だ!
そんな奴は反吐が出るし最も信用できない輩だ!
「本当に……行かれるのですね?」
ん? なんだもう門の前まで来てしまったのか!
「ああ行くぞ! 見送りご苦労だったな」
「ご武運を」
「お気をつけ下さいませ、アルトロ王子」
「うむ、お前も砦を取り返す為とはいえ、あまり無茶をするでないぞ。死んでしまっては意味がないからな!」
「お気持ち感謝します」
二人に見送られながら、俺は街の南門へ向かって歩き出した。
南門に向かった理由はただの消去法だ!
まず東はパリセミリスへ続くので却下。
西はアイーンバルゼン、北はファゼェル。
ファゼェルにはセストがいるから嫌だ。
アイツは八方美人で誰にでもいい顔をする、そういう奴は一番信用ができないし、何より嫌いだ!
となれば残るは南だけになる。
南の方面には何があるのかさっぱりわからんが、問題なかろう。
女が居れば人は生きていけるのだ。
この世界にはお星様のように沢山の女がいるのだ。
なので、どこでも生きていけるのだ!
南門の関所が近づくにつれ、なにやら騒がしい声が聞こえてくる。
「だからオイラはこの街を出たいんだって言ってるだろう!」
「滞在許可書もなければ通行書もない奇妙な生き物を、街の外に放つ事はできない! この辺りの生態系が変わってしまうかもしれん。とにかくこの奇妙な生き物を連行しろ!」
「ふざけんな! 何が連行だ!」
どうやら関所の兵と揉めているのはタコルのようだ。
タコルは数名の兵に取り囲まれてかなり焦っているみたいだ。
それにしてもタコルは背に風呂敷なんぞ担いで、昼間から夜逃げでもするのか?
「おい! 一体何をしているのだ?」
タコルは俺の姿を見ると慌てて駆け寄ってきては、すぐに俺の足元に縋る様にくっついてくる。
「おお! いいところに来てくれた! お前からもこの分からず屋たちに言ってくれよ! オイラはただこの街を出て故郷に帰りたいだけなんだ!」
なるほど、帰り支度をしているから貧乏臭い風呂敷など背負っているのか!
しかしよくポルドが許したものだな?
「ポルドにはちゃんと帰る事は伝えたのか?」
「……」
コイツさては逃げてきたな!
俺がジトーっと見つめると、身振り手振り大げさに慌てておるわ。
「アイツはマジで勘弁だ! 気持ち悪りぃんだよ! わかるだろ? 夕べなんて抱きしめられながら寝るハメになったんだぞ!」
それは……確かに気の毒だな。
男に抱きしめられながら寝るなんて、考えただけでも吐き気がする。
「仕方ない助けてやるか!」
「おお! お前も少しはいいところあるじゃないか!」
せっかく助けてやると言っているのに、癇に障るタコだな!
「このタコは俺の知り合いだ、通してやってくれないか?」
俺の言葉を聞いた兵たちは、慌てて門を開け、タコルと共に街の外へと出る事になった。
街の外に出て、トボトボと行く先もわからぬまま歩いていると、タコルが話しかけてきた。
「オイラは故郷の深海に帰るんだけど、お前は一人でどこに行くんだ?」
「妖精の都だ!」
「わざわざあんなところに何しに行くんだよ。あそこには何もないぞ」
「そうか……ん?」
――次回 90話、アドバイス。
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