85話 夢
本当はまだ聞きたい事は沢山あったのだが、聞けなかった。
地上へと続く薄暗い階段を、ランタンで足元を照らしながら上るフルク王子の背中は、哀愁を漂わせておる。
ひょっとしたらフルク王子にとって、俺は最後の綱だったのかもしれない。
だからオスターで俺を見るフルク王子の目は輝いていたのかもしれない。
それにフルク王子が俺とアリアを早く結婚させようとしていたのは、アリアをアイーンバルゼンという安全な所に一刻も早く送り出したかったからなのかもしれない。
そうでなければ妹想いのフルク王子が、アリアの気持ちを無視してあんな強行手段はとらんだろう。
それに、あの日アリアが真っ先にフルク王子を救出にオスターに向かったのも、誰も助けてはくれない事を知っていたからか……。
本当に俺はアリアについて……何も知らんのだな。
だがここで安易に俺がフルク王子に手を貸しても、何もなりはしない。
仮に砦を取り戻せたとしても、フルク王子の立場が変わる事はない。
俺にできる事など何もないんだ。
俺たちは無言のまま階段を上り続け、フルク王子が地上へ続く扉を開け、光が差し込むと少し眩しくて、俺は顔を顰めた、するとフルク王子が優しく手を差し伸べてくれる。
差し伸べられた手を取り、地上に出て、俺は部屋へと帰った。
真っ暗な部屋に戻ると、ベッドでシスとリリアーナが気持ちよさそうに眠りについている。
起こしてしまっては可哀想なので、音を立てずベッドの端に腰掛け、窓の外を眺めた。
フルク王子と随分と長いこと話をしていたのか、外はすっかり陽が落ち暗くなっている。
フルク王子とスノーは砦を取り返しに行ってしまうのだろうか?
だけど、フルク王子に残された戦力はもうないんじゃないのか?
それともスノーが新たな戦力を用意しているのか?
仮に用意できたとしても、たかが知れているだろうな。
ひょっとしたらフルク王子と話すのは、あれが最後かもしれんな。
フルク王子が死ねば……アリアは悲しむだろうか?
嫌だな……あまり見たくないな、アリアの泣き顔は。
俺はそのまま後ろに倒れ込み、眠りについた。
その晩、俺は夢を見た。
夢の中で俺は気がつくと、綺麗な花が咲き乱れる庭園に佇んでいた。
鼻にツンと香る草花の匂い。
俺は草花に囲まれた庭園を歩き、蔦を絡ませる四本の柱が取り囲む場所に、女性の姿が見えた。
綺麗な真紅の髪を靡かせ小さな白い円卓に座り、優雅にティーカップを傾けている。
俺はこの女性を知っている。
何度もフルク王子が優しい笑みを浮かべ見つめていた女性、サラだ!
サラは俺に気が付き、こちらに向かって手招きをしている。
「あらあら、来てくれたみたいね。嬉しいわ」
のんびりした口調でクスクスと楽しげに話しかけてくる。
「今お紅茶を入れますから座って下さる? 人と話すなんて12年ぶりよ! と言っても貴方は人ではないのかしら?」
なんだ? なぜ人ではないと言う!
俺は人間だ! 美しい人間になったのだ!
「何か勘違いしているようだが、俺は人だ! どこからどう見ても人間であろう!」
サラは首を傾げ、クスクスと笑っては頷いている。
「そうね、貴方は美しい人間ね! 気に障ったのならごめんなさいね。悪気があった訳じゃないのよ」
この女!? 心が読めるのか?
「さぁ、座ってちょうだい」
サラに促されるまま、正面に向き合い座った。
「貴方はアルトロね! ずいぶん大きく立派になったわね!」
「俺を知っているのか?」
「ええ、知っているわ。フルクからもアリアからも聞かされているし、貴方がまだ小さい時には何度か会った事もあるのよ! それに今日会いに来てくれた!」
どういう事だ? 眠っているようだったが、意識があったのか?
それにこれは夢じゃないのか?
「これはただの夢よ! 意識はあったと言った方がいいのかしら?」
やはり心を読まれている!
「私、貴方にお願いがあったの!」
「お願い?」
「そう、お願い。私を殺してはくれないかしら?」
何を言っている!?
「私は何れ旅立つわ、だけどそれはまだ少しだけ先の事なの。私より先にセノちゃんが旅立ってしまうの。でもそれだと困るの。わかるでしょ?」
さっきから意味がわからん!
「嘘ばっかり! わかってる癖に!」
心を読まれるというのは厄介だな!
楽しげにクスクス笑いやがって!
しかし、この女サラの言う事が事実なら、確かに不味いな!
この女を殺す事は簡単だ、でもそんな事したらアリアに嫌われるじゃないか?
それは嫌だ!
「あらやだ! そんなにもアリアの事を想ってくれているのね! 嬉しいわ」
ああぁぁぁ、やりにくいな!
「お前を殺す事はできん! お前がアリアの母でなければ別に殺してやっても良かったのだが、アリアの母である以上、願いは叶えてやれん! その代わりと言ってはなんだが、お前の呪いを解いてやる!」
「私の呪いは簡単には解けないわ! いくら貴方でもダメよ」
「そんな事はわかっている。呪いは簡単に解けんから呪いなのだ! だが、呪いをかけた本人なら話は別だろ? セノリア王が死ぬ前にお前の呪いを解き、アリアの足枷を外せば良いのだろ?」
「できるかしら? 仮にできたとしても私は死ぬのだけど……二人の足枷を外せるのなら、素敵ね」
「俺を誰だと思っている! 必ずお前に呪いをかけた魔女を見つけ出してやるわ!」
「それは……不可能じゃないかしら?」
「なぜだ?」
サラはクスクスと笑い、俺の問に答えずに話を変えてしまった。
「っあ! それとひとつだけ言わせてちょうだい。世界に対する貴方の憎しみと孤独は何れ消え、貴方の長きに渡る旅もきっと終わりを迎えるわ。その時、貴方は生まれた本当の意味を知り、この世界を愛するの」
いきなり何を言う、くだらん! そんな事はどうでもいい。
どうせこの声も聞こえているのだろ?
クスクスと笑うサラが遠ざかって行く、白い霧が全てを包み隠し、何も見えなくなる。
――次回 86話、ロリコン。
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