76話 お膳立て
僕は草花が咲く野原を前屈みになりながら駆け抜けた。
左手には大きな湖があり、心地いい風が吹き抜けると同時に、初夏の香りに似た空気が僕を包み込んでる。
この香りを嗅ぐと幼少期の虫取りや、庭の手入れをしてる爺たちを思い出すのはなんでやろうな。
でもひょっとしたら、爺たちの事を思い出すんもこれが最後かもしれへんな。
爺は僕が死んだら泣くやろか? それともようやったって褒めてくれるやろか?
僕は胸張って死んだ両親に会えるんやろか?
僕は何を考えとるんや、こないな縁起の悪いこと考えたらあかん!
最悪団長がなんとかしてくれるから、大丈夫や!
噂をしたらなんとやらやな。
僕の後方から稲光を撒き散らせながら、バチバチと静電気を体に纏った団長が、猛スピードで僕を追い越し、数メートル前方で止まって僕を見てはるわ。
団長が駆け抜けた道は見事に焼け焦げ、草花が跡形なく燃え尽きとるわ!
相変わらずおっかない技やで!
僕は速度を落として団長の手前で止まった。
団長が僕を見る眼はどことなく寂しそうやなぁ。
「ルーベルト……覚悟はできているな?」
僕は不安そうな団長の気持ちを少しでも取り払うために、笑ってみせたわ。
「僕を誰やと思ってますの? 騎士になると決めたあの日から、僕の覚悟は揺らいだりしてませんよ! 国の為、王の為に命を捧ぐのが騎士のあり方やって教えてくれたんは、団長やないで――!」
団長は僕の言葉を最後まで聞くことなく、ごつい手で僕の体を引き寄せて、力一杯抱きしめてきよるわ!
男に抱かれたんは初めてやから……なんか照れくさいわ!
それに、ゴツイ胸板やな! 少し筋トレのしすぎとちゃうか?
でも……暖かいわ!
「最悪の事態になっても私がお前を助けてみせる! だから、アリア様のため……!」
「何を今更、もう覚悟はできとるよ! それよりアリア様の元に急ぎましょ!」
「ああ、そうだな」
団長はゆっくりと抱き寄せていた僕を引き離して、前方へ体を向け直し、走り出した。
僕も団長の背を追う形で走り出し、アリア様の元へ急いだ。
湖の畔を駆けて行くと、心細そうに湖を見つめながら、一人佇むアリア様の姿がはっきりと見えたわ。
僕と団長は速度を落とし、アリア様の後方からゆっくりと歩きながら近づいた。
草花を踏みしめる足音に気が付いたアリア様は、驚かれたように振り向いては身構えていた。
恐怖で強ばる顔をしておられたアリア様は、団長と僕の顔を見ると更に驚き、すぐに安堵したように溜息を吐かれた。
「マグル騎士団長にルーベルト! なぜあなた方がここにいるのです?」
僕と団長はアリア様の前まで行くと、緊急事態やのにいつもの癖で片膝を突いてまう。
団長は片膝を突いた状態でアリア様にもわかるように、簡単に要点だけを説明した。
団長がアリア様に説明した内容は、現在アルトロ王子が魚人と命を賭けてボードゲームをやられている事と、僕たちがゲームの駒に使われているという事。
そしてアリア様が敵の駒になってしまっている事。
それ以外は敢えて伝えんかった。
詳しいゲームのルールを教えてしまったら、お優しいアリア様は自ら命を絶ってしまう可能性があったから、団長は重要な点を敢えて説明せんかった。
アリア様は黙って団長の話を聞き、心苦しそうに口を開いた。
「私のせいで又、アルトロ王子が危険な戦いをしているのですね!」
「ご心配なさらず。既に勝敗は付きました! アルトロ王子の勝ちです!」
「どういう事です?」
団長は横におった僕をチラッと見て頷いた。
それを見て僕は、微笑んでアリア様にもう大丈夫やって伝える。
「アリア様を救出する為に、僕等はここまで来たんです! アリア様を取り戻したらアルトロ王子は勝てるという事です!」
「でも、駒になってしまった私をどうやって?」
それは知らんでいいことなんですよ、アリア様。
それを知ってしまえば、きっとアリア様は拒絶してまう。
「アリア様、少し失礼します!」
僕はアリア様の前に一歩足を踏み出し、アリア様の頬へそっと手を伸ばした。
アリア様の頬は緊張と恐怖で少し冷たくなっとった。
僕はアリア様の頬に手を添えて、アリア様の額に僕の額をくっつけて微笑んだ。
「もう大丈夫ですから。 人技、精神転移!」
僕が人技を発動させると、僕とアリア様の体が薄白い光に包まれた。
アリア様はその光景を見て目を丸くして驚かれてる。
無理もないわ、互の体が光に包まれると同時に位置が入れ替わり、湖を背に立たれていたアリア様の前方に湖が見えとるんやもんな!
僕は湖を背にゆっくりとアリア様の頬から手を離し、微笑みかけた。
「終わりましたよ」
アリア様は僕と団長を交互に見て、何が起こったのかわからんご様子やった。
僕の人技、精神転移は本来、互の精神を入れ替えるという技や。
この技は敵国などにスパイとして侵入する際に、捕らえた兵を利用して用意られる技や!
しかし、アルトロ王子からこのゲームの説明を受けた際、魂の駒や精神世界と聞いて、僕と団長はすぐにこの人技の事をアルトロ王子に話した。
アルトロ王子も初めは成功するか疑問やったみたいやけど、正直打つ手はこれ以外に無かった。
もちろん必ずしも成功するとは限らん。
けど、試す価値はあると判断し、僕と団長をアリア様の元へ向かわせたんや。
そして、僕とアリア様の位置が入れ替わったという事は、恐らくは成功や。
ここ精神世界では、今の僕たちの肉体は精神そのものや、現実の僕たちの肉体は城の広間に今もある。
だから精神を入れ替えたとしても、見た目上なんら代わり映えせいへん。
もしホンマに成功していたら、今頃アルトロ王子の僕の駒とアリア様の駒が、入れ替わっているはずや!
でもこのままやったら僕は死ぬことになる!
最悪、入水自殺でもして元の世界で団長に素早く電気ショックでもカマしてもらうことになる。
でも、そんな無茶な蘇生術高確率で失敗するに決まっとる!
僕はまだ死にとうないよ!
ここまでお膳立てしたんや、しっかり頼みますよアルトロ王子!
僕を助けてや!
――次回 77話、殺人鬼。
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