73話 ツル
あれから何度か景色が移ろい、あたしは気がつくと森の中に佇んでいた。
この訳のわからないゲームは一体いつまで続くのよ?
さっきから場所を移動しているだけで何も起きないじゃない!
ずっと突っ立っているのも疲れるわね。
どこか腰を下ろせる場所はないかと辺を見渡して見るのだけど、葉が多い茂った森にあるのは、地をはった蔓と絡みついた樹木だけ。
森のあちこちに絡みつく蔓は、まるでひとつの生き物のように森中に張り巡らされている。
静まり返った森には草木が風に揺れ、擦れ合う音以外なにも聞こえない。
ここが精神世界だから? 鳥のさえずりも虫の声も聞こえないわ。
ここが精神世界だと教えられていなかったら、あたしは今頃頭がおかしくなっているところよ!
空を見上げても荒野の時とは違い、木々の葉が陽を遮り空を隠してしまっている。
陽が当たらないせいもあり、少し肌寒さを感じてしまうわ。
あたしが両手で二の腕辺を摩っていると、久々にアルトロの声が頭に聞こえてきた。
『リリアーナ、落ち着いてよく聞くんだ。直に敵が接触してくる! 何でもいいから武器になりそうなモノを探すんだ!』
久しぶりにアルトロの声を聞けたと思ったのに、最悪の知らせね!
あたしはアルトロの声に従うように、もう一度辺を見渡すけれど、ここには何もない。
あたしは何か武器になりそうなモノを探すため走った。
葉が道を遮り顔を覆ってくるのを手で撥ね退け、躓きそうになる地を這う蔓に気をつけながら、素早く移動し、首を動かしては何か武器になりそうなモノを探した。
だけどやはり何もない。
敵がすぐそばまで来ているというのに、あたしには戦う武器がない!
あたしは素手での戦闘なんてできない! このままだと確実にあたしは殺られてしまう!
どうしよう!? 緊張が走り手は汗ばみ、額からは汗が流れ始めていた。
肌寒いと感じていた先程までが嘘みたい。
いいえ……寒いわ。指先も凍えるくらい冷たいもの!
なのに汗が止まらない!
パニックになりそうだったあたしの頭の中に、優しい声が流れた!
『リリアーナ、蔓を使うんだ! 蔓を適度な長さに切り、鞭に見立てて武器にするんだ!』
あたしはアルトロのお陰で、恐怖で混乱しそうだった自分自身を振り払うことができた。
あたしはアルトロの言った通り、地を這う蔓を持ち上げ、何度も何度も捩るようにして蔓を切ろうと奮闘する。
蔓は固く中々うまい具合に切れてくれず、手の皮は擦り剥け血が滲み、ヒリヒリと痛みを感じるけど、諦めてはダメ!
あたしは何度も捩り、千切そうになった頃合を見計らって、蔓を足で押さえ引きちぎった!
「……やった」
あたしは地を這う蔓を丸めながら手に取り、適度な長さになったところで、もう一度同じ行為を繰り返した。
苦労してようやく蔓の鞭を手に入れたけれど、あたしの手は既に血まみれになっていて、このままでは満足に鞭を扱えないと判断した!
そこであたしは右手に何度も蔓巻き付けて、手放さないようにした。
これで例え手に力が入らなかったとしても鞭を振るえるわ!
『リリアーナ、敵が北の方角から来るぞ!』
あたしはアルトロの声が聞こえると同時に、北の方角に体を向け、試しに地面に鞭を振るってみる。
空を斬る音と同時に、地面に落ちていた落ち葉が宙に舞った!
これならやれる! そう確信し、鞭を構え草木で多い茂った先を見据え、敵を待ち構えた!
「さぁ、いつでも来なさいよ! あたしのところに来たことを後悔させてあげるわ!」
茂みの奥を睨みつけるように見ていると、カサカサと音が聞こえる。
これは風による音じゃない、明らかに何かが葉に接触した際になる音!
あたしは鞭を絡ませた右手を頭上に掲げ、いつでもすぐに振れるよう構えた。
その時、再びアルトロの声が聞こえた!
『リリアーナ気を付けろ! こちらが指示を出せるということは、敵も指示を出しているということだ! 待ち伏せは成功しないと考えた方がいい! 敵は恐らくはお前が鞭を構えていることも知っている』
固唾を呑み、必死に思考を働かせる。
確かにアルトロの言う通りだわ!
茂みの奥から音が聞こえて10秒以上経つのに、一向に敵は現れない!
あのクソ魚人が何らかの指示を出しているのね!
そう考えていた次の瞬間、見据えていた方角から少し逸れた、左前方から黒ずくめの男が飛び出してきた!
黒ずくめの男の手には湾曲の剣が握れれている!
あたしは情景反射で男に蔓の鞭を振るったのだけど、男はいとも容易く鞭を斬ってしまった!
「っあ……そんな!」
あれ程苦労して手に入れた鞭を、一瞬で使い物にならなくされてしまった!
冷静に考えれば蔓を鞭に見立てて戦う事自体、無茶だったのよ。
そんな冷静に考えれば分かることを、なぜアルトロは指示したの?
落ち着きなさいリリアーナ! きっとアルトロには何か考えがあったはず!
あたしが考えを巡らせているその隙に、男は距離を詰め剣を水平に振るってくる!
『リリアーナ右に飛べ!』
あたしは咄嗟に聞こえた指示に従い、全力で右へ飛び跳ねた!
咄嗟だったから受身を取ることも忘れ、体を地面に激しく叩きつけてしまったけど、痛みを堪えすぐに起き上がり、敵の次の動きを確認する。
敵は剣を持つ手を回して、余裕の態度で笑っている!
まぁ当然よね! あたしは丸腰なんだもの!
あたしはどうすればいいの……アルトロ!?
あたしの心の声が聞こえていたのか、アルトロはすぐに指示をくれる!
『慌てるなリリアーナ! すべて俺とポルドの計算通りだ!」
計算通り!? てっいうか! ポルドって誰?
『よく聞くんだリリアーナ。この戦いは第三者が指示を出し合うことで、お互いの動きが筒抜けになるんだ! 相手の隙を作るためには、黒ずくめと魚人二人を油断させる事が必要だ! その為、悪足掻きをしている風に装う必要があったんだ!』
『じゃ蔓を鞭に見立てていたのも?』
『もちろんあんなもので勝てるなんて初めから思っていない! だがそのお陰で魚人は高笑いし、勝ちを確信している。現にお前の目の前にいる黒ずくめはお前をいたぶる為、すぐに襲ってこないだろ? 魚人はこれをショーとして楽しんでいるんだ。だがそれこそが最大の隙だ!』
『つまり化かし合いということね! それであたしは何をすればいいの?』
『リリアーナはさっきの蔓で、人技、茨の道は発動できそうだったか?』
『ええ可能よ!』
『なら勝てる! リリアーナの後方に大きな木が見えるだろ? あの木を背に座り込んで、油断した敵を誘い込むんだ』
私は不自然にならない程度に首を回し、後方を確認した。
後方にはアルトロの言う通り大木が確認できた。
あたしに何をさせようとしているのかわからないけど、とにかく指示に従い走った!
走りながら振り返ると、黒ずくめは周辺に生えた草を切りながら、野兎を狩るようにゆっくりと追いかけてきている!
不安で様々な事が脳裏を過るけど、あたしはもう考えることをやめた!
ただアルトロを信じて従うだけ!
あたしは走ってたどり着いた大木を背に座り込み、怯えてみせた!
するとアルトロが透かさず次の指示を出す。
『地面を這う蔓を握り締めるんだ』
その指示を聞いてあたしは全てを理解した。
だってあたしのいる場所は、一際大きな木を中心に木々が立ち並び、背にしている大木を伝って、蜘蛛の巣のように蔓が周囲の木に絡みついてるんだもん。
あたしは震える素振りをする手で蔓を掴み、目前まで迫っていた敵に顔を向けた。
男は湾曲剣の背を肩に乗せ、あたしの目前で立ち止まり、勝ち誇った顔で見下ろしてくる。
その勝ち誇った顔を見た直後、最後の指示が頭に響いた!
『今だ! 右手に掴んだ蔓へ人技を発動させろ!」
わかってる! コイツを串刺しにすればいいのよね!
「マヌケがこれでも喰らえぇ! 人技、茨の道!」
人技を発動させると木々を伝う蔓がうねりを上げ、蜘蛛の巣状に張り巡らされた蔓から無数の刺が伸び、黒ずくめの男の体に次々と四方から刺が突き刺さる。
哀れな串刺し男の返り血を顔に浴びながら、あたしは木々の葉で覆われた天を見ながら、笑って言ってやった!
「ざまぁみろ、クソ魚人!」
あたしが天に向かい汚い言葉を叫ぶと、アルトロが褒めてくれる。
『ヒヒヒ、よく言ったリリアーナ!』
アルトロのご機嫌で愉快な声が、あたしの脳に響いてる!
――次回 74話、心理戦。
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