56話 マナーとルール
シスとリリアーナが去った部屋で二人の笑顔を思い出していると、少しだけ心が軋む感覚を覚えてしまう。
意味のある嘘だったとしても、大切な人に嘘をつくと多かれ少なかれ罪悪感を覚えてしまうな。
人に生まれ変わり18年が過ぎ、俺の魂も人に染まってきているのかもしれん。
つまり、それだけ俺は脆くなったということか。
強さを追い求めていたあの頃は、心の弱さなど恥以外の何ものでもないと思っていたのに、このザマだ。
「はぁー」
無意識にため息をついてしまった自分に気がつき、ネガティブな自分を追い払うため、掌で頬を叩いて気合を入れてみる。
頬がジリジリと痛いが、心の奥に潜む魔物を追い出せた気がするのだ。
そう、これでこそ俺だ!
情けない顔など女に見せたくはない。
胸を張り堂々としていてこそ、アルトロ=メイル=マーディアルなのだから。
部屋を歩きテラスから外を見渡すと、黄昏に染まる街並みと、どこまでも続く黄金の空が俺を照らし出し、この世界の中心はお前なのだと言ってくれているみたいだった。
「天も俺を称えておるではないか!」
もしもあの空の彼方に天女がいれば、完全に俺に惚れておるな!
待っていろ! セスタリカの女たちを攻略した後に、いつかお前に会いに行ってやろう、なんてな。
暮れゆく街並みを見つめながら心に希望を蓄えていると、ノックもなく扉を開ける無礼者がいる。
「アルトロ! もうみんな会場に集まっているらしいわよ!」
「そろそろ会場に移動なされた方がいいですよ、アル!」
振り返り、扉の前で大きな声を出す二人に体を向けて顔を確認する。
無礼者は二人であったか!
「よし、では俺もそろそろ行くとするか!」
二人の間を通り、廊下に出て会場までの道のりを歩いていると、俺の後ろを心配そうについてくる二人が、まるで姉様たちのように小言を言っている。
「変なことして恥をかかないようにね!」
「怒って喧嘩しちゃダメですよ!」
だが、二人の小言は嫌ではない。
むしろ心が落ち着くのだ。
二人に振り返ることはせず、まっすぐ廊下の先を見ながら、二人に心配ないと声を掛けた。
「心配ない、俺も大人なのだ。せっかくのアリアのバースデーに泥を塗るような真似はせんよ! それともうここまででよい。二人は部屋で休んでいるといい。」
「わかったわ!」
「じゃあそうさせてもらいますね!」
本当は二人も兵団のみんなも舞踏会にこれたら良かったのだが、そういう訳にはいかないのが上流社会というものだ。
他国の王族や貴族の集う場に、没落貴族に兵や使用人が参加していれば、セスタリカの品格が問われてしまうからな。
少し申し訳ない気持ちもあるが、仕方のないことだ。
二人と別れ、俺は会場へと足早に移動した。
会場にたどり着くと、既に煌びやかなドレスに身を包んだ者や、威厳を誇示する為の宝飾品を身につけた貴族たちが探りを入れ合いながら、決して互の腹の内を見せることなく、偽りの笑みを顔に張り付けている。
その光景はまさにアイーンバルゼンで見慣れていた光景だった。
どこの国でも貴族という生き物は同じということはわかっていたのだが、やはり嘆息してしまう。
自分の立場や利益だけを考えてしまう貴族に嫌気がさしながらも、辺を見渡してアリアの姿を探すのだが、主役のアリアはどうやらまだ来ていないみたいだ。
アリアがまだいないのならこんな場所にいても意味がないのだが、帰る訳にもいかないので部屋の端に並べられている料理のところまで移動する。
ビュッフェ形式でテーブルに並べられた色鮮やかな様々な料理に目をやると、この品々を作った料理人たちの極め細やかな配慮が伝わってくる。
地味になり過ぎないために彩を意識した品々に、立食形式でも食べやすいように工夫もされている。
この城の料理人を務める者は、さぞかし繊細な心の持ち主なのだろうな。
美しい料理を目の前に、小腹が空いていたこともあり、料理へと手を伸ばし口にする。
「美味い!」
一口食べて思はず声が出てしまう。
それくらい素晴らしい料理なのだが、俺が料理を口にしていると周囲から冷ややかな目線と蔑む声が聞こえる。
「なんと意地汚い」
「どこの家柄の者なのかしら?」
「なぜあのような小汚い者がここにおるのだ」
「普通食べるか?」
「あんなのただの飾りだろ?」
確かにこやつらの言っていることは正しいのかもしれん。
このような舞踏会で出される料理は普通は口にはせんのが暗黙のルールなのだ。
だがそれでは、この料理を作ってくれた者に失礼ではないか。
ルールやマナーなんぞ糞くらいだ!
そんなものに縛られて、他人の心を踏みにじるような奴は、俺は好かん!
陰口を叩かれるのには慣れておるし気にせん!
なので気にせず料理を食していると、俺の横に背の高い金髪ロングヘアーの男がやって来た。
「そんなに美味しいのかい? では私も一つ……うん! これは美味い!」
なんだコイツ?
突然やってきた金髪イケメンが俺に微笑みながら話しかけてきたと思ったら、俺以外の誰も口にしなかった料理を頬張っている。
ひょっとして……気遣ってくれているのか?
金髪イケメンが料理を口にしたことで、先ほどまで嘲笑っていた者たちも、パッタリと口を閉ざした。
そこへなぜか小デブのポルドもやって来て、料理を食べ始めた。
「うん、確かに美味いな! それにせっかく用意してくれた料理を粗末にする者は好かん!」
こいつら一体なんなんだ?
――次回 57話、一輪。
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