55話 視線
アリアの冷たい態度と、小デブ野郎のせいでせっかくの気分が台無しだ!
パレント? 大国? それがなんだというのだ!
この俺に偉そうに威張り散らしやがって!
それにアリアもアリアだ! 「ご挨拶しなさい」だと!
何がご挨拶だ、ふざけるなよ!
俺は王子だ、元魔王だぞ!
それがなんであんな弱そうな人間に頭を下げねばいかんのだ!
あぁぁ、気に食わん!
もうアイーンバルゼンに帰りたくなってきたわ!
俺はココル村とオスターを救ってやったのだぞ!
それなのにあの小デブには愛想を振りまき、俺のことは無視だぞ!
もう少し優しくしてくれても……いいだろう。
この間からこの胸のモヤモヤは何なのだ!
もう気分が優れんから舞踏会が始まるまで部屋で寝るぞ。
イライラしたまま部屋に戻ると、笑顔のリリアーナとシスの二人が、嬉しそうに尋ねてきおる。
「どうだった!? アリア様褒めてくれたでしょ!」
「アルの姿を見て、驚かれたんじゃないですか?」
瞳を輝かせておる二人には……言えん。とても言えん。
二人が一生懸命選んでくれた衣装を、見てすらもらえなかったなど、言えるはずがない。
二人の幸せそうな笑顔を見ていると、そんなことは言いたくない。
悪いのはこの衣装ではない、嫌われている俺なのだから。
少し心苦しくはあるが、満面の笑顔で言ってやろう。
「もちろんだ! 俺のこの衣装を見て瞳を輝かせては、絶賛しておったわ! これもすべて二人のおかげだな! 心より感謝しているぞ!」
嘘でもいいではないか……。
誰かを悲しませる嘘よりは……いいではないか。
……本当に申し訳ない。
少し後ろめたさを感じながら二人を見ると。
二人は優しく微笑み、それ以上何も言わなかった。
ひょっとしたら俺の嘘など、容易く見破られているのかもしれんな。
女の感は鋭いというからな。
「すまん、少し横になる」
「っあ! シワにならないようにしてよね」
「舞踏会でシワだらけだったらカッコがつきませんよ、アル」
「わかっておる、少し横になるだけだ」
◆
それにしてもアルトロはわかっているのかしら、ポルド王子の国が、パレントがこの大陸一の大国だということを。
さっきのアルトロのあの態度は余りにも無礼だわ。
ポルド王子は人ができてらっしゃるからいいものの、相手を間違えれば外交問題にも発展しかねないわ。
まぁ、ポルド王子も素直すぎて思った事をすぐに口に出すところは相変わらずのご様子だけど。
アルトロのことは以前よりは嫌いではないけれど、それでもやっぱり好きにはなれないわ。
彼がいなければ、私もフルクお兄様も今頃どうなっていたかわからないけど、だからと言って彼を愛せるかは別の問題だし。
変に優しくしてしまえば、アルトロ王子の事だからすぐに勘違いしてしまいかねないし、変に期待させるのは申し訳ないと思うのよね。
だけど無視は少し酷かったかな?
衣装もすごく似合っていたし、少しぐらいは褒めてあげた方が良かったのかな?
フレイもアルトロ王子は噂とは全く違い、紳士な人だと言っていたし。
私のことも気遣い、婚約のことは黙っていてくれると言っているし、愛情ではなく友情が芽生えたらいいのだけど……。
私がこんな態度ばかりとっているから、尚のこと難しいわよね。
だけど今はアルトロ王子の事よりセストのことだわ。
最後にセストに会ってから、もう一年も経つのね。
私も少しは大人っぽくなったと思うわ。
今ならセストも私に振り向いてくれるかもしれない。
ひと目でいいから早くこの目でセストを見たいという気持ちが強すぎて、城内の入口でこうして待ち続けているのだけど、遅いわね。
私も支度があるから、あまり長くここにいられないのだけど……どうやらその心配は必要ないみたい。
数名の護衛の者を従え、プラチナブロンドの長く伸びた綺麗な髪を靡かせながら、気品あるオーラを身に纏ったセストを、この瞳が確かに捉えたわ!
セストも私に気づいてくれたみたいで、にこやかに微笑みながら手を振って、こちらに真っ直ぐと近づいてきている。
私は嬉しくてつい大きな声を出してしまった。
「セスト王子ー!」
セストは私の前までやってきて、優しく話しかけてくれた。
それだけで私は幸せだったの。
「一年ぶりだねアリア。随分大人っぽくなったね。見違えていたから一瞬気づかなかった程だよ」
「本当に! 嬉しい! セスト王子も相変わらずかっこいいですよ!」
「世辞はいいよ。っあ! そうだ、18歳おめでとう! 今日でアリアも立派な大人の女性だね」
「はい!」
「ではまた後ほど、パーティーで」
セスト王子の去っていく後ろ姿をこの目に焼き付けて、私も支度をするために部屋へと歩き始めたのだけど、一瞬なにか妙な視線を感じたのは気のせいかしら。
きっと気のせいね。
私、浮かれているのね。
――次回 56話、マナーとルール。
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