144話 軍勢再び
服を着て部屋を飛び出し螺旋階段を下りていると、俺の後を追いかけてきた妖精王が声をかけて来る。
「お前さん、どうやってあの場まで行くつもりなんじゃ? それに、お前さんは確かに強いかもしれんが、あのギガとか言うバケモノとお前さんが戦っているうちに、お前さんの仲間は数に殺されるぞ」
妖精王の無神経な言葉で俺の足が止まり、俺は怒鳴り声を上げながら妖精王に振り返った。
「そんな事はお前に言われんでもわかっておるわっ! その為にゼセットとミゼアを連れて行くのであろうっ」
「しかしじゃ、あの場はかなり遠いんじゃないか? お前さんの速さなら一瞬かもしれんが、二人がたどり着く前に事は終わっとるんじゃないか?」
確かに、妖精王が言いたいこともわからなくはない。
だがその事ならなんの問題もないのだ。
ゼセットとミゼアの二人には俺の呪印が施されている、この呪印は対象者を服従させる為だけのモノではない。
主の、つまり俺の元に喚び出す為の召喚術式が組み込まれているのだ。
何もゼセットとミゼアが飛んで向かう必要はないのだ。
要は俺があの場に行き、二人を喚び寄せればいいだけの事なのだから。
「それに戦力は少しでも多い方が良いじゃろう?」
妖精王の奴は何が言いたいのだ? ひょっとして手伝ってくれると言っておるのか?
だとすれば非常に有り難いではないか。
妖精王は腐っても妖精王なのだからな。
「妖精王よ、お前ひょっとして手を貸してくれるのか?」
「うーん、すまんが儂が直接手を貸す事はできんのじゃ。お前さんも知っての通り、ここ妖精の都は儂が創り出した世界じゃから、儂はここを維持せねばならん。じゃが儂がこの場を離れたらここを維持できるのか儂にもわからんのじゃ」
「そういう事なら仕方ないな。俺もせっかく築いたプチパラダイスを失いたくはない」
「だが、その代わりと言ってはなんじゃが、お前さん達をあの場まで儂が転移させてやろう。それと、数が必要じゃろ? 既に優秀な者達にテレパシーで事を伝えておるから、一緒に連れて行くがいい」
「優秀な者達? 誰の事だ? ダークエルフの軍勢でも用意してくれたのか?」
「ダークエルフ達は恐らく協力はせんじゃろうな。彼らは他種族の揉め事に無関心じゃからな。それにお前さんがやりたい放題やったお陰で皆お前さんに感謝はしておるが………同じだけ嫌ってもおる」
嫌われるのにも妬まれるのにも慣れておるから別に構わんが、もう少し言葉をオブラートに包むという事を知らんのか?
「ダークエルフでもないと言うなら戦闘に優れた者達なんかこの都におるのか?」
「お前さんもよく知っておる者達じゃよ」
はぁ? 妖精の都に知り合いなんておらんぞ?
まさか、妖精達じゃなかろうな? どう見てもカマさん達は強そうには見えんが、実は強かったりするのか?
でも考えようによっては数千年も生きているのだから、ある程度実力がなければ生き抜けないとも言えるな。
「まぁ、そう考えなくても良かろう。街の入口に来るように言っておるから、そこまで移動するとするかの」
ゼセットとミゼアも合流し、街の入口で妖精王が用意してくれた援軍を待っていると、大慌てで走ってくるタコルとメルトの姿が見えた。
「おおーい、待ってくれよ。帰るんだろ? やっとオイラも深海に帰れるのか。途中まで一緒に連れてってくれよ」
「俺っちも外に遊びに行ぐぞ」
この二匹は何か勘違いしておらんか?
今から俺達は戦場に向かうのだぞ?
しかし今は猫の手も借りたいほど頭数が必要なのだ。
戦力にはならんが、戦場をかき回すぐらいにはなるかもしれんな。
「よし良かろう。お前達がどうしてもと言うから連れて行ってやるのだぞ。その事をくれぐれも忘れるなよ」
「帰るだけで大袈裟な奴だな」
「俺っちお前の国で新種のキノコ狩りがしだいぞ」
「キノコ狩りが出来るかはわからんが、すぐにお前の得意のキノコ植えをさせてやろう」
「どういう意味だ?」
「すぐにわかる事だ、そう焦るな」
二匹と話し込んでいるとどこからともなく聞き覚えのあるブーンという音が響いてきて、俺は守り樹が聳え立つ方角に顔を向けた。
そこには女王蜂を先頭に200近い虫の軍勢が装いを新たに完全武装でこちらに向かって飛んできている。
女王蜂率いる虫の軍勢が地上に降り立つと、女王蜂が妖精王に向かって一礼し、すぐに俺に睨みを利かせている。
「我らは貴様等にされた屈辱を忘れてはおらぬぞっ」
明らかに俺達に敵意を剥き出しにする女王蜂とその家来達。
女王蜂の装いは変わってはいないが、その後ろに列をなす虫兵達は金属鎧に身を包み、この間みたいにはいかんぞと言いたげな表情をしている。
正直あの時は何もしちゃいないのだが、きっと森林を守っていたこやつ等のプライドをへし折ってしまったのだろう。
「そう怖い顔をするでない。俺達はもう仲間なのだからな」
「誰が貴様のような人間と戯れるかっ。妖精王直々の頼みだから引き受けたまでだっ。勘違いするでないわっ」
人が下手に出てやったと言うのに、なんと言う態度だ。
一発ぶん殴ってやりたいが、貴重な戦力を今失う訳にはいかんので、愛想笑いを浮かべて誤魔化してやるわっ。
「アルトロよ。お前さんに儂の魔法の知識を少し授けてやろう」
「魔法の知識? そんな事ができるのか?」
「儂を誰だと思っておるのじゃ、妖精王じゃぞ。お前さんの黒炎はちと強力過ぎるからな、味方を巻き込みかねん」
そう言うと妖精王は俺の額に人差し指を当て、直後俺の頭の中に情報の波が押し寄せてくる。
ヒヒ、ここに来て更にパワーアップしてしまうとは、やはり俺は最強なのだ。
「では早速転移魔法を発動してもらえるか? 妖精王よ」
「わかっておるわ。そう焦るでない」
妖精王が地面に杖を突くと、俺達の足元があの時と同じように輝きに包まれた。
あの時守り樹の外に一瞬で移動したのは転移魔法の一種だったのか。
光に包まれる間際、俺は皆の顔を見渡した。
腕を組み瞑想するゼセットに何故かやる気満々で拳を鳴らすミゼア。
ようやく深海に帰れると勘違いしているタコとキノコ狩りを楽しみにしているピクニック気分の二匹。
そして相変わらず俺を睨み付ける女王蜂とその家来達。
戦力は十分だ。
いざ、バルタ高原へ出発だ。




