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転換2「女はつらいよ」

どうも、久しぶりです。今回は一つだけ。きよがスカートを履くシーンは、何か履き方がめんどくさいタイプのだと思ってください。


では、どうぞ本文へお進みください。

 穏やかな日の光が優しく朝を告げてくれる。俺は朝のこの布団の中でぐずぐずする時間が、実はとても好きだったりする。程良い眠気と倦怠感が混ぜ合わさり、何とも形容のし難い幸せな気分になるのだ。それも学校へ行く日であればすぐにタイムリミットが来てしまうのだが、何ぶん今日は土曜日、つまり休日だ。俺は久々の安らかな惰眠をむさぼっていた。


 ……はずだった。


 ジリリリリリ!!


 俺のベッドの頭の上で、けたたましく目覚ましが鳴り響く。

 くそ、設定解除しとくの忘れてた……。

 おかげで、先程までの気分が台無しだ。俺は再度あの気分を味わう為、横になったままスイッチに手を伸ばすが、届かない。……再度チャレンジを試みるが、あえなく空を切った。

 も、もう一回!! 今度こそと手をブーメランのように角度をつけてみるが、結局結果は変わらなかった。まぁ、賢明な読者諸君ならもうお分かりだろう。


 俺、今は女なんだったった……。つい、いつもの癖でやっちまったぜ。


 ………………。


 何だか本気で虚しくなってきたので普通に起き上がって止めてみた。まだ実感がわかなかった。


「……っ、ふ……」


 途端、後ろから聞こえてきた声に俺は驚いて声の主へと振り返る。……ドアの入り口には、こちらを見ながら肩を震わせている美樹がいた。

 綺麗な黒髪は右分けに七三間隔で分けられており、二本のヘアピンで止められている。肩までのセミロングは小刻みに揺れていて、パッチリとした黒い瞳は微笑ましそうに細められていた。


「み、美樹……ちゃん!!」


 危うく呼び捨てをしそうになるが、何とか敬称をつける。そ、それよりも……!!


「……やだ、きよさん、かわい……」


「や、やっぱ見られてた……!!」


 美樹がくすくすと笑いながら言った言葉に、俺は一気に真っ赤になる。まさか、今のを見られてたなんて……。


「み、美樹ちゃん!! ……どこから、見てたの?」


「すいません……。最初っからです……」


 もう、何でこいつはそういうとこばっかり目撃するんだよ!! 昔っからそうだ! あぁあ、穴があったら入りたい……!!


「でも良かった。きよさん綺麗だから、嬉しかったんだけど正直ちょっと緊張してたんです。……お茶目なところもあるんですね」


「お願いだから、それ以上言わないで……むしろ、言わないでください……!」


「ドジっ娘って言うんですか?」


「そこまでじゃないやい!!」


 最後のほうはかなり地が出てしまっていたかもしれない。危ない危ない……気を付けないとな。

 美樹は『はいはい』と楽しそうに答えるとドアを閉めながら付け足した。


「そうだ、きよさん。今日は一緒に行くところがあるので、着替えといてくださいね。また後で来ますので。……これ、着替えです!」


 そう言って部屋を出て行ってしまう。着替えと称され俺の目の前に置かれたものは、美樹の服だった。

 長袖のTシャツにチェックのミニスカート、黒のハイソックスだったが、なるほど確かに今の体型なら無理もなく着れそうではある。……一体どこへ行くのかは知らないが。


 しかし、ここである問題が発生する。すごく簡単だが、重大な問題だ。


 ……そう。Tシャツやハイソックスならともかく、ミニスカートの履き方がわからないのだ。一応言っておくが俺は元男、今でも心は男だ。そんな俺がスカートの履き方など知らないのは当然のことと言えよう。……っていうか、逆に知ってたら怖い。


「きよさ~ん、準備いいですか~……って、まだスカート履いてないんですか?」


 そんな風に俺がまごまごしていると、美樹が戻ってきた。もう俺がとっくに着替え終わったものとばかり思っていたのか、拍子抜けしている。

 ……妹よ、正体知ったらきっと気絶するだろうなぁ。俺は自分の体たらくに情けなさを覚えつつも、小さく言った。


「履き方……、わかんないんだけど……」


「えぇっ? ……んもぅ、じゃあ後ろ向いてください。う・し・ろ!」


「は、は~い」


 そう言われて、俺は素直に後ろを向く。すると美樹はしゃがみこんで、後ろからスカートの着用を手伝ってくれた。なるほど、そういうことか。


「まったくぅ……、きよさん、ズボンとかばっかり履いていた口ですか? まさか、ブラジャーとかも……!?」


「う……。ま、まぁ」


「……ふぅ。これじゃ姉というより、妹でも持った気分です」


 仕方ねえだろ、男なんだし。……それに、そう言っているわりには美樹は笑顔でとても嬉しそうだった。何でだろうか。女の子の考えることはよくわからない。

 そうこうしているうちに着替えが終わったらしく、立ち上がってみることにする。


 第一感想。スースーする、めっちゃスースーする。男はボクサーパンツにズボンという結構しっかりとした服装だったからかもわからないが……スカートというのは、ほら、その。足を覆ってくれないから何か落ち着かないというか、むずがゆいというか。露出しているような気分になってしまう。

 第二感想。こうした女物の下着を着ると、その。……意識しないようにしていた、胸が。うん、胸が。胸に何かあるってすごい変な感覚なんだと、すごい体験をしてしまっているような気さえする。

 しばらくの間、そうして複雑な気持ちを味わっていると、美樹が勢いよく立ち上がって言った。


「やっぱり今日行くので正解でしたね。行きますよ、きよさん!!」


「そういえば……、結局どこ行くの?」


「……洋服屋です!!」


 泣きっ面に蜂、とはまさにこのこと。

 俺はまたもや、男としてのプライドを一つ捨てなければいけなそうであった。







「……なぁ、一つ聞いていい?」


「何? お兄ちゃん」


「何で俺も連れてこられたの? こんなん、全然わかんねえぞ」


「わかってないなぁお兄ちゃんは。……こういうのには、第三者の男性からの意見も重要でしょ?」


「そういうもんかねぇ……?」


 大型デパートのショッピングモール。俺たちは二階にある洋服売り場にいた。人混みがそんなに好きでない俺だが、そんなものはこの際些細なことだと感じてしまうほどだ。陰鬱であった。

 俺と同じように爆睡していた『俺』、もとい京は美樹によって叩き起こされ連れて一緒に連れてこられている。


「てか、何? お前とうとう目覚めちゃったの?」


「アホか! 美樹に連れてこられたんだよ!!」


「きよさ~ん! お兄ちゃ~ん!! こっちこっち~!!」


 小声で京に怒鳴り、奥から聞こえてくる美樹の声に俺たちは顔を見合わせてため息をつくと、後をついていった。いつもは関係なく平凡な気持ちで眺めていられる女性用洋服の一角も、今はそういうわけにはいかない。


「まず、胸のサイズを測んないとね!」


 そう言って入れられた試着室の中で、店員に胸のサイズを測られる。

 ……まじで泣けてくるぜ。そんな俺とは裏腹に、ダルそうに見学している京にめっちゃ腹が立った。自分に腹が立つ、という尊い経験を俺は生まれて初めてしてしまうこととなった。まぁ、通常の意味とは大きく異なっているが。


「きよさん、Bだって! 意外、全体的にスタイルいいからもっとあると思った。私より、ちっちゃいんだね」


 何かちょっと切なかった。関係ないはずなのに。


「サイズ測ったから、次は下着よ!!」


「まだやるの~?」


「まだまだ! きよさんったら、美人なのに女としての自覚が足りないんですもん! 今日はとことんいくの!!」


 どうやら何かのスイッチが入ってしまった美樹によって、ブラの付け方などを無理矢理伝授されることになる。こっちとしては早く終わってしまいたいのだが、美樹はとにかくノリノリだった。


「ねぇねぇお兄ちゃん! これとこれ、どっちがきよさんに似合ってると思う!?」


「知らん!! つかそんなの男に聞くな!!」


「まぁいいからいいからぁ!! ほれほれ、どっち!?」


 美樹が二つのブラを持ってまるでエロ親父のように京に迫っていくその光景は、なかなかに異様であると言える。立場が逆だろうというツッコミは無しにしてもらおう。

 京の奴、たじたじじゃねえか……。


「……こ、こっち、かな?」


「へぇ~、なるほどぉ! ふんふん、そうなんだ~?」


「ごめん、これ何のいじめ?」


 真っ赤になって凹んでいる京とは対照的に、美樹はとにかく楽しそうだった。……男のときは、どうしても一緒にこんな所に来ることはなかったからなぁ。まぁ、当たり前と言えば当たり前なのだが。


 こんなに楽しそうにしてるんなら、これからは少しくらい付き合ってもいいかも知れない。

 ……京も楽しそうなことだしな、なんつって。







 ごめんなさい。あんなこと言っておきながら、前言撤回です。

 あの後俺は普通の服選びにも散々付き合わされ、何十種類もの服を試着させられ、完璧に美樹のおもちゃと化していた。

 美樹はまだ服選びに夢中になっており、俺は今日一日振りまわされっぱなしでくたくたの体を休めるため、休憩スペースのベンチに座っていた。

 ちなみに、京はトイレらしい。


「あ〜、疲れたぁ!」


 一気に息を吐き出し、両手を真上に伸ばす。疲労した体にはそれが丁度良く、気持ちが良かった。


「ねぇ君? 可愛いねぇ、今から一緒にお茶しない?」


 ふと、背後からかけられる声。振り返ると、そこにはいかにも軽そうな男が立っていた。

 着崩した衣服にジャラジャラとついている装飾品、ワックスをつけて立たせている髪に、ずれてかけているサングラス。その出で立ちはまるで『俺、遊んでいます!!』と言っているかのようである。

 取りあえず俺が思ったことは一つ。


 嬉しくねぇ……。


 俺は、肉体は残念ながら今は完全に女である。それは事実だ。

 しかし何度も言うようだが、心は男。今をときめく日本男児なのだ。それをこんなチャラ男にナンパされるなんて、悲しくて涙がでらぁ。


「すいません、私連れがいるんで……」


 俺は作り笑いを貼り付け、出来るだけやんわりと男の誘いを断った。


 ……しかし。


「だいじょうぶだいじょうぶ。取って食いやしないって」


 何を勘違いしているんだこの男は。


「俺さぁ、こう見えても結構紳士的なのよ? ほんとほんと。仲間内の間では『思いやりケンちゃん』で通ってんだから」


「そういう問題じゃなくてですね……」


 俺の明らかな拒絶の態度にもめげずに男は一生懸命口説いてくる。満面の笑顔だが、嬉しくも何ともない。

 ……どこが紳士だ。


「取り敢えず、場所でも移して話そうか? 俺、いいところ知ってんだ」


「なっ……!!」


 キレた。


 今まではできる限り騒ぎを起こさずに女の子らしくと自分に言い聞かせてきたが、全く話を聞かない態度にももう我慢の限界だった。元々、この手の男は好かない。

 俺は強引に掴まれた手を素早く振りほどいて、顔面を殴ってやろうとした。

 しかし、俺はまだ自分が女の体であるということを身体で理解していなかった。

 予想もしていなかった。……掴まれた手を、ふりほどけないなんて。

 華奢で非力になってしまった今の俺の体では、殴ってやるどころかこんな男の手を逃れることすら出来ないのだ。


「何、照れてんの? オーケー、俺に任せて?」


 俺は何度も力を入れて逃れようとするが、逃れられず無駄な抵抗に終わってしまう。男はそれを見て俺のためか若干力を弱めるが、離してはくれなかった。


「は、離せ……!!」


「怖がりだなぁ、君は? だいじょうぶ。さぁ、おいで?」


 やばい、と思った。

 この男は完全にアレな感じの奴だ。そんな奴の連れて行くところなんてわかりきっている。


「それじゃあ、行こっか?」


 こんな奴、男だったらぶっ飛ばしてやれるのに……!!


 そう、思ったときだった。


「殴んぞコラァアア!!」


「んはっ!?」


 痛快な打撃音と共に、男の顔面に勢い良く拳がめり込まれる。いきなりの出来事に俺があっけにとられていると、男をぶっ飛ばした男、京は俺に言った。


「大丈夫かぁ、お前?」


「京!!」


 俺が叫ぶと、京はへへんと得意気に笑った。


「いやぁ、トイレから帰ってきたらお前が変な奴にナンパされてたからよ。最初は面白がって見てたけど、途中からムカついてきて。んで、ついどーんと」


「そっか。……さんきゅ」


 さすが同位体、嫌いなタイプも同じらしい。今だけはそれに感謝しよう。俺は京に心からの礼を言った。


「ちょっとちょっとぉ? 一体なんなんだよ?」


 だがそれだけで事態が解決するわけもなく、男は起き上がりながら言うと、訝しげに京を見た。


「おいおい待てよ、カンちゃん。俺ぁ、親切にも教えてやったんだぜ?」


 だが京はそれに怯むこともなく。男の名前を微妙に間違えて続けた。


「まぁ、簡単に言うとだな……」


「言うと?」


 そこで京は一拍ためて、言った。


「こんな可愛い子が、女の子なわけねぇだろぉおお!! ……っつうことだ」


「はぁ!?」


「な、何だってえ?」


 突然の京の発言に俺はあからさまに引くが、何故か男は驚き、信じこんだようだった。

 そして、さらに京は続ける。


「いいか、ここにいるこいつはな! 一見立派な女の子に見えるがな、その実ただの女装好きな変態野郎だったんだよぉおおお!!」


「な、何てことだ。この俺が女の子と男性を見間違えるなんて……。悪かったね、君たち。俺はこれで」


 ショックを受けたようにそう言うと、男は軽快に去っていった。

 ……バカだった。


「いや~、上手くいったなぁ、きよ!!」


 京は、何故かとても達成感に溢れた顔でこちらを見て言った。俺は、そんな京に静かな笑顔で言った。


「京」


「ん、何だ?」


「誰が女装好きの変態野郎だこのボケェエエ!!」


「まことにごもっともではぁ!!」


 繰り出す、掌底。

 京は、面白い悲鳴を上げて倒れた。そして俺はその倒れた京の体を助け起こし、今度は本心の方の台詞を言った。


「けど……、危ないところ助けてくれてマジでありがとうな」


「あ、あぁ……」


 俺の言葉が予想外だったのか、目を丸くして頷く京。……何だよ。そんなに俺がお礼を言うのは変なのかよ。



 そして、その後。


 美樹も戻ってきて、目的の買い物を終えた俺たちはやっと帰路についたのだが、俺を見てのひそひそ話はずっと絶えることはなかった。






 ちょっと、いやかなり怨んでいいか、京?

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