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転換15「純喫茶フラワーへようこそ?」

どうも、お久しぶりの作者です。

プロローグを読んだ方はお分かりかと思いますが、ここ数日ずっと、今までの全17部分の誤字・脱字、加筆修正をしていました。

平行して更新話も進めていたのですが、遅くなってしまい申し訳ありませんでしたorz


暇な方は読んでみてくださいね。あんまり変わっていない話もあれば、大分追加した話もありますので。作者としてはかなり頑張ったつもりですので、修正前よりつまんなかったという方は無いと思います(おぉ)


では、本編へどうぞ。

 プルルルル!


 俺の頭の上、ベッドについている台で携帯がけたましく鳴り響く。


「……んむ……」


 俺はうっすらと目を開けるが、無機質でそれでいて耳障りなその音に眉をしかめる。だが、そんな俺の態度にもめげず、携帯は尚も鳴り続ける。

 晴れの日も、雨の日も、果ては台風の日までも……ってか? 馬鹿馬鹿しい。俺は自分で勝手にした想像にケチをつけ、眠たい身体を気怠げに起こした。


「せっかくの休みだってのに……」


 まだ瞼は半開きで、ぼーっとしながら騒音を発する物体を手に取る。そして、誰からかを確認することもなく、とりあえず通話ボタンを押す。


「はい、もしもし……」


「……もしもし、きよ?」


 そのまま応対すると、電話の主はどうやら緑のようだった。俺はふぁあ~、と一際大きく欠伸をすると、もう片方の手で目をこすりながら言う。


「……どうしたの、こんな時間に?」


「……きよ、もしかして寝てた?」


 俺の様子に流石に気付いたのか、緑の驚いたような声が受話器の向こうから返ってくる。俺はどうやらまだ寝ぼけているらしい、目を閉じながら半ば囁くように言う。


「うん……、さっきまで、寝てたにゃー……」


「まだ寝てるね……」


 うつらうつら、船を漕ぎながら俺は意味不明な言葉の羅列を繰り出す。緑はそれを聞くと困ったように笑った。

 ……そして、いきなり何も喋らなくなった。ただでさえ眠気に負けそうだったというのに、これでは追い打ちも同じである。俺は完璧に睡魔に屈すると、再度横になろうとしていた。

 そして、もう瞼が閉じられる、その瞬間だった。


 ズガガガチュイィィガガギィン!!!!


 耳をつんざくような、恐ろしいほどの暴音に俺はたまらず身体をよじらせる。すると、まるでそれを見計らったように音は止み、狭い部屋に再び静寂が訪れる。

 ……だが、もう俺は寝ようとはしなかった。否、寝れなかった。

 今の凄まじいほどの怪音波(あながち間違いでもない)に俺の神経は嫌でもギンギンに研ぎ澄まされ、どう寝ようとしてももはや無理だったのだ。


「……きよ、起きた?」


 先程とは打って変わったかのような、小さくて心地良い声が聞こえてくる。微かに、ふふ、と笑ったように感じた。


「緑~……。今の、何?」


 俺がビリビリする耳を引っ張りながら、問い掛ける。そして緑は、それにゆっくりと答えた。


「私が持ってる、目覚まし時計。……面白いでしょ? 起こす音が変で」


「トラウマになるよ……」


 電話の向こうで緑は楽しそうに笑っているが、 こちらは危うく魂を飛ばしかけたのだ。緑はこれを毎日聞いているのかと思うと、恐ろしくて震えが止まらなかった。

 だが緑は『そんなこと言ってもねぇ』と呟くと、急に声色を変えた。


「今の、朱菜だったらもっと酷いよ? ……『起きないと今から直接家に行くわよ!!』……みたいな感じで」


「おー! 凄い! 似てる」


 ……それにそのセリフ自体も言いそうだ、かなり似てる部類に入ると思う。だが何故か、俺の頭には緑の部屋で緑が動きまで真似している情景が浮かんでき、つい微笑ましくなってしまった。

 ……可愛い。


「きよが何を考えているのかは知らないけどね……。きよ、さっき自分で何て言ったか覚えてる?」


 そんな妄想に浸っている俺に、緑は何故か可笑しそうに話し始めた。俺は眠くてよく覚えていないため、続きを促した。


「……きよは語尾に、にゃーって付けてたんだにゃー」


 そして、緑がわざとらしく言った言葉に、俺は絶句する。意識がはっきりとしている今ならわかる。『それ』はヤバいと……。


 次々と噴き出してくる、嫌な汗嫌な汗。


「……ほ、ホントに?」


 ゴクリと、唾を飲む。嘘ならば、誰か嘘だと言って欲しい。

 ……だが、現実は残酷だった。


「ほんともほんと。……きよ、とっても可愛かったにゃー」


「うわぁああぁあ!!」


 『ニャン』と猫なで声を出した緑には構わず、俺は一人悶絶する。あまりの恥ずかしさにベッドをゴロゴロと転がるが、そんなことをしても何も変わらない。

 は、恥ずかしい!! これは、いくら何でも恥ずかしすぎる!! 今すぐ時を戻して、あの時眠りたがっていた俺を力の限りはっ倒したい。 にゃーって! いくらなんでもにゃーって!!


「きよ、猫好きなの?」


「へっ!? いや、そりゃ確かに好きだけど……、可愛いし」


 呑気に、どこか論点のずれていることを言ってくる緑。俺はそれに思わず素直に答えるが、さっきのことがまだ尾をひいている。


「ねぇ、きよ。……そろそろ本題に」


「ごめん、ちょっと待ってて……」


 緑は、何も触れずに、素直に頷いてくれた。










「……もういいよ」


 ということで五分後。やっと落ち着きを取り戻した俺は、電話に話しかける。待たせてしまったかな、とも思ったが、本人は別に気にしていない様子だった。


「……もう大丈夫なの? きよにゃー」


「きよにゃー言うな!!」


 取り敢えず、そこだけは確実に釘を差しておく。それに緑はくすり、と笑うと一拍置いて、本題について話し始めた。


「あのね。……家のバイト、手伝ってくれない?」


 それは、ある意味で予想外の言葉だった。












「えーと……ここかな?」


 比較的人通りが多い、大通り。建ち並んでいる店の一つに、喫茶店があった。楕円状だえんじょうの看板には可愛らしく丸まった文字で『純喫茶フラワー』と書いてある。そんなお洒落な店の、水色の壁を前にして、俺は誰にともなく呟く。


 緑からの話とは、『実家の喫茶店の仕事を手伝って欲しい』というものだった。そこそこ繁盛しているらしく普段はアルバイトの人がきちんといるらしいのだが、今日に限り運悪く体調不良などの不測な事態が重なってしまった。午前は何とかやり過ごしたようだが、午後になると客足が一気に増えるらしく、さすがに両親と緑だけではきついそうで。……そこで、親友(ちょっと嬉しかったりする)である俺に白羽の矢が立ったというわけだ。

 ちなみに朱菜と葵にも頼んだらしいのだが、朱菜は休みにも関わらず生徒会の仕事があり、葵は道場の試合があり無理だったそうだというらしい。

 喫茶店でのアルバイトなんてしたことが無かったが、一応アルバイト料は出るというし、何より大切な友人の頼みだ。俺は二つ返事で了解し、今に至るのだった。


 俺は住所が間違っていないことを、緑からメールで送られてきた地図で確認する。それを確認し終え、改めてドアに掛かっている『OPEN』とかかれた木彫りの看板を見る。

 そして、ほのかに薫る木のドアを開けて店内に入った。


「いらっしゃいませ~」


 同時にドアに付けられたベルがチリチリンと鳴り、奥から店員と思わしき人物が出てくる。……最初は服が違うので分からなかったが、よく見ればそれは緑であった。

 緑は近くまで駆け寄り俺の姿を確認すると、破顔一笑はがんいっしょうして俺を迎えた。


「なぁんだ。……きよだったの? 来てくれて、ありがとね」


「どういたしまして。可愛い制服だね」


「……ふふ、ありがとう」


 緑は俺の言葉に若干照れたように、はにかんだ表情を見せた。

 上半身はワイシャツの白一色で固められているが、首もとに巻かれている赤い蝶ネクタイがアクセントを付けていた。下には朱色のタイトスカート、その上からは控え目なフリルがついたエプロンを被せられている。

 いつもブレザーで見慣れているための相対的な効果もあるだろうが、緑の楚々(そそ)とした雰囲気には非常にマッチしており、新鮮な感じを受ける。


「取り敢えず、奥の部屋来て? 制服着なきゃだし、仕事の説明もするから」


「あ、うん」


 思わず見とれている俺を、緑が笑いながらたしなめる。俺はそれに頷くと、ゆっくりと歩いていく緑の後をついていった。

 奥の部屋は所謂いわゆるスタッフルームのようなもので、緑が言った通り制服もかけられていた。


「えーとね。……細かいことはあるんだけど、急遽のバイトだしね。きよは取り敢えずお客様が出入りした時に挨拶と、注文取るのだけやってくれればいいから」


「う、うん」


 緑からの説明に多少はほっとするが、やはり緊張する。俺は、声も小さく言った。


「その、一生懸命やるけど。……ヘマしたらごめんね」


 前もって言っておけばどうなる、という訳ではないが言っておきたかった。……だが緑は一点の曇りもない満面の笑みを浮かべて、ごく普通そうに言った。


「……大丈夫だよ。面倒くさい部分は私がちゃんとフォローするし、要はお客様の機嫌さえ取ってればいいんだから」


「き、機嫌さえ取ればいいって……」


「冗談だよ」


 思わず聞き返した俺に、悪戯っぽく緑は笑う。……貴方が言うと、洒落に聞こえないんですが。

 勿論、口には出すまい。


「さ、きよ。取り敢えず制服に着替えて?」


 話が終わると、緑はかけられた制服を手に取り、ハンガーを外して俺に差し出す。


「うん」


 俺がそれに頷き、後ろを向いて(やっぱりまだ少し恥ずかしいからだ)自分の服を脱ごうとする。


「緑ちゃん~! 入りますよ~!!」


 バァン、とではなかった。むしろキィイ、といった感じでフロアへと繋がるドアが開き、眼鏡をかけた 壮年の男性が姿を見せた。緑と同じようにワイシャツに蝶ネクタイ、下は黒いズボン。しっとりとした黒髪はオールバックに整えており、さながら喫茶店のマスターのような出で立ちだった。

 ……いや、まぁここ喫茶店だから問題は無いんだけど。


「おやぁ? ……その子がきよちゃんですかぁ!」


 恐らく緑の父親であろうその男性は、眼鏡に手をかけながら明るい調子で言った。頬は若干こけているがスラッとした、中年太りとは無縁の体躯をしている。快活でハキハキとした、緑とは正反対のような話し方で、敬語口調が印象的だ。


「こ、こんにちは!」


 俺は脱ごうとしていた手を一旦休め、 ぺこりと身体を曲げて挨拶をした。


「はい、こんにちは。礼儀正しい子は見ていて気持ちいいですねぇ!」


「……お父さん、何しに来たの?」


 気持ちよさそうに言葉を紡ぐ男性に、緑が若干曇った表情で言う。緑のそんな表情を見たのは初めてで少し驚いたが、男性は変わらぬ様子で軽快に答えた。


「それは勿論、緑ちゃんの友達であるきよちゃんを見るためですよ!」


「もう、本当に可愛い子が好きなんだから……」


 男性の発言に緑は少し危ないことを言った。


「朱菜と葵が来たときにもやってたし……。ほらほら、きよ今から着替えるから、あっち行こうね?」


 緑はそう言うと、ぐいぐいと男性の身体をドアに向けて押し始める。男性は予想をしていなく、面食らったようだった。


「え!? いや、まだきよちゃんと話したいことが……」


「いいから、ね?」


 しかし、緑の寒気がする笑みに勝てる訳もなく、黙殺されながら押されていく男性。しかし、出口寸前で俺の方を唐突に振り向いた。


「きよちゃん! ……私のことはパパさん、もしくは甘く優しい声で優作さんと……」


「パパさんでお願いします」


「そんな―」


 バタン、と完全にドアが閉められる。だが、閉められる刹那に、俺は何故だかパパさんの名前を知ってしまった。

 ……取り敢えず、着替えるか。俺は、至極当然なことを思った。










 数分後、俺は先程の制服に身を包みドアの前にいた。鏡を見て、今一度服装に不備はないかを確認する。それも全て終わり、いざドアを開けようとした時。


「着替え終わった?」


 またもや、俺じゃない人物にドアが開かれる。しかも開き方まで一緒で、一瞬またパパさんかとも思った。だがそうではなく、俺の視界に入ってきたのはピンクのエプロンをかけた、若い女性だった。

 淡い栗色の髪に、ウェーブがかかったロングヘアー。整った顔立ちは、上品さを醸し出していた。


「あら、可愛い……!」


「えーと、緑のお母さんですか?」


 女性が頬を染めながら言った言葉に、俺は体良く聞き返す。女性はそれを聞くと、照れたように身体をくねらせながら言う。


「そうよ~? だけどお母さんなんかより、優作さんと同じ感じで、ママさんって読んで?」


 おっとりとして、それでいて甘く、とろけるような優しい声で女性は言った。……なるほど。パパさんが言っていた『甘く優しい声』というのは、このことか。とても十六歳の子供を持っているとは思えない、若々しい雰囲気を持っている。 俺は何となくこっちまで気恥ずかしくなり、その言葉に俯いた。


「はい……」


「ふふ。じゃあ、また後でね?」


 パパさんとは違い見に来ただけなのか、ママさんは緑を思い出させるようにくすり、と笑うとドアから出ていってしまった。

 俺は無駄に緊張してしまった心を落ち着かせ、俺自身もドアを開け、フロアへと出た。


 先程はすぐさまスタッフルームに行ったのでよく見ていなかったが、改めてフロア全体を見渡してみると、所々にセンスの良さが伺える。

 それぞれのテーブルの隅にある、バスケットに入った花たち(種類はわからないが)が、店内に彩りをもたらしてくれていた。カーテンの所々にも一輪ずつ花がさされており、さすがに店の名前が『純喫茶フラワー』なだけあると、俺は思う。


「あ、きよ。……よく似合ってるよ?」


「緑。……何か、落ち着く店だね」


「ふふ、そう言って貰えると嬉しいな。……それじゃ、今からよろしくね?」


 緑は心から嬉しそうに微笑むと、俺に言った。俺も笑みを浮かべながらそれに頷くと、ふと、ベルの音が聞こえる。


「いらっしゃいませー」


 緑の言っていた通り、客足は一気に増加した。
















「ふ~、大分落ち着いてきたね」


 全てが朱に染まる夕暮れ時。俺は袖もとで汗を拭いながら言った。日中は人が多くてずっと働きっぱなしだったが、今はお客が一人もいない。……ちょっとした休憩タイムだ。


「そうだね。……お疲れさま、後はもう楽だから」


 そんな俺を見ながら、緑は慣れたような表情で言う。

 今日一日働いてみたが、あまりミスはしなかったと思う。いつ何をやらかすかが自分でも不安だったが、ひとまずは安心ということか。


 チリンリン。


 そう思ってほっとしたのもつかの間、小さい鈴が次のお客の来訪を告げた。


「いらっしゃいま……」


 振り返り挨拶をしようとしたが、俺の声は途中でやむなく止まることとなった。それは何故か。……その、お客が問題だったのだ。


「よぉきよ! なかなか似合ってんじゃん!」


『うわ~! きよ可愛いですね~!!』


 まぁ、今の会話を聞いて貰えば大体わかると思う。入ってきたのは、京と女神だった(女神は普通の人にはわからないが)。


「……神谷くん、何でここに?」


「そうだよ、お前何でここに……!」


 緑が疑問気味に言った言葉に、俺も力一杯同調する。だって、京たちがこれを知っているはずがないのだ。緑から電話がかかってきたのは昼で、その時京は俺と同じく寝ていたのだ。だから俺はわざと京を起こさずに出かけたわけなのに……知られたくなかったのに……。

 俺がじとーっとした目つきで京のことを睨むと、京ははぐらかすように言った。


「まぁ、ちょっとな」


「どうでもいいけど、他のお客様に迷惑かけたら……ね?」


「わ、わかってるって……」


 念を押すように負を込めて言った緑に、京は素直に頷く。その後、俺が窓際の席まで案内することになり、二人がそれについてきた。席に座り、京は渡されたメニューを見て言った。


「じゃ、ミルクティーで」


『私はまぁ無理ですのでー』


「はいはい」


 ただでさえバイトをしている所を見られるのが恥ずかしいのに、可愛らしい制服を着ていれば尚更だった。俺はそっけなくメニューの受け答えをすると、とっとと厨房に入ろうとしたが、京が楽しそうに引き留める。


「待てよ。……『かしこまりました』、だろ?」


「な……!」


 その問いに、俺は顔がかぁっと熱くなる。……こいつ、俺をからかって遊ぶ気でやがる。


「店員なんだろ? ちゃんと受け答えはしなくちゃ」

 

「ぐ……! かしこまり、ました……」


 俺が途切れ途切れでセリフを言うと、京は愉快そうに目を細めた。むかつくことこの上ない。本当に、何故バレてしまったのだろう……!


『きよ? 実は私が聞いてたのを教えてあげただけなんですよ、このアホは』


「え? そうなの?」


 真剣に考え込んでいた俺だが、どうやら答えは出たようだった。……道理で、な。

 慌てる京を尻目に、女神は更に暴露を続ける。


『本当はアイス一個で買収されてたんですけど……。あまりに勝ち誇っている京がうざかったので、つい』


「ついじゃねーよ!! それじゃあ俺がお前にただアイスをプレゼントしただけじゃねーか!!」


「声でかいって、京……」


 人目もはばからず怒鳴る京に、俺は溜息をつきながら言う。席では、ベロベロバーをしている女神と必死に怒っている京がいた。

 ……不毛だ、実に不毛な争いだ。


 俺はその争いを遠くから眺めて、気付かれないよう静かにカウンターに戻ろうとする。


「あいたっ」


 だが余所見をしながら歩いていた罰か、行く途中の通路で人に鼻をぶつけてしまう。体格も俺より背も高いことから、緑では無いことがわかる。ベルの鳴る音は聞こえなかったが、ならばお客様だろうと、俺は鼻をさすりながら謝罪した。


「す、すみません……。余所見してて……」


「いやぁ。そっちこそ、大丈夫?」


 ……ん?


 本来なら何の問題もないその言葉に、俺は何故か違和感を覚える。この囁くような声音と、独特のイントネーションに聞き覚えがあったからだ。

 恐る恐る顔を上げた俺の視界に入ったのは、ズラしてかけられたサングラスにワックスで獅子のように立てられた茶髪だった。


「げっ……!!」


「んん? 君は……、どこかで……」


 嫌な予感は、見事に的中していた。男は黒い革ジャンを羽織り、俺のことをまじまじと見てきた。


「あぁぁあああぁあっ!!」


 そのまま男が口を開こうとしたその時、突如叫び声があがる。叫んだのは京で、二人はいつの間にかこちらへと視線を向けていた。女神は面食らったような顔をしていたが、京は物凄い勢いで椅子から立ち上がると、男の元まで一気に駆け寄る。


「よぉ、ケンちゃん。久し振りだなぁ……!」


「君は……。あぁ、やっぱり君たちだったのか?」


 京は再会を喜ぶというより、寧ろチンピラがケンカを売るような口調で言っていた。対する男は京を見て完璧に俺たち二人を思い出したようで、親しくもないのに懐かしいような笑みを浮かべて自分で納得していた。


「……ねぇ、きよ。あれが、ケンちゃんとやらですか?」


 後から駆け寄ってきた女神が、俺の隣に立ってこそこそと話しかける。

 ……そういえば、女神はこいつと会ったことが無かったな。俺が女神にその旨を伝えると、女神は『ほ~』と呟いた。


「お客様、どうしましたー?」


 離れた場所から聞こえる声。京の叫び声が聞こえたのだろう、緑がこちらへ向かって早足で歩いてきた。


「……神谷くん、何してるの?」


「ちょっと、決着をな……!」


 緑の問い詰めるような言葉にも、今の京は怯まなかった。そこまで何かに拘るということは少ないのだが、……よっぽどこの前のことが悔しかったのか。


「ぅん? ……君も緑の知り合いなのかい?」


 男はそんな京の思いを知ってか知らずか、京と緑の顔を交互に見合わせると言った。女神は俺におぶさるようにしながら『面白い奴ですね~』と言っていたが、……ちょっと待てよ?

 今、明らかに聞き流せない部分があったぞ?


「……学校の同級生なんです」


「……!!」


 俺と京はその言葉を聞いて激しく動揺する。勿論、京が緑の同級生だというのは言われなくても分かっている。男が緑を呼び捨てで呼んだこと、それに緑が何もなかったかのように答えたこと。

 ……その二つが、あまりにも衝撃的過ぎた。

 唯一女神だけは、あまり興味が無さそうに足をブラブラさせていたが。


「み、緑……。知り合い?」


「……え? もしかして、きよたちもなの? ……私は、店の常連さんだから」


 にべもなく発せられたその言葉に、俺は尚更ショックを受ける。京はというと、右手で拳を握ったまま複雑そうな表情で黙っていたが、話が終わると男に向かって言った。


「お前店の常連なのか……!」


「あぁ、この店は好きだからねぇ」


「うん、まぁそれは別にいいんだ」


 京は男の言葉にそこだけ普段の声に戻る。そして、気を取り直すように一回咳払いをする。女神は静かに、『アホですか』と言った。


「今日こそ、決着をつけてやるぜ!!」


「あぁ……。望むところだとも」


「あの、二人とも店内で喧嘩は……」


 ピリピリとした空気を発している京に、それでも笑顔のままの男、……ついでに、俺の肩の上で『やれやれー』と野次を飛ばしている女神。当然緑が止めにかかる。


「あ、大丈夫だって! あの二人こう見えても仲良しだからさ、喧嘩じゃないんだあれ!」


「でも……」


 俺の言葉にまだ何か言いたそうな顔をする。俺がここで言いたいことは、一つだ。


 ……何で俺、緑止めてんだろ?


 しかし、ここまで来たら乗り掛かった船だ。そ、それにそうだ! こいつらが二人で争っていれば、あの男からの被害がないからだ! ……俺はそういう理由に決め、少々強引に緑を押し出した。


「ほらほら、厨房手伝ってきなよ?」


「うん……」


 緑をこの場所から遠ざけると、京は最早戦闘態勢に入っていた。


「よし! じゃあ行くぞ!!」


「おいおい? ……俺は暴力はしないって言ってるだろ?」


 首を振りながらの男の言葉に、京はタイミングを外され、脱力する。ならば、と京は腕組みをしながら聞く。


「他に何があるんだよ……?」


「……これがあるじゃないか。それじゃあ、いくぞ?」


 男の表情はとても澄みきっていて、京だけでなく、思わず俺と女神も男に視線を向けたほどだ。おもむろに男が右手を後ろに構えたのを見て、京も構える。


「思いや~りジャ~ンケ~ン」


「ジャーンケーン……ってするかぁ!! 何じゃその不愉快極まりないジャンケンは!?」


 言いかけて、京が叫ぶ。男は困ったような笑っているような、よく分からない表情を浮かべている。……ちなみに男の出した手はグー。京が出しかけた手はチョキだった。


「……うん、俺の勝ちだな」


「ざけんなぁ!! こんなもんで勝敗決められてたまっかぁ!!」


 口に手を当てしみじみと納得したように言う男に、京は怒りと共に渾身の力を込めて殴りかかる。だが男はその右拳を僅かに身を捻るだけでかわす。俺と女神は同時に『おぉー』と賞賛の拍手を送っていた。


「どっちの味方だお前らぁ! 畜生、やっぱりてめぇだけはいけ好かねぇ! このっ! このっ!!」


「暴力はいけないよ? ……怒りを収めて」


「う、る、せー!!」


 ポケットに手を入れたまま京の拳を次々と見事にかわす男。そして京は、その台詞だけ聞けば立派な意見にますます怒り、遮二無二しゃにむにに拳を振り回していた。……一発も当たってはいないが。


『……いいコンビじゃないですか』


「……そだね」


 俺と女神は奇妙なその光景を見て、他人事のようにそう言った。












「……ごめんね、皿洗いまで手伝わせちゃって」


「別にいいって」


 もう日もすっかり暮れ、厨房内。俺は緑と一緒に皿を洗いながら、笑いかけた。騒がしかった一日も終わり、今はこうして後片付けの最中なのだ。蛇口から出る水が、泡で満たされた器を次々と洗い流していった。


「きちんと代金も頂いてるんだし。……それに、友達じゃんか」


 俺にしては珍しく素直な言葉だった。俺は言ってから気恥ずかしくなり、顔を皿の方へと向けて集中している振りをした。


「きよ……。ふふ……」


 緑はそれを聞くと目を細め、純粋に嬉しそうな笑みを浮かべて微笑んだ。その笑い方が、どこか昔を懐かしむような笑い方だったので、俺は思わず聞いてしまう。


「ど、どうしたの?」


「いや、……ちょっときよが神谷くんとケンカした時のこと思い出しちゃって」


 いつの間にか水洗いは終わり、タオルで拭く作業へと移っていた。

 ……確かに京と喧嘩した時はあったが、それが何故微笑みに繋がるのか分からなかった。どちらかと言えば、あれは険悪な雰囲気のそれだった。

 俺が怪訝そうな視線を送ると、緑はそれに気付いたように説明してくれた。


「あの時のきよは何も話してくれなかったのに、今ではそんなことなくて、逆に私を手伝ってくれてる……。それが何だかおかしくって」


 言って、緑はまたふふ、と笑う。

 ……確かに、あの時のことは今でも覚えている。三人には冷たい態度をとったことも、でも、それでも。三人はそんな俺を励ましてくれ、今でも友達でいられるのだ。

 

 幸せなことだと、思った。


「緑」


「ん?」


 俺は一旦食器を拭くのを止め、緑の方を見ながら話しかけた。緑はそれに応じるように自らも作業を中断させ、こっちを向き聞き返す。


「……これからも、よろしくね」


 俺は、素直な気持ちを語り、微笑んだ。京が『お前は優しくなった』と言っていたが、もし俺が優しくなったというのならば、それはきっと三人のお陰なのだ。そう考えると、何故か胸の内からじーんとした、何かが溢れてくるのを感じた。

 緑は一瞬驚いた後、今までに見たことがないほどの、太陽のような、降り注ぐような笑みを浮かべた。


「……こちらこそ、ね」


 そして、俺たちは食器を拭くのを再開させた。 

後書き劇場

第十四回「疲れた、その一言に尽きる」


はい、どうも作者です。前書きで話した通りなので、かなり疲れました。寿司が食べたいです。はい、全く関係ありませんね(死)

ですが、かなり達成感はありますよ。今回の話、何と今までの最高の一万字越え! 更に、作者自身よく推敲したつもりですので、いつもよりは纏まっているかと。


何か感想がありましたら、お寄せ下さい^^


あ、それともう一つ。

前書きと後書き、いらないですかね?実はある方の感想で『前書きと後書きが流れを切っている』みたいな意味のことを言われまして。

作者としては、数少ない読者様との交流の一つかなー、と思っていましたが、それをウザいと思う方もいらっしゃるわけですよね。

皆様の意見、お聞かせ願えたら、と思います。


以上、作者でした!

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