対峙
手に入れた。
「ねぇ、お兄ちゃん。
お兄ちゃんは、ずっと一緒にいてね」
やっと手に入れた。
「私とずっと一緒にいてね」
私はお兄ちゃんを手に入れた。
体は無いから、手も足もない。
だから、手に入れた、なんて言葉を使うのは何だかおかしい気もするけど。
でも、やっと手に入れた。
「…………」
お兄ちゃんは、答えてくれない。
当たり前だ。だって、言葉を奪った。
意識を奪った。
私を不気味がって、逃げられたらたまらないから。
皆、逃げるから。
お兄ちゃんが、優しいのは知っているけれど。
でも、どんなに優しくても、怖がって逃げていくのは一瞬だから。
お兄ちゃんを、完全に私のものにするにはコレしかないから。
「ね、お兄ちゃん。優しく頭をなでなでして?」
甘えてみる。
優しく、優しく、私の言葉通りにお兄ちゃんは頭を撫でてくれた。
とても心地いい。
やっと、やっと、寂しいから抜け出せた。
私を見ても、怖がらない、怯えない、逃げない。
そして、ずっと一緒にいてくれる。
私にだけ優しくて、私だけの愛しいお人形さんを手に入れた。
ずっとこの優しい時間を味わっていたかったのに。
「こいつを救う、ね」
私とお兄ちゃんだけの空間に、怖いお兄ちゃんがやってきた。
お兄ちゃんが、怖いお兄ちゃんを見る。
感情も奪ったから、お兄ちゃんの表情は無表情だ。
それでも、その瞳の中に感情が揺れるのを見た。
「あそこの奴らは酔狂な奴らばっかりだよな?
酔狂で、馬鹿で、口が悪くて。頭もおかしい奴らばっかりだ。
そんで、命知らず。
バカをするためだけに生まれて、生きてるような奴らだ。
で、なんだかんだいつも変に優しい。
俺らのことを知っても、アイツらは面白がるだけで、怖がらない。
そんな奴らがいるなんて、知らなかったよなぁ、俺達。
だから、まぁ、アイツらが救いを望むのは、当たり前なんだよな。
なぁ、ライ?
そう、思うだろ?」
名前を呼ばれる。
それは、お兄ちゃんの名前だ。
「あ」
声が漏れた。
お兄ちゃんから、声が漏れた。
ありえない。
こんなのは、ありえない。
「お前が、忘れることを望んだのは俺だ。
でも、俺は覚えていることを望んだ。
お前から、お前の中から、お前が傷つくだろう記憶を全て消すと決めたとき、俺は代わりに全て覚えていようと誓った。
お前の分も、忘れないようにしようってな。
柄にもないだろ?
キモイだろ?
それが、ここでも役にたつなんて思ってなかった。
おかげで、お前が壊れずに済んだ。体はともかくな」
怖いお兄ちゃんの言葉に、お兄ちゃんの手が震え出す。
そして、一雫の雨が私の頭に当たった。
「悪かったな、ライ」
苦笑しながら、怖いお兄ちゃんが言った時。
途切れ途切れになりながら、お兄ちゃんが言葉を紡いだ。
「き、み、は、だ、あ、れ?」
「知ってるはずだ、お前は、俺を知ってる。
なぁ、そうだろ?
ライヒェンベアク」
怖いお兄ちゃんは、お兄ちゃんにだけ、ずっとこの優しい声で接していた。
何度も、この世界に来てから、それこそ何度もお兄ちゃんの名前を呼んで、自分の名前を教えていた。
何度も、何度も、何度も何度も。
まるで、覚えてくれ、と言わんばかりに。
記憶の片隅にでも、残してくれと言わんばかりに。
何度も何度も、名前を教えていた。
「しら、な」
「知ってる。お前は、知ってるんだ。
だって、俺達、生まれた時からずっと一緒だったんだからな」
「あ、りーー」
何かを思い出したように、お兄ちゃんが口を開く。
言わせない。
言わせない。
言わせてなるものか!
だって、口にしたら、言葉にしたら、魔法が解けてしまうから。
お兄ちゃんは、私のものなんだ!
長い間に使えるようになってしまった魔法、それを行使しようとする。
でも、お兄ちゃんに抱えられていた私の視界が揺れて、私は別の人間に抱き抱えらていた。
「よく、頑張ったね。お嬢ちゃん」
それは、黒髪のお姉ちゃんだった。
「大丈夫。もっといい所に行きましょう?
さぁ、そのために貴方へ魔法をかけましょう」
まるでおとぎ話に出てくる魔法使いのような口調で言って、お姉ちゃんは抱えていた私を降ろした。
「あ、れ?
体が」
もう、何百年も前に失くした四肢が、体が存在していた。
「ほら、あっち。大丈夫。お兄ちゃんは一緒に行けないけど、お姉ちゃんが一緒に行ってあげるから」
示された方を見る。
優しい、お日様のような暖かい光が見えた。
お母さんのように、お姉ちゃんに手を引かれる。
「大丈夫、またお母さんにもお父さんにも会えるよ」
本当だろうか?
もし、会えたら、いっぱい怒ろう。
いっぱい、いっぱい怒って、そして。
意識が真っ白になる。
でも、こんなにも暖かい。
また、お母さんに会えたら、そしたら、シチューを作ってもらおう。
お父さんに会えたら。今度は、疲れるまで高い高いをしてもらおう。
また会える。きっと、また会える。
「うん。約束するよ。
行ってらっしゃい」
お姉ちゃんの優しい声が、響いた。
「優しい嘘だな」
横からアカリの片割れが言った。
アカリは苦笑して、返す。
「嘘も方便だよ。
それに、サンタクロースを心の底から信じてる子に、現実を無理矢理教えるものでもないしね」
それよりも、と。
アカリは、自分たちの主人二人をみた。
ヒカリもそちらを見る。
「あ、問題ない、か」
対峙した主人二人は、顔は全く違うのに、全くおなじ苦笑を浮かべ、笑いあっていた。




