一心同体
走る。
この体は疲れ知らずだ。
本来の力の三分の一も出せないのに。
それでも体は疲れない。
それはそうだろう。
(これを、俺は望んでいた)
自分にとってとても都合の良い体だからだ。
昔は、いつだってライと話をしていた。
精神世界で時間の許す限り。
他愛のないことで笑って、時に喧嘩をして。
でも、それは現実世界ではけっして叶わないやり取りだった。
ひとつの肉体に宿る心は二つ。
彼には体が無かった。
ライの体が、彼ーーリムにとっての体でもある。
でも、魂が違うから。
入れ替わると、体の性質も、能力も書き変わってしまう。
心は二つ。
でも、存在できる体はひとつ。
リムは、何度も夢想した。
もしも、現実に体があったのなら。
もしも、普通にライと遊べたのなら。
もしも。
もしも。
それは叶うことはない、夢想だ。
願えば、努力すればなんだって叶うという綺麗事を完全否定する、リムにとっての現実だった。
老化もおそく、基本死なない体。
二人ぼっちの世界だった。
やがて、成長したライは拾ったイルリスのことを父と呼び、預けられた神殿の長であるエルフの女性の事を母と呼ぶようになった。
「リムは弟ね」
ある日、ライが唐突にそんなことを言い出したのを覚えている。
幼く、そして、まだ二人の心が繋がっていて、ライがリムのことを認識していた頃のことだ。
リムはそれに対し、こう返したのだ。
「物心つくのは俺の方が早かったからな。俺の方が兄だろ」
そして、どっちが上なのかでまた喧嘩したのだ。
成長するに従って、ライは自分の存在がどういうものかを知っていく。
気持ち悪がられ、疎まれていく。
そして、アレが起こるのだ。
「あのー、もしもし?
リムさーん?
感傷的な回想は良いですけど、飽きるんでそこまでにしてもらえます?」
何気に辛辣な事を言ったのは、横を走る黒髪の少女。
錫杖の擬人化した姿だ。
「境界に出たみたいです。
お化けが存在するには、一番良い空間ですね」
境界。
つまり結界内と結界外の間にある空間。境目、ということだろう。
ライの兄を自称するほかの世界から来た異形、妖怪達も存在しやすい場所のはずだ。
リムは周囲を見回した。
いつの間にか景色は消え、噂に聞いた宇宙空間のような混沌とした空間が広がっている。
しかし、闇は無く。
少なくともリム達がお互いを認識できる程度には明るい。
「はは、お出ましだ」
そう言ったのは、長杖の擬人化である黒髪の少年だ。
自分の本体である杖を、肩でとんとんしている。
その言葉に、リムも同じ方を向く。
そこには、死神が持つような巨大な鎌を手にした不気味な骸骨の面をつけた者が立っていた。
「えーと、ヒカリだったか?
ちょっと、お前の本体借りるぞ」
この死神は、掲示板で誰かが書き込んでいた、リムの能力が姿を持った存在だ。
死を撒き、ライにとっての危険分子を排除する、リムに備わっていた忌まわしい神の力。
ある意味、リムの存在理由と言っても良い、力の姿。
リムは、ヒカリから長杖をひょいと取り、自分の手でその感触を確かめながら、死神と対峙した。
「要らない、と思っても。
結局、逃げられないんだもんなぁ。
ほんと、なんで俺達は生まれたんだか」
そもそも母の胎からではなく、冷たいガラスの中で培養された存在だ。
何よりも、望まれたのは種の存続ではなくただの研究として、だ。
生まれてきた理由も、生きていく理由も、そして存在理由ですら、最初から違う。
そして、備わった能力も。
人や他種族とは違う。
昔、ライが好意を寄せていた女性が【個性だよ】と言っていたが、それすらも綺麗事だ。言葉を変えただけで、本質は変わらない。
異質であり、忌み嫌われるという点は変わらない。
「まぁ、こういうのは、倒せば戻るがセオリーですけどね」
錫杖の少女、アカリがそんなことを言った。
「どこ情報だ、それ?」
死神は立ち塞がっていて、こちらに襲いかかってくる気配はない。
リムは、軽く肩周りを動かしながら、聞き返す。
すると、その答えは今度はヒカリがくれた。
「俺達のオリジナルの記憶。
アンタの、いやアンタらご主人様達が管理している墓のひとつに眠ってる」
そこで、ヒカリは一度言葉を切り、少し、気配が変わる。そして今度は口調を丁寧なものに変えて続けた。
「……エドが迷惑をかけてすみません。いつも掃除、ありがとうございます」
「それは、俺にじゃなく。ライに言ってやれよ」
「…………死者と生者は、交わってはいけませんし。
何よりも、ここだからこうして話が出来るんです。
だから、お伝えください。貴方の片割れに。
もう一人の、貴方へお伝えください。
墓掃除、いつもありがとうございます、と」
それには答えず、リムは死神を見た。
鎌を手にしてはいるが、やはり襲ってこない。
「結局、持って生まれた能力からは逃げられない、か」
諦めたように、呟いてリムは一歩一歩死神に近づく。
当たり前だったものは、失くした時にその価値がわかるという。
リムにとって、この死の力は当たり前で、でも要らないものだった。
失くして、その価値を知ったのはこの世界に囚われて、初めてライを目の前で失った時だった。
この力は少なくとも、リムにとっては必要なものだった。
いつもなら、死んでも死なない体で人格を交代させ、存在を交代させ、行使してきたその力。
でも、この世界に囚われて願いが叶うと共に剥離したそれがなければ、戦えず、なにも守れないことを知った。
知ってしまった。
「大丈夫ですよ」
ヒカリが、いやヒカリ達のオリジナルの声が優しく、リムの背中に届く。
「重たい荷物を降ろしたい、なんて、よくあることです」
と、そんなことを言われてしまう。
「余計なお世話だ」
つい憎まれ口を叩いてしまう。
苦笑する気配が伝わってくるが、リムは振り返らなかった。
その代わり思いっきり、棍棒宜しく長杖を振り上げ死神の姿をしたそれへ、殴りかかった。




