お城の雑用係
奇妙な違和感があった。
既視感、ともいう。
「あれ?」
彼は、キョロキョロと周囲を見回す。
どうして、自分はこんな所にいるのだろう?
目の前には、巨大な石版が鎮座している。
彼は、自分の記憶を手繰ろうとする。
しかし、何故自分がここにいるのか。
何故、石版、いや、石碑を見上げているのかまるで思い出せなかった。
「???」
おかしいな、と思いながら彼はふと視線を感じて、石碑の下、地面を見た。
すると、そこかしこに尋常じゃない数の死体が転がっていることにきづいた。
「っ?!」
思わず声を上げようとする。
しかし、驚き過ぎたのか声は出てこなかった。
まるで、死体の絨毯だ。
何故、転がっているのが死体だと判断出来たのかと言うと、血塗れだったということも勿論あるが、首と胴体が離された人間種、亜人種で生きている者を彼は知らなかったからだ。
と、石碑に立てかけられているように転がっていた、幼い子供の生首がいきなり、くわっと目を見開いて、ニタァと笑ったのだ。
「あ、あ」
ようやくそれだけを漏らした時、背後から彼を呼ぶ声がした。
「何してんだ? ライ?」
振り向く、そこには美しい男が立っていた。
作業着姿の彼は、呆れ顔で彼に話しかける。
「えっと、したい、が」
「死体? お前、まだ寝てんのか?
それとも、犬猫のーー」
「違う!! 人が沢山死んでる!!」
「どこに?」
「どこって」
ライと呼ばれた彼は、戸惑いながら地面を指さそうとして、気づく。
今しがた見た死体の絨毯が消えていた。
「あ、あれ?」
「寝ぼけてんなよ、ほら今日は客も多いだろ。
厨房で料理番が怒鳴り散らかしてた、さっさと行って手伝いしろよ」
「え? ち、ちょっと待って。ちょっと待って」
「今度はなんだよ?」
「君、誰?」
顔立ちや纏うオーラからするに、上流階級の人間に見えた。
だから、作業着を着ているということに強い違和感を覚える。
彼はいったい誰なのだろう?
「おいおい、いくら二卵性とはいえ双子の兄貴の顔を忘れるとか。
頭でも打ったか?」
言われて、ライは頭に痛みを覚える。
触れて見ると、軽いタンコブが出来ていた。
「え、マジで頭打ったの?」
兄と名乗ったその男は、やれやれと苦笑しながらライに近づきその箇所を優しく撫でた。
「あー、確かに腫れてるな。大丈夫か?
でもないか。俺の事忘れてるみたいだしな。
頭だしなぁ。うーん」
難しい表情で、ライの兄は何か考えると、まぁいっかと呟いてもう一度ライの頭に触れた。
とたんに、じんわりとした温かさが患部に広がって、痛みが消えた。
「ここの主夫婦には内緒な。
最近、魔女狩りが頻繁だし。俺も火あぶりにはなりたくないし」
「はぁ、ありがとうございます」
「リム」
「はい?」
「俺の名前。グリムリーパーだから、リム。
お前はライヒェンベアクだから、ライ」
「はあ」
「俺の名前は忘れてもいいけど、お前、自分の名前は忘れるなよ」
リムの言葉に、ライは適当にうなづいておく。
この奇妙な感覚はなんなのだろう?
このやり取りも、既視感がある。
「もう、覚えたよリム」
そうライが言うと、リムはとても困った顔になった。
しかし、そんなことは気にせずにライは続ける。
「ただ、ちょっと説明してくれると助かる。
ここは、いったいどこで、俺の仕事って何なんだ?」
ライの問いに、リムは要約して話してくれた。
それによると、どうやらライとリムの二人はこの領主のお城で下働きとして雇われているらしい。
ピア領主とは面識はないが、それなりに良い給料で働かせてもらっているらしい。
二人の両親は既になく、少し遠い街に元々住んでいたが住み込みの求人でこの仕事を見つけ働き始めたということだった。
「とりあえず、俺もお前も雑用係だよ」
リムの言葉に、ライの脳裏に墓地の光景が閃いた。
両親の墓の記憶だろうか。
「でも、お前俺がいないとすぐイジメられるからな。
どうせ、心霊スポットの掃除でもまた押し付けられたんだろ?」
「心霊スポット?」
リムは、石碑を指さした。
「ここ、共同墓地らしい。昔、まだ城が出来る前に山火事でかなりの数が死んだらしい。
その魂を慰める場所でもあるらしい。
噂じゃ、殺人鬼が出るとか出ないとか」
「殺人鬼」
「ま、噂だけどな。とりあえず城に戻るぞ」
話はおしまいだ、と告げる。
そして、リムはライの手を取って歩きだした。
ふと、ライが視線を感じて振り向く。
そこには、まるで置物のように首が、さっきの少女の首があって、やはりニタニタと笑っていた。
ライが恐怖で身体をふるわせた時、リムがその肩を掴んで抱き寄せ耳打ちしてきた。
「あまり、視線を合わせるな。
俺でも、守ってやれなくなる」




