後日談
「うそ、なんで、なんで?!」
彼女、スレ主は目の前に広がるその光景に、叫んだ。
また、バスの中にいたのだ。
今日からまた、安心して眠れる。
そう考えていたのに。
「おや、お目覚めですか」
運転席のすぐ後ろに座っていた女性が立ち上がり、スレ主へ向かって歩いてくる。
見覚えのない、女性だ。
仕立てのいいスーツに身を包み、髪を綺麗に編み込んで束ねている。
やり手の社会人という雰囲気が滲み出ている。
「あなた、あなただれ?!」
「そうですねぇ。【思いやりプロジェクト】主催者とでも申しましょうか。
あ、覚えてもらわなくていいですよ。
どうせすぐに、私が誰かなんて気にならなくなりますから」
女性が優しく言った直後、スレ主の手の甲に激痛が走った。
「え?」
見れば、凶悪なデザインのナイフが突き刺さっていた。
「いやぁぁぁあ!!
いだいぃぃいい??!!」
「たった一人、だと思いました?」
痛みに叫ぶスレ主へ、まるで小学生にでも教える教師のように女性は言の葉を紡ぐ。
「貴女が恨みを買ったのは、たった一人だと思いましたか?
そんなわけないじゃないですか」
クスクスと女性が上品に笑う。
「先日の依頼人が一番手だっただけですよ。
だって、彼女の依頼、目的は貴女に心の傷を負わせることでしたから。
そうして、追い詰めて泣き死ぬことを望んでいましたから。
アレで死んだら、また魂を蘇らせて、クローン技術で作った新しい人形に貴女の魂を入れて、繰り返すだけでしたし」
「に、んぎょう??」
「ええ、結構評判いいんですよ。
【地獄の責苦コース】。
依頼人の気の済むまで痛ぶれるんで。
あの神眼持ちの方や、捜査局ですら欺ける技術です。
本物でも偽物でも、血の通った肉体を使うことには変わりありませんし。
対象者の髪の毛ひとつで作れちゃいますから、ちゃんと鑑定でもしない限り、いえ、鑑定したところで、まぁまず見抜くことは不可能です。
肉体の時間は、時間魔法で止めたり早めたり出来ますしね」
女性が話している間に、スレ主の頭が後方へ仰け反らされる。
首が顕になり、そこに背後から現れた毛むくじゃらの猿の手がデザインこそ違うもののやはり凶悪なナイフをあてる。
「や、いやっ……!!」
「大丈夫です。死んでもすぐ蘇ります。
痛いのも失血による寒気も、あっという間に終わりますから。
まぁ、体感としては永遠にも感じられることでしょう」
女性が、そう言った次の瞬間には、ナイフが横に滑った。
「そして、すぐ次が始まるんですよ。
貴女が次々にターゲットを決めていたように」
***
「自殺??」
先日の依頼人が、手首や首を自分で切って自殺したとイルリスから連絡が入った。
『そう、遺書も見つかってる。
でも、ツカサ君に視てもらったらどうも違うようでね』
ツカサと言うのは、コテハン【視人】のことである。
「…………」
『そうそう、向こうにはこっちの動きが筒抜けだったみたいだ。
まあ、分かりきってはいたけど。
なにしろ、匿名掲示板は誰でも閲覧可能だ。
当然、向こうさんも見ていたらしい』
「それで?」
『ツカサ君が視ることも想定内で、迷探偵に対してメッセージを残していた』
「で?」
『君へのメッセージもあったんだよ。
曰く、彼女の心残りを届けてくれてありがとう、だって』
「心残り?」
『保護犬のハヤテ君のことだよ。
飼い主が、実行犯だったんだ』
そこで、ライからリムへ入れ替わる。
「まさか礼を言われるとはな」
『……だいぶ、変わってるよね。迷探偵の想い人は』




