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その日、いつもの様に墓地の掃除をしていたのだが、変わった毛玉がとある墓の前に置かれていることに気づいた。
その墓の影には、まるで葬られた人と共に眠るかのように目を瞑り微動だにしない灰色の髪をした魔族が座っている。
とりあえず、毎朝挨拶はしているものの今日も多分反応は無いだろうなと思っていたら、なんと今日は返事があった。
「その毛玉を持っていけ」
「おや、珍しい。起きていたんですね。エドさん」
「……聞こえなかったか? その毛玉を持っていけ。
昨日の夜からキャンキャンとうるさくてかなわない」
少しイライラと、魔族のエドさんが返してきた。
丸まって眠る毛玉は、仔犬だった。
雪のように真っ白な仔犬。
「エドさんが拾ってきたんじゃないんですか?」
聞くが、もう答えは返ってこなかった。
しかし、野良犬、それも仔犬がこんな墓地にいるなど珍しい。
魔物避けもそうだが、獣避けの結界も張ってあるというのに。
「もしかして、どこか綻んでるのかな?」
後でチェックしよう。
そう考えつつ、俺はその仔犬へ手を伸ばしてもふもふと撫でた。
毛艶がいいし、こんなに近づいても警戒せずに寝ているということは、かなり人馴れしているようだ。
結界が綻んでいて、迷い込んだのだろうか。
「あとで母さんに報告して、迷い犬のお知らせも作らないと」
保護犬、保護猫の世話と里親への斡旋もこの神殿では行われている。
愛護団体との共同活動だ。
「首輪もあるし、飼い犬だな。名前は書かれてるかなぁ?」
俺は仔犬の首輪をチェックした。
残念ながら住所等は無かったが、仔犬の名前らしきものは書かれていた。
「は、や、て。お前、ハヤテって言うのか!」
抱き上げるが、仔犬はされるがままだ。
くぁあ~とアクビをして眠そうである。
俺が、ハヤテを抱き直して一度神殿の事務所へ報告のために向かおうとしたところ、意識が中へ引っ張られる。
そして、俺の兄、リムが表へと出ていった。
俺は、内側でそれを眺める。
「随分、やる気のなさそうな犬ころだな」
まるで猫のように、仔犬ハヤテの首根っこを掴んで兄が言った。
ハヤテは、やはりされるがままだ。
「それで、お前これ飼うのか?」
リムが俺へ聞いてくる。
そこでまた、俺とリムは入れ替わる。
「まさか。飼い犬みたいだし。飼い主を捜すよ。
まぁ、それまでは面倒見るけどさ」
幸いにして、保護猫や保護犬はこの前新しい家族の元へと迎え入れられたため、今、この神殿内では他に犬猫はいないが、設備だけなら整っている。
それに、また数日もすれば保護犬と保護猫がやってくるはずだ。
ハヤテの友達もすぐに出来るだろう。
そうして、新たなる保護犬ハヤテが神殿にやってきたのだった。
ハヤテの世話は、当然といえば当然なのだが保護した俺が見ることになった。
保護団体の人と連絡を取り、飼い主を探してもらうよう手配もした。
「しかし、ハヤテか。意外と悪い猿神でも退治してくれるかもしれないぞ」
ハヤテのことを知った、リムとは違う異世界から来た異形の兄がそんな事を楽しそうに呟いた。
「サルガミ?」
俺が首を傾げると、兄が、『あぁ、そうか。オーシューと同じでここにもサルはいないんだったな』と呟いた。
いや、サルなら知っている。
まぁ、たしかに生息はしていないので、生で見たことは無いが。
テレビや動画の外国の動物園で展示されている動物だったはずだ。
以前、俺が動画みたサルは、その長い尻尾で木からぶら下がっていた。
「簡単に言うとな、俺たちの仲間だ。
こちらの世界や、あちらの世界の西洋で言うところの魔物というやつだ」
とても興味深い話しだが、今日も今日とて俺は色々忙しいので兄の話しはまた今度、休みの日にでもじっくり聞くことにしよう。
なにしろ、さっきから父親代わりの男、イルリスさんから手渡された携帯端末がしつこく震えているのだ。
また新しい仕事だろう。
出かけることになるのは、もう確定だ。
同僚の誰か、いやここは母さんに直接ハヤテの世話を頼んでから出るしかないか。
あの人、エルフってこともあるんだろうけど、動物普通に好きだし。




