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「……商売?」
携帯端末からライが顔を上げ、迷探偵へと向ける。
それは短い黒髪の、歳の頃十四、五歳ほどの少女であった。
「そう、商売だ。
ここ数年、一部の凶悪事件において第三者、組織と言い換えてもいいが、そういった他の者がプロデュースしたと思われる事件が続いている。
共通点は、被害者がなんらかの復讐対象であったこと、そして、実行犯は自分の存在や命を対価としていること。
金銭もそうだが、全員が全員、自己責任の元に犯罪に手を染めているということ。
清々しいくらいに」
「復讐を商売にしている存在がいる。
で、お前はそれを追ってる、と」
ライの声音と口調が、ガラリと変わる。
今度は迷探偵が、チラリとそちらへ視線をやる。
美しい白銀の死神が、迷探偵を品定めするかのようにそのルビーのような真っ赤な瞳を向けている。
「……そうだ」
「今回の件も、その人物、もしくは組織が絡んでる、と?」
「わからない。
ただ、原初の魔女さんからイルリスさんへ繋いで貰えたことで、俺はここにいる。
シェリルさんは、ご褒美だと言っていた。
唯一、チャーチヒルの件で真相にたどり着いた俺へのご褒美だと。正解を当てた、そのご褒美だと、そう言ってた。
ご褒美として、俺が一番気にしていることを教えてくれた」
「…………」
「そして、縁を繋いでくれた。
それっぽい事件が起きたら捜査局の捜査に混ぜてくれる、ということになった」
「……真相ね。じゃあ今回のこの件も、あんたにかかれば簡単に解決するな」
皮肉なのだろう。
どこか嘲笑を含んだ笑みで、リムが返す。
「簡単に解決して終わるなら、俺はここにいない。
解決するには、情報がいる。
百五十年前、神殿さんにいったい何が起きたんだ?
それを、教えてくれなきゃこっちだって動けない」
「必要な情報なら揃っているだろ」
「いいや、肝心な話が出ていない。
新聞にも、イルリスさんからの話にも登場しなければならない人物の話が聞けていない。
何の話かわかるか?」
「さあな」
「真犯人だよ。百五十年前、神殿さんが冤罪を被せられた事件、その真犯人の情報だ。
その存在がいた、ということは仄めかされてる。
でも、じゃあそれは誰だったんだ?
という話は、掲示板でも聞けていない。
だから、当時の当事者たる無双さんに聞くんだ。
それはいったい誰だったんだ?
俺は紙の上の情報じゃなく、画面上の文字の羅列じゃなく、当事者の口から話を聞きたいんだ」
「…………」
「仕方ない、当ててみようか?
当てずっぽうだけれど。
紙の上の情報だけだけれど」
真っ赤な瞳が、迷探偵を見据える。
なにも言わない。
「そもそも百五十年前の件、一番おかしいのは、当時の同級生達が神殿さんを追い出した、そう伝わっていることなんだ。
いや、分からなくはない。
伝説ってのはそうして作られるものだから。
公的な記録には、しっかり転校となっているし。
イルリスさんも、その後、生徒たちへの制裁を行っている。
でも、それでもおかしいんだ。
俺が調べた限り、公的な記録にも、そして百五十年前の件が伝説となった話の中にも、当時の担任の記録が不思議なほど少なすぎる。
昨夜届いた捜査資料の中で、ようやく当時の担任の情報が出てきて合点がいった。
彼も、その騒動の中で死亡していた。
それも、生徒の連続殺人事件、その最後の方で。
一連の騒動の中で、唯一の【大人の犠牲者】だった。
その第一発見者、それが、当事の神殿さんだったと記録にはあった」
そこで、迷探偵は一旦言葉を切る。
そして、天井を見上げた。
蛍光灯が規則正しく並んで、点いている。
とても明るい。
迷探偵には、霊感が無いのでさっきまでそこに首吊り幽霊が所狭しと並んでいたなどとは俄には信じられなかった。
しかし、見えている世界だけが全てではない事を、迷探偵はよく知っていた。
それは、迷探偵が追っているかつての彼女と同じであった。
迷探偵も、自分が知らないということを、よく知っている存在だった。
「そうそう、記録にはこうも書かれていた。
発見者である神殿さんの体もそうだが、殺された子供たちの体には、せーー」
そこで、迷探偵の言葉は止まる。
リムが彼女の首をつかんで、まるで握り潰すように力を込め、床に叩きつけたからだ。
「ははは、やっぱ、りか」
苦しげに、迷探偵が言った。
「それか、かれ、が、きおく、をけした、りゆう、だな」
「…………」
「わかっていた、こと、だろう。
この、件に、関われば、彼の、むそうさん、あなたの半身たる、しんでん、さんの、それが誰かに伝わるのは、かこを、ほじくり、かえされる、のは」
「……俺も、アイツも、まだ、その行為がなんなのか、わかってなかった。
でも、アイツが痛い痛いと泣いて、初めてそれがとてもおぞましい、穢らわしい行為だと知った」
「……っ、当時は、DNA、鑑定が、なかった。
血液型に、よる捜査すら、できなかった。
ただいえるのは、本来、そのこういは、生命をさずかるための、とても神聖なものだ。
いちがいに、穢らわしい、とは、言えない」
迷探偵の言葉に、リムがハッとして彼女の首から手を離す。
少し咳き込んで、息を整えると迷探偵は続けた。
「だからこそ、おぞましいと感じた無双さんの感覚はまちがっていない。
性行為は、本来、欲望の捌け口のための道具じゃない。
生命を未来に繋げるための、とても神聖な儀式のようなものだ。
でも、悲しいかな、神殿さんはその捌け口のための道具にされた。
知識がなかった神殿さんはそれを受け入れてしまった。
同じく、知識がなかった無双さんは、たぶん最初は、神殿さんが遊んで貰っている程度に思っていたんじゃないか?
せいぜいちょっと過剰なスキンシップ程度の認識だった。
そしてそのおぞましさに気づいた時には、神殿さんは穢されてしまった。
キレた無双さんは担任を殺害、そして、神殿さんはショックのあまり記憶を消してしまう」
「……どうして、俺が殺したとわかる?」
迷探偵は立ち上がって、服についた汚れを叩き落としながら言った。
「知ってるか?
自分の顔って、鏡が無ければ自分じゃ絶対に見れないんだ」
つまりだな、と迷探偵は続ける。
「さっき、掲示板に出てきたチャーチヒルでの変態さん、ショタ画像おくれって書き込んでたあの人の書き込みの時のやり取り、俺ずっと見てたんだ。
なんであんなに無双さんが画像の提供を拒否して、嫌悪するのかなって不思議で、で、捜査資料のことを思い出して、あ、これかってなったってわけ。
まぁ、あの変態さんは健全な変態さんだったから良かったな。
そして、無双さんが殺したのは資料を見れば一目瞭然だ。
なぜなら、その担任の遺体は塵となっていたんだから」
「……へぇ、そうだったんだ」
リムの存在が揺らいで、ライが現れた。
その口調はどこか他人事のようだった。
「うーん、話聞いたけどやっぱり思い出せないや。
つまり、俺は当時の担任に性的暴行されたってことだよな?
で、ショック過ぎて記憶を消した、と」
「まぁ、そういうことだ」
「うーん、やっぱり思い出せない。
でも、無くていいか、そんな嫌な記憶。
思い出したくもないし」
あっけらかんと言ってのけるライに、迷探偵は何も言わない。
自分のことに折り合いをつけるのは、その当人だけしか出来ないことなのだから、余計なことは言わない。
「あ、でも、リムにお礼言っとかなきゃな。
俺のためにずっと頑張ってくれてたんだし」
そう呟くと、ライは瞳を閉じて自分の中へと意識を集中させる。
そして、次に瞳を開けると、そこには灰色の空間が広がっていた。
「あはは、今日はここに入れてくれたな」
ライが楽しそうに笑いながら言う。
その目の前には、リム。
「だからなんだよ」
「うん、いや、改めてお礼言っておこうと思って。
今までありがとうってことと、ま、よく頑張りましたってことと。
それと、お前が俺を好きでいてくれて良かったよってことと。
改めて、これからもよろしくってこと。
それと、俺もお前のこと知れて良かったし、好きになったわ」
「けっ。急に上から目線かよ」
「どう取ってくれてもいいよ。でも、お前のお陰で俺は、お前が作ってくれた時間のお陰で、俺は壊れずに話を聞けて、受け入れることが出来たんだから。
感謝してるよ、リム兄ちゃん」




