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「狐狗狸、そうか、狐狗狸か、それは懐かしい名前だ」
目の前で、少年の声がした。
そちらに、リムは顔を向ける。
テーブルを挟んで座る少年は、異世界からこちらへ流れてきた妖怪と呼ばれる存在であり、ライの兄を自称する存在の一つだった。
少年の姿をしたそれは、ニヤニヤと笑いながらリムを見ている。
「ヒントが欲しいか?」
少年ーーぬらりひょんと呼ばれていたというその存在は、リムに向かってそんなことを言った。
「いいや。この占いのやり方は知っている。
まさか、受け継がれていたなんてな」
「それで、どうするつもりだ?」
「どうするもなにも、これはライの仕事になる」
「…………。なんだ、先日の件から妙だと思っていたけど、お前、性格が丸くなったな。
ライとの和解が無事済んだからか?」
「そうかね、兄上殿?」
「おや、俺の事を兄と認めるか。
死神??」
「……ライの兄なら、俺にとっても兄だろ」
そうリムが言うと、部屋の温度が一気に下がった。
まるで冷凍庫の中にでもいるような冷気である。
「ぬらちゃんばっかり、狡い狡い!!
ならユキちゃんのこともお姉ちゃんって呼んでよ!!」
今度は、東の果てにある島国の民族衣装を身にまとった、十代半ばほどの少女が、部屋の隅で駄々をこね始めた。
「それは、俺じゃなくてライに言ってやれよ」
リムは、半眼で少女――異世界では雪女と呼ばれている少女を見た。
「ライちゃんはお姉ちゃんって言ってくれるもん!
リムちゃんが言ってくれないだけだもん!!」
ウザイな、と思ったのでリムはライと入れ替わる。
「あ、あ、あーーーー!!」
「ユキ姉ちゃん、無理強いは良くないと思うよ」
「リムちゃん、照れ屋さんだなぁ。溶けそう」
体をくねらせて、扇情的な視線を向けるユキに、ライも冷めた表情を浮かべた。
そういうところなんだけどなぁ、とは思ったが口にはしなかった。
「でも、ここで因縁とはねぇ。ライちゃんもリムちゃんも大丈夫??
ユキちゃんも力貸すよ?」
「ユキ姉ちゃん、大丈夫だよ。
それにこれはイルリスさんに事前に聞いてたことだし。
だから、それが来たってだけだし」
「そうじゃなくて、ユキちゃんはね、心配なんだよ。
ぬらちゃんもそうでしょ?」
テーブルの茶菓子を食べながら、ぬらりひょんの少年が返す。
「ま、壊れるなよ、ライ」
「そう言うなら、教えてくれてもいいのに」
ライには壊れていた間の、子供の頃の記憶が抜け落ちている。
リムが消したのだと思うが、尋ねてもリムはそれには答えてくれないのだ。
「それは、リムの仕事だからな。
でも、子供社会と大人社会は違うし。思い出を引きずり続けてる馬鹿よりは、お前は大人になったと思うから、ま、大丈夫だろ
」
なんて言って、ぬらりひょんはお菓子と一緒に置いておいたポットからお茶をカップに注ぎ、一口飲んだ。
「うん、美味いな。でもたまには焙じ茶が飲みたいものだ」




