蛇に足が描きたされたような、そんな話2
その日、転生した先の父親が死んだ。
数日の間、もがき苦しんで、死んだ。
ほかならない妹からその報告を聞いた彼女は座敷牢の中で、ざまぁみろとほくそ笑んだ。
そんな姉に、父親を亡くして涙で顔をぐちゃぐちゃにした妹が問い詰めてきた。
いや、詰ってきた。
どうして、父親を苦しめるような薬を作らせたのだ、お前は姉なんかじゃない、人殺しの化け物だ、と怒鳴って泣き叫んだ。
『あら、じゃあ、十歳を過ぎたとはいえ初潮も来ていない実の娘を犯す男はなんなのかしら?
少なくとも、父親ではないわね。
〝ふつう〟の父親だったらそんなおぞましいことしないもの。
そうそう、それを見て見ぬふりしてそれでもそんな男を盗られたと嫉妬する女は?
母親、とは言えないわね。
少なくとも、私は言えないと思うわ。
あと、なにも知らず天真爛漫に育てられ、都合のいい時だけ頼ってくる血の繋がった他人の妹のことはなんて呼ぶのかしら?
あ、殺人者ね!』
手を楽しげに叩いて、彼女は断言するように言った。
そんな、姉でもある彼女の言葉に妹の顔が真っ青になる。
構わず、姉は続けた。
『だってそうよね? 貴女が愛して愛してやまない父親。
その命を奪ったのは、貴女の作った毒よ?』
『なにを、なにをいってるの? お姉様?
だって、助けてくれるって』
『あら?
私一度もあの父親を助けるなんて言ってないわよ。
〝楽にするために、手を貸す〟って言ったの。
馬鹿ねぇ』
クスクスクス、笑う姉の目の前で妹は力なくへたりこんだ。
『ひどい、わたしを、だましたの?
お姉様??』
『騙す? いいえ騙してなんていないわ。
貴女が勝手に勘違いしたの。
ねぇ、いまどんな気分?
家族を殺してどんな気分?』
優雅に、そして楽しそうに姉が聞いてくる。
『このっ――――!』
頭に血が上った妹へ、やはり優雅な、どこか余裕のある笑みを浮かべて彼女は、
『〝この〟? なぁに?
あ、もしかして悪魔って言いそうになった? なら言うのはナシね。在り来りでつまらないから。
でも、悪魔は貴女よ?
だってそうでしょ?
現状をご覧なさないな。だれが作った薬でだれが死んだの?
ねえ?
私の言葉を聞く選択をしたのは、誰?
その言葉通りに、父様を死の間際までのたうち回らせて苦しませる薬を作ることを選んだのは、誰?』
そう淡々と言い返した。
怒りで、今にも彼女を殺さんとばかりに立ち上がりそうになった妹へさらに言葉を投げつけた。
『私を断罪したいならすれば?
あの母親にでも告げ口して、私を裁きの場に引きずり出してご覧なさい。
そうしたら、まぁまず間違いなく私は火炙りでしょう。
でも、それは貴女もよ。なにせ貴族の父親を殺したんだから。
二人仲良く、天国か地獄かどちらでも良いけれど彼岸に行くのも悪くないわね。
なにしろ、私達仲良しな双子だもの』
クスクスクス。
ふふふ。
あははは。
彼女の笑いが座敷牢にこだまする。
それから、しばらくして母親は父親の親戚から追放された。
母親が父親を殺したのではないか?
そんな噂がたったからだ。
毒殺に関する科学捜査なんてもちろんない。
だから、証拠は不十分。
世間体のためと遺産のために、嫁だった母親は屋敷から双子共々追放されてしまった。
その矢先のことだった。
天の助けか、腐っても母親も貴族の出だったので喪が開ける前後で、再婚の話が舞い込んできた。
娘二人を殺して自分も死ぬ、そんなところまで追い詰められていた母親はその話に、文字通り飛びついた。
不幸に落ちて、荒んでいく母親と妹を見て楽しんでいた日々が終わりを告げた。
そして、彼女の破滅の運命が転がりだした。
相手には再婚話が不利になるようなことは言わなかった。
言わなくても、そういったことに関して再婚相手は寛容なようだった。
ある程度、事前調査したとはいえ忌み子である彼女の存在を知っても構わないという姿勢だったからだ。
かといって、座敷牢からは出られなかったが。
これは、再婚相手へ仕えている者達への影響を考えてのことだった。
再婚相手の連れ子であり、そして忌み子である彼女の存在を知るのは、極わずかな従業員達だけだった。
しかし、彼女も不思議だった。
座敷牢扱いは変わらないとはいえ、どうして、忌み子の彼女を受け入れたのか。
そして、その疑問はすぐに解決することになった。
母の再婚相手の連れ子が、病弱だったのだ。
なるほど、連れ子を髪の色で差別すれば、病弱な自分の娘への差別や偏見に繋がることになる。
彼女のことは、母の再婚相手の連れ子には秘密にされた。
母が再婚相手に選ばれた理由の一つは、彼女からすると義理の姉になる少女の母親的存在が欲しかったからだ。
母の再婚と同時に移された城の座敷牢。
前の座敷牢と違って、そこには窓があった。
カーテンも付いていた。
彼女が好きそうな縫いぐるみに、服、嗜好品。
全てが揃っていた。
ただ、窓には特殊な魔法術式が施してあり、中から外は見えるが、外から中は見えない仕様になっていた。
彼女にとって、なにもかもが屈辱的だった。
あの新しい父親も不幸にしてやる、と意気込んだ。
その矢先だった。
今度はどうやって妹を丸め込んで、使ってやろうかと策を考えていた矢先。
彼女の存在を欠片も知らない、血の繋がりが全くない姉が護衛の騎士と一緒に仲睦まじくしている光景を見てしまった。
それを見て、湧き上がってきた黒い感情。
怒りなのか、悲しみなのか、惨めさなのか、判断のつかないそれ。
――次は、アレを絶望させてみよう――
頭に、他ならない彼女自身の声が響いた。




