第5話 豹変
11/18(土)の投稿になります。第5話です。
「……っていうことなんだよね」
アルはそう言って話に区切りを付ける。今聞いた話をまとめると、どうやらアルは王都の方からやって来ているらしく、目的は何かの任務で人を探す事のようだ。そして目的の最中に、誤って罠に足を突っ込んでしまったらしい。なんだか、すごいのかバカなのか分からない人物だ。
「あ、それじゃあ、なんで犬が……」
「あぁ!それね!人が近づいてくるのが分かったから犬に変化してみたんだよ」
「え?なんでですか?」
「うーん……。なんとなく……かなぁ?なんか罠に足突っ込んでるとこ人に見られるの恥ずかしいね!あはは!」
「な、なるほど……」
うん?やっぱりこの人はバカなんだと思う。だいたい罠にかかっているのが犬だったら普通に獲物と勘違いするに決まっている。それすら分からないのだから、 もしかしたら魔術はすごいかもしれないけど頭の方はちょっと残念な感じなんだろう。
「それはさておき……」
「え、置いとくの!?」
「あ、はい。置いときます」
「そ、そっかぁ。つれないなぁ」
「はい。それで、あの、任務中とか言ってましたけど、こんな所で話してて大丈夫なんですか?」
「あー。それね!でも大丈夫なんだ」
そう言うと、アルはまたこちらをじっと見つめてくる。見つめてくると言うと聞こえ方は良いが、アルは目つきが悪いのでどちらかと言うと睨まれてる感じだ。
「な、なんですか?」
「いや、ちょっとね……」
その言葉を言い切るか否かという瞬間、アルは腰を落として三歩程度後ずさる。そして僕の方に手を向けてくる。
「どうしたん……ぼごぉぇぇえええっっ!!」
話しかけてる途中でいきなり腹部に猛烈な痛みが走り、自然に自分の体から嗚咽音が発せられる。
同時に周りの風景が普段とは逆向きに流れてゆく。まるでカセットテープをスローで逆に巻いたような感覚だ。
気づくと僕は3mほど吹っ飛ばされていた。はっと我に帰り目の前を見ると、物凄いスピードでアルが肉薄してくる。
三白眼でこちらを睨み、拳を握り、振り上げる。
やばい、やばいやばいやばいやばい。
僕はそれしか考えられずに、その内にどんどんアルの拳が迫ってくる。先程まで普通に話していたアルがいきなり豹変し、冷静な判断力を失っていた。
僕は咄嗟にアルの拳を防ごうと掌を出す。
体に変な力が入り、自分の体が自分のものでないようだ。
アルの拳が限界まで近づいた時、僕は思わず目を瞑る。
その瞬間、耳をつんざくような音が鳴り、僕は大きな痛みを感じる。
その直後に、バキバキと木が折れるような音が聞こえてくる。
しかし痛みを感じたのは頬ではなく、掌だった。
僕は恐る恐る目を開き、掌に目をやるが、特に何も起こっていない。
目の前を見ると、アルがこちらを上から見ていた。
先程と違ったのは、アルがいつもの不敵な笑みをしていること。そして、アルの口から一筋の血が流れていること。
次の瞬間アルは初めてニッとした笑顔をつくり、腰が抜けて倒れ込んでいる僕の頭を掌でくしゃっとしてこう言った。
「ん!ごうかく!」
そう言ったアルの左の脇腹には、大きな穴が空いていた。この時、僕は初めてアルの素の笑顔を見たのだった。
だが口から血がダラダラと大量に流れ始めていて、恐怖以外何の感情も感じなかったのは内緒だ。
最後までお読みいただきありがとうございました(*・ω・)*_ _)ペコリ