副流煙は目にしみる
張り詰めた静寂を裂く金属の高い音
私が彼の誕生日に贈った安物のライターのその音を、彼はいたく気に入った。
あの頃の私は彼が安物をこんなに長く使うなんて思いもしなかっただろう。彼が手持ち無沙汰に、手入れの行き届いたそれを開け閉めするたびに、私の耳は「なんて耳障りだ」と囁いた。
青い火が真っ赤な火種を作ると、吸い殻の溜まった灰皿を舐めるように煙が立ち昇る。
彼の吐く白い息は鼻に付く香りを纏って煙に変わる
彼の鼻に付く独特の匂いも、煙と戯れるような仕草もずっと変わらない。私だって、彼の香りがして好きと言える女にはなれていない。
ずっと一緒にいたら気にならなくなるなんてことを願うまま、髪にこびりつく匂いすらも嫌になって、結局髪を短くしてしまった。
首元の寒さにはすぐに慣れたけれど、「首が寒いの。」と嘯く私に、「短いのもいい。」と曖昧に返したのを、それを嬉しく思ったのを、なぜかこんな時に思い出していた。
白い煙が彼の口から私の鼻を擽り、冷え切った空中を漂う
膝を抱えて煙の行方を探っていると、私が呟いた「別れたい」なんてありふれた言葉がぼんやりとそこら中を煙と共に漂っていた。耳元の彼にもらったピアスにも、一緒に買ったソファにも、部屋中に纏わり付いているのに。なんで彼には届いていないのかしら。もしかして、煙の中に消えてしまったのかもしれない。煙の行方はわからないまま、ぼんやりした気持ちで彼を見つめていた。
彼は慎重に煙を吸って吐いて、それを何回か繰り返した
私も慎重に「別れたいの。」と言って、それを何回か繰り返した
彼は何を言うまでもなく、彼の静寂を抱え込み煙が緩やかに蔓延する。とうとう煙が私の目元にやってきた頃に、彼は仄暗くなった火種をのんびりとすり潰した。
「俺は一緒にいたいな。」
煙が目に染みただけなのに、なぜか喉が詰まった。「ごめんね、嘘だよ。」なんて、また。
灰皿には、吸い殻が溜まっていた。




