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ふたりの秘密

作者: 鰻川達郎

深夜のN分小説執筆。テーマ:「ほんのりSF」「二人だけの秘密」

黒い雨が降る中、俺とルリは人の気配が全くしないビル群を駆け抜けていった。雨水の毒のせいか、息が苦しくなってきている。どこかに休める場所がないかと辺りを見回すが、建物には全て鍵がかかっていて入れない。


「あっ、見て!」


ルリの指差した方を見ると、道路の脇に軽自動車が乗り捨てられていた。ドアは開けっ放しで、窓は残らず割れている。少し心もとないが、何もないよりはましだろう。俺たちはここで少し雨風を凌ぐことにした。


「ふう、ちょうど雨宿りできる場所があってよかったあ。マコト、疲れてない?」


ルリは隣の席で俺にささやく。


「問題ない、気にするな。それより、お前の体の方が心配だ」


「私は大丈夫よ。お腹の赤ちゃんの為にも、しっかり生きないとね」


彼女は膨らんだ腹部をさすりながら笑った。生きる、か。こんな絶望的な状況でも希望を捨てない彼女は美しい。俺はルリの唇に熱く口づけをした。


車の外で降り続いている黒い雨は、敵国の殺戮兵器によるものだ。雨水に含まれる毒は人体に甚大な悪影響を及ぼし、死に至らしめる。今俺とルリがいる都市は、軍事的に重要な施設が多いので、当然敵の攻撃の的となった。そして六日前、黒い雨が降り始めた。人々は残らずこの都市から逃げ去り、任務などで残った軍人たちもほぼ全滅した。国は街を完全に閉鎖し、誰も出入りができないようにした。


俺とルリは全く違う場所で生まれ育った。俺はきわめて普通の家庭で、ルリはとても裕福な家で。大学生の時にたまたま同じサークルだったのがきっかけで、俺たちは付き合い始めた。お互い愛し合っていたが、幸せは長くは続かなかった。ルリの父親が彼女と俺の交際を断固として認めず、無理矢理に引き離そうとしたのだ。俺たちは駆け落ちすることにした。急いで荷物をまとめて短い手紙を置き、電車に飛び乗った。そうしてあちこちを旅してこの街に立ち寄った時、ちょうど敵国の攻撃が始まったのだ。


「子供の名前は何がいいかなあ。シオンなんてどうかな」


「どうでもいいだろ。今はそんな場合じゃない」


「もう、マコトだって気にしてるくせに」


ルリはむくれながらつぶやく。怒っている姿も可愛い。つられて口角が上がってしまった。


ルリが子供を身ごもっていることを、彼女の親は知らない。俺の肉親も友人も、世界中のだれも知ることはない。俺とルリだけが、新たな命が宿ったことを知っている。もうすぐ三人の秘密になる、ふたりだけの秘密。殺戮兵器の黒い雨は一週間で効果をなくすと、テレビのキャスターが言っていた。明日で七日、この地獄からも解放される。俺はルリの手を強く握った。彼女も握り返したような気がした。そう、あと少し、あと少しで、俺たちは自由になれる。あと少しで俺たちの子が生まれる。あと少し、少しで…



            ※



敵国の新型兵器による攻撃から十日後、ようやく雨の色が透明なものに戻った。国の軍隊は生存者の有無を確かめる為、襲撃を受けた都市に戻った。

一つの小隊が軍用車で乗り捨てられた乗用車を押しのけながら道路を走っていると、一人の男を見つけた。服はボロボロで、顔は血だらけである。小隊はすぐに彼を保護し、車に乗せた。


「大丈夫ですか、他に生存者はいませんか」


一人の隊員が質問をすると、男は虚ろな表情で答えた。


「誰もいませんよ、俺たち以外には。なあ、ルリ?」


兵士たちはけげんな表情をした。いったい誰に話しているのか、とでも言いたそうな顔だ。よく見ると、男は自分の掌の紙切れに目を向けて話している。取ってみると、それは一昔前に有名だったアイドルの写真だった。突然男が叫び声をあげ、隊員から写真を奪い取った。


「ルリに乱暴するんじゃない! お腹には子供がいるんだぞ!」


そう言うと男は静かに座り直し、ぶつぶつと何かつぶやき始めた。


「子供は男の子かな女の子かなどっちだっていいだろそんなものもうまことのうそつきほんとはきになってしかたないくせに……」


にいっと笑みを浮かべる男を見て、兵士たちは同情と嫌悪の入り混じった複雑な表情を浮かべていた。


即席で書くのって難しい。

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