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ガラス細工の蝋  作者: 酒園 時歌
一章一節 《兄妹》
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6.花は散る散る実は満ちる

 もう、昔のことである。


 表向きは孤児院の形をなしたそこは、裏では子供を売買するために育てる施設だった。


 さらわれて売られた子もいれば、親に売られた子もいた。特に、出生届を出されていない子は扱いやすかった。元々存在が認められていないような子達は、どうなろうが無かったことにしやすいのだ。


 そうして、必要な教育をされて、その成果によって売り値を付けられ、秘密裏に買われていく。


 見目が良い子、勉強ができる子、運動ができる子、手先が器用な子、などなど。中でも、呪術師の素質がある子は飛び抜けて高値で売れた。能力によっては、いくらでも値を釣り上げることができた。


 ――――それ故に、教育も人一倍厳しいものだった。


 走り続ければ脚の筋力が鍛えられるように、呪術も使う程に効果や精度を高めることができる。元々共存型の呪術師だったメロとレムも例外ではなく、通常の教育に加え、呪術を酷使させられていた。


 レムが静止させる能力であったのに対し、メロは再構築させる能力。レムの能力は護衛の盾から暗殺まで、メロの能力は物の修復から人体の治療まで。それぞれが非常に有益な能力であり、効果も初めからそれなりに高かった。二人の能力を合わせれば不老不死に近づくのではないかと言われる程に、その期待値は高かった。


 他にもわずかにいる呪術師の素質がある子達よりも、この二人は金になる。そう考えた大人達は、二人への呪術の特訓を、より厳しいものにしていた。


 特に、メロは本人そのものも長く使えるように、自身の再構築・・・もやらされた。そのために必要なのは、本人の体を壊す・・こと。つまりは、意図的に傷を負うことである。


 初めは、痣が残る程度のものだった。それが次第に、刻むようになり、砕くようになり、焼くようになり――――――直る・・速度や精度が上がる程に、小さな体躯は原形をとどめなくなっていった。


 内臓を捌こうとも、骨を割ろうとも、たとえ一部が欠けようとも。限界に近い状態が続いたその体躯は、生き残るために過剰反応した本能により、リミッターが外れたのだろう。能力の成長速度も急激に上がり、その身がどうなろうとも、すべてが元通りに戻る体躯となっていた。


 大人達は歓喜した。下見に来た複数の客に実演してみせ、売買の仮の権利をあてがい、客同士で競り合いをさせた。


 予想通りの好評に、予想以上に釣り上がっていく値。


 上機嫌だった大人達は、しかし。そこで重大なミスを犯していたことに、気付くことができなかった。


 独立型の呪術師への変貌。


 ある日突然、売買の要であるメロの能力が、変わってしまったのである。


 まだ、ステンドグラスを生成するということしかわからない能力。詳細不明の、しかし、明らかに今までのような再構築はできなくなったとわかる状況。


 大人達は激昂した。


 使えていた呪術を使えなくなったのならば、今までの苦労は水の泡。価値も大幅に下がり、それどころか、売約済みであれば客からの信用を失うことにもなりかねない。


 すでに予定の売り値を得た気でいた大人達は、それはそれは激怒した。


 呪術師の素質を持つだけでも高値になる上、他にも値に色を付ける要素はある。それでも、再構築という能力を持つか否かで比べれば、その価値には愕然とした差があった。


 新たに使えるようになった能力は、元の能力よりも価値が下がると判断された。それは予定されていた売り値と比べて、はした金と呼べるようなものだった。




 その日、明かりの点いていない部屋に、レムはメロを連れて逃げ込んだ。


 共に、他の子達よりも酷く扱われた者同士、支え合った仲だった。今まで気力がもっていたのは、その片割れがいたおかげでもあるだろう。


 それが、今や。


 より小さい片割れが、動かなくなっていた。


 徐々に弱くなっていく鼓動。ようやく十を越えた年であっても、レムは、それが意味することを勘付いていた。



 それは、ある日のこと。激しい雷雨にみまわれた、夜のこと。


 大人達の怒号に、暴行の音。


 メロの能力が再構築であるのをいいことに、大人達はストレスを発散するために、それを利用することも多かった。殴っても蹴っても刺しても、何度でも元通りになるのだから、格好の餌食だった。


 初めはレムが止めようとしていたが、大人の力には敵わず、どうしようもできなかった。


 だからこそ、呪術の訓練に必死になった。力が無いのならば、補うしかないのだ。


 その日も、別々の場所で呪術の訓練があった。


 訓練が終わると、レムはメロが訓練をしている部屋へと向かった。


 近づくにつれて聞こえてくる耳障りな騒音に、レムは最初、自分が先に終わったのかと考える。いつもならば、ここでメロと合流し、大人達の次の指示に従うはずだった。


 今日の合流は、もう少し後になるか。そう思ったレムだったが、すぐに考えを改めることになった。


 その部屋を通り過ぎる際、中から見えた光景に、思わず思考が停止した。


 いつもならば与えられた傷をすぐに直せるはずの体躯が、痣を作り、血を流し、その痕をそのままにしている。傷を直すどころか、その身をぐったりと横たわらせて、何の反応も示していなかった。


 レムはとっさに駆け出した。今では反抗しなくなったと思われているおかげか、初めから警戒されているわけではないようで、思ったよりもたやすく事が運んだ。


 猶予もわずかとなった呪術を使い、大人達に触れることでその動きを数秒だけ静止させ、メロを抱きかかえて部屋を飛び出し、ドアを閉めてそのドアにも静止の効果をかける。


 そして、廊下に並ぶ内の一室に駆け込み、音が響かないように慎重に、素早くドアを閉めた。


 明かりの無い部屋は真っ暗だが、気にしてはいられない。窓の外に見える激しい雷雨が、暗闇と同化した二人を短い間隔で青白く照らし、黒くくり抜く。


 レムはその明かりを頼りに鍵を閉め、静止の効果をドアごとかけた。


 大人達が部屋から出てきたのは、その直後だった。


 レムは鼓動を落ち着かせ、ドアに寄り掛かるようにして座り込んだ。


 短い効果だったが、隠れるのには間に合った。後がどうなるかは想像にかたくないが、今はこれしか無かった。余力も無い。これしかできなかった。


 大人達は部屋を確認して回り、開かない部屋として最後に残った部屋の前に集まった。


 しかし、その向こうでは、レムが呪術を解くことは無かった。


 怒鳴り声やドアを殴る音が聞こえたが、レムはいっそう、腕に力を込めるだけだった。



 間隔を空けて幾度となく、光が闇を裂き、地や窓を震えさせる。窓の格子で影を作り、二人を覆う。休む間も無い激しい雨風が、闇に紛れて窓を叩く。


 ガラスを伝う雨粒が、滝のように流れた。


 次第に働かなくなっていく思考の中で、光だけは存在を主張し続ける。


 繰り返されるのは、やむことの無い、強い点滅。


 眩い光を伴い世界を震わせる叫びが、ひときわ大きく鳴り響いた時。


 レムの目に宿るのは、暗闇を覆うとどろきと同じ光だった。




 とある孤児院が閉鎖となり、その所業が明るみに出たのは、それからすぐのことだった。


 ところどころが氷漬けとなった施設では、子供達が証人となった。大人のほとんどは、施設の一部になったかのように、壁や床と共に氷漬けとなっていた。半身を凍らされている生き残りの大人達にも話を聞けば、最終的には、彼らは自分達の行いを認めざるを得なかった。


 子供達は一時的に保護した後、そのほとんどが然るべき施設へと送られていった。


 しかし。


 その中で、二人。独立型の呪術師と判断された二人は、施設の受け入れを拒否したのである。


 施設の受け入れを拒否した子は、他にもいる。自分達が今までいた施設がコレなのだ。トラウマになっても不思議ではない。そういった子達にはできるだけ早く里親を見つけるようにしており、二人にもその話は持ちかけられた。


 だが、二人はそれすらも断った。


 さすがに、普通学校に通う年齢の子供を野放しにしてはおけない。とにかく、どちらにしろ別の施設に入れるべきである。


 ――――それを察知した二人は、ある日、こつ然と病室から姿を消した。療養で体調が回復したかと思えば、迎えに来た日にはもぬけの殻だった。



 のちに『クィルトゥーシャ兄妹』と名乗る二人は、結局、誰のところへも行かなかった。



          *



 その少女は『妹』である。


 誰よりも『兄』に近く、『兄』にとって、唯一の存在である。


 その少女は主張する。『兄妹』の素晴らしさを。『愛』を。


 ――形として証拠を残さなければ気が済まない人程、相手との絆は脆いものなの。脆いからこそ、目に見えるもので繋ぎ止めようとする。本当にお互いを信用しているのなら、その仲を疑うことも無いし、わざわざ繋ぎ止めようともしないデショ。


 ――家族とか友達とか仲間とか。そういう枠組をわざわざ主張する人って、ロクな人がいないデショ。結局は相手を自分の思い通りに動かすための言葉くさりであって、思い通りにならなければ、その仲間とやらから追い出すだけ。


 ――結局は、利用できる存在が欲しいだけ、っていう人が多いの。だって、相手を尊重しているなら、まるで自分の道具みたいに扱うなんてしないデショ。相手を相手として見ていないのと同じだネ。


 ――悪い人の存在を他人事だと思える人は、「家族なんだから」とか言ってその人を無責任に庇うことがあるヨネ。家族だからって、その人は他の人にはなりえないのに。


 ――人はみぃんなまったく別の存在で、繋がりなんて誰しもが何らかの形で、誰に対してもあるものなのに。そんな『繋がり』なんてものをまるで特別であるかのように主張して、相手を自分に繋いでおこうだなんて。


 ――おこがましいものデショ。


 ――ボクもそう。兄様を利用するの。


 ――でも、正当化はしないの。


 ――――――カワイイモノデショ。


 ――そもそも、愛する程に、裏切られた時の悲哀や憎悪は強いものなの。だって、それは絶対値が正反対にひっくり返ることだから。……だから、愛する程に自分が傷つくリスクが大きくなる。愛することって、自傷することに似ているの。


 ――でもネ。


 ――兄様にはボクしかいないから。ボクが妹である限り、兄様はボクを愛してくれる。ボクが欲しい愛は、兄様が与えてくれる。


 ――愛は循環してこそ、次の愛を生み出せるの。愛されたいなら、まずは自分から愛するべきデショ。


 ――ボク達は『兄妹』。それだけがボク達の関係。他人じゃなくて、初めから身内の関係。だから、その分『繋がり』は強くなる。


 ――他のことはどうでもいいの。むしろ曖昧な方が、『兄妹』が引き立つくらい。


 ――ボク達に家族はいない。



 ――だから・・・ボク達、『クィルトゥーシャ兄妹』。


 ――それ以外の何者でもないの。

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