5.殻に絡むはカラミティ
兄妹の内、先に順番が回ってきたのはレムだった。
「失礼しマース」
そこは、講習室よりは狭いが十分な広さのある部屋だった。中央には大きな長机と、それを挟む二つの椅子。長机の上には資料の束の他、両手サイズの卵形の白い石のようなものが置かれている。
レムを連れてきたスカッチェは先に入り、向こう側の椅子へと向かった。
「どうぞ。こちらの席にお座りください」
スカッチェはそう言って先に座り、手元の資料の束から一枚を翻した。その一枚には、レムについて書かれているのだろう。
レムはドアを閉めると、促されるままにスカッチェの対面に座った。
「失礼しマス」
「はい。それでは始めます」
「よろしくお願いしマス」
「よろしく。……まずは、提出された情報の確認です。名前はレム、年齢は十五歳。呪認証は高認経由の短期卒で先月に取得。呪術師のタイプは独立型、能力は氷結関係。……と、ありますが、これで間違い無いですか?」
「間違い無いデス」
能力については、協会に対してであれば『最低限できること』を申請しておけば問題無いとされている。能力の底を他人に知られるとなれば、もしも敵にその情報が渡ってしまった場合、危機に陥る可能性があるからである。しかし、味方にも完全に知られないのであれば的確な役割を担うこともできないため、少なくとも一部は晒さなければならないのである。
中には、表面で見せる能力はあくまで真の能力の標準形態、もしくは副産物でしかないという者もいる。逆に、能力の幅が狭ければ、実力のすべてを晒さなければならない者もいる。
系統が同じでも、できる幅が違えば役割も違ってくる。系統が違っても、同じような技を繰り出せることもある。
自分がどういう立ち回りをするか、というのは、本人次第なのである。
「それと、孤児院の出で家族は無し。……十七歳以下、未成年の場合、呪認証取得から一年以内での受験には親の承諾が必要ですが、いないのでしたら例外とされます。ですが、正式な呪術師になったとはいえ、初心者。親の承諾があったとしても、使い放題になった呪術にうかれて行使に失敗、挙句に病院送り、中には再起不能どころか死ぬ者もいます。……あなたは未熟であっても、どうするかは自由です。が、その分どうなろうと自己責任です。それはわかっていますね?」
「――――もちろん」
どちらかへの答えか、両方への再認識か。レムは頷いた。
「それならいいです。では、適性検査に移ります。高認試験や専門学校でもしたと思いますが、マナの状態を見ます。そちらの呪介にマナを流してください」
手の平で示されたのは、白い石のようなものだった。
一見すれば、大きな卵のようなもの。その実、呪介の一種、『色漉し卵』である。
マナを送れば、全体が透明になり、内部に空間が広がり、代わりにその空間のいくらかは透明な液体で満たされ、自身のマナと同じ色の柔らかい球体が液体の中を浮かぶ。独立型であればさらに、能力を基にした現象が内部に現れるようになっている。
空間の割合は全体の九割を占め、その中で球体が三割を占め、残りの六割の幾分かを液体が占める。平常値の平均としては、球体を含めた状態で空間の七割が液体であるとされている。しかし、近年では、やや低めの六割が平常値の平均であると言われている。
液体はマナの残量を示しているため、呪術で使ったとしても、時間が経てば回復する。とはいえ、必要な分を回復する前に底を尽いてしまえば、廃人になってしまうことは免れない。マナが尽きるということは自我の崩壊に繋がり、極端な無気力になってしまうのである。また、精神に肉体が引っぱられ、そのまま放置しておけば衰弱死してしまう危険も出てくる。
呪術の効力や個人の適性によって、消費される量や回復速度は違う。そのため、何度も確認しつつ感覚で残量がわかるまで訓練し、使い過ぎに注意しながら呪術を扱えるようにならなければならない。たとえ呪術を自在に扱えたとしても、マナの残量の管理ができなければ呪認証は得られない。それ程までに、気を付けなければならない要因なのである。
とは言うものの。体力と同じく限界の前兆はあるため、しばらく使っていく内に自然と慣れるものである。絶望による諦めの感情に近いだろうか。ややこしくなることもあるが、不安ならば、それを感じたら呪術を控えればいい。
「はぁい」
レムは片手で色漉し卵に触れ、慣れた様子でマナを流し込んだ。
白いそれは触れた部分からマーブル模様を描き、徐々にその色が透けていく。色が失せ、完全な透明になると、今度は中央から空間が広がっていった。まるで溶け出したかのように、透明な液体がその中に湧き出す。そして凝り固まり、幾分かが新たに球体を作り、色付いていく。
まずできあかったのは、九割の空間に紺色の球体、そして、残りの空間には一割程度の液体が入った、透明な殻の卵だった。球体の方が液体よりも割合が大きいため、球体は液体の外にほとんどはみ出てしまっている。内側全体を濡らす程度の液体は、球体を薄く包むだけでも心許無い量である。
そして次に、まるで透明な殻を持つ卵のようになった石の内部に、独立型特有の変化が現れ始めた。
殻の内部が底の方から霜を立たせるように凍っていき、数多の雪の結晶を重ねて描くように、上の方へと広がっていく。ぱきりぱきり、小さく空気を割るような音が殻の中で反響する。自身の中身を隠すように、まるで繊細な透かし彫りのように白い模様が殻の内部を覆っていく。
殻全体にその現象が行き渡ったところで、レムはマナを流すのをやめた。
最後に見えた中身は、まるでスノードームのように雪が舞う、白い世界だった。
「……なるほど」
手が離れたことで卵が元の白い石へと戻っていくのを見ながら、スカッチェはペンを動かす。そして再び、口を開いた。
「それがあなたの平常値ですか。……少な過ぎですね。燃費については減りづらい上に回復が早いようですが、大技を使えばさすがに一気に減りますし回復も遅れるでしょう。使い勝手は悪いのではないですか?」
「たしかに、大技はそう何度も連発できないワネ。でも、細かい技ならいくらでも。どれだけ使っても残量はほとんど変わらないから、普段使いなら問題無いワ。戦闘面でも、大技はあまり使わない戦い方だしネ」
「……そうですか。……あとは確認ですが、この後は実技試験があるので、それなりに呪術を使うでしょう。この状態でいけますか?」
一応、この検査は受験意志の最終確認も担っている。色漉し卵の状態を見てコンディションが悪いと判断したり、コンディションが良くても呪術を多数使うことに怖気づいたりすれば、初受験の機会を次回以降に回すこともできるのである。
レムは当然といった様子で、さらりと答えた。
「できるワ」
「……わかりました。では、これで適性検査は終わりです。お疲れ様でした」
「お疲れ様デシタ」
「それでは、修練場へ向かってください。すぐそこの階段を下りてそのまま奥、中庭の向こうにある建物です」
「はぁい」
レムは頷いて、席を立った。
「失礼しマシター」
「お気をつけて」
ドアの向こうへと消えるレムを見送り、スカッチェは再び資料に目線を落とした。
少しして。
次に順番が回ってきたのは、メロだった。
「失礼しマース」
先程のレムと同じような調子で部屋に入り、促されるまま席に座る。
スカッチェはメロの分の資料を取り出し、先程と同じように切り出した。
「……まずは、提出された情報の確認です。名前はメロ、年齢は十三歳。呪認証は高認経由の短期卒で先月に取得。呪術師のタイプは独立型、能力はステンドグラスの生成。……と、ありますが、これで間違い無いですか?」
「間違い無いデス」
「それと、孤児院の出で家族は無し。……十七歳以下、未成年の場合、呪認証取得から一年以内での受験には親の承諾が必要ですが、いないのでしたら例外とされます。ですが、正式な呪術師になったとはいえ、初心者。親の承諾があったとしても、使い放題になった呪術にうかれて行使に失敗、挙句に病院送り、中には再起不能どころか死ぬ者もいます。……あなたは未熟であっても、どうするかは自由です。が、その分どうなろうと自己責任です。それはわかっていますね?」
訊かれた経歴は、レムとまったく同じものだった。
「――――もちろん」
回答も、同じもの。
「それならいいです。では、適性検査に移ります。高認試験や専門学校でもしたと思いますが、マナの状態を見ます。そちらの呪介にマナを流してください」
「はぁい」
メロはレムと同じように、片手で色漉し卵に触れ、マナを流し込んだ。
マーブル状に色を失っていった色漉し卵の中に、空間が広がっていく。透明な液体が溶け出し、球体を作り、黄色に染まっていく。
できあがったのは、黄色の球体を閉じ込める透明な液体が空間の九割を満たす、透明な殻の卵だった。球体はたっぷりとした液体にとっぷりと浸かっているため、わずかに残る渦の波に揺らいでいる。
レムの時とは対照的な結果である。
そして、レムの時と同じように、しかし違う現象で、独立型特有の変化が現れ始める。
殻の内部が透明度を残しながらも底の方から色づき、まるで凍りつくように角ばりながら、一面一面を様々な色に染めて上の方へと広がっていく。音は無く、抽出された水がとろけて這うように、静かに。次第に元の色が何色かもわからなくなる程に、中身は透かされた色の群れを漂わせた。数多の色が連なり、重なり、反射され――――
透明な殻は、最後には、ステンドグラスの塊のようになった。
そこで、メロはマナを流すのをやめた。
「……なるほど」
手が離れたことで卵が元の白い石へと戻っていくのを見ながら、スカッチェはペンを動かす。そして再び、口を開いた。
「それがあなたの平常値ですか。……多過ぎですね。しかし、燃費は悪いとあります。一応すぐに回復するようですが、使う度にどんな規模の技であれ一気に減るそうじゃないですか。大技に至っては、いっそう消費が激しいそうですが」
「でもすぐに回復するから、使ってないようなもの。問題無いネ。戦闘面でも、大技はあまり使わない戦い方だしネ」
「……そうですか。……あとは確認ですが、この後は実技試験があるので、それなりに呪術を使うでしょう。この状態でいけますか?」
メロは当然といった様子で、さらりと答えた。
「できるヨ」
「……わかりました。では、これで適性検査は終わりです。お疲れ様でした」
「お疲れ様デシタ」
「それでは、修練場へ向かってください。すぐそこの階段を下りてそのまま奥、中庭の向こうにある建物です」
「はぁい」
メロは頷いて、席を立った。
「失礼しマシター」
「お気をつけて」
ドアの向こうへと消えるメロを見送り、スカッチェは再び資料に目線を落とした。
(――――――ん? そういえば今の二人、境遇が一緒か……)
ふとペンを止め、スカッチェは二人の資料を並べ、見比べた。
(……孤児院から今まで、か。これは、行動を共にしているのか……? 能力も双方独立型のもの。それにこの孤児院は――――)
なんとなく気になったが、今は検査が優先である。二人のことはとりあえず記憶にとどめておくだけにし、スカッチェは作業に戻った。