4-2.とある世界と呪いの話
そもそも場所とは、同じ位置でも空間は違う、平行世界の楔のようなものである。
意思ある者はそれぞれ、個々が認識する世界ごとに空間を持っている。同じものを見ていても捉え方が違うのが、その証拠である。
そして、現在。世界は二種類が確認されていた。
一つは、我々が知覚することができる、肉体を有することで誰もが同じ空間に存在できる場所。人々が同一のものを認識できる世界であり、固有の世界が重なった交差点――――物質空間、『共通世界』。
一つは、我々が思案することができる、本人以外は直接触れることもできない場所。個人本人にしか認識できない固有の世界であり、共通世界を構築する要――――精神空間、『固有世界』。
まったく同じ感覚を持つ者はいない。だからこそ、個々の世界は摩擦し合い、自己を変え、他者を変え、皆が共に存在できる場所にも影響を与えていく。
そうして変化と維持を繰り返してきた共通世界には、現在、呪術師と呼ばれる人々がいる。
呪術師とは、その名の通り呪術を扱うことができる者のこと。呪術とは、術師が固有世界の主としての力を共通世界に作用させ、共通世界に影響を与える術のことである。燃料として術師本人の精神エネルギー、すなわちマナを消費するため、回復を待たずに使い過ぎれば廃人になってしまう危険性もある。しかし、調節して使えば問題は無い範囲である。
呪術にも二種類ある。
一つは、共通世界によく馴染んだ者が自己暗示によって既存の物質を自身の一部のように操作することができるタイプ――――『共存型』。
一つは、自分の固有世界を何よりも優先して共通世界に馴染めない者が、固有世界を自分の能力として共通世界に取り出すことによって実質無から有を上書きすることができるタイプ――――『独立型』。
効果の優先順位については、個人の実力や相性に応じて程度の差はあれ、人の意志が関係し、固有世界による作用が大きいもの程優先されていく。これは、上位次元の世界が下位次元の世界を支配することで、下位の能力による産物を抑え込むことが容易くなるからであるとされている。要は、効果を上書きするのである。
つまり。普通に起こす事象よりも共存型が起こす事象。共存型が起こす事象よりも独立型が起こす事象。効果の優劣であれば、共存型よりも独立型の方が有利なのである。
ただし。独立型は完全に後天的なものであり、元々が共存型であった場合はそれまでの能力が使えなくなってしまうというリスクもある。能力の起因が物質である肉体から離れて精神へと依存するようになるため、共通世界の物質を操るということがまったくできなくなってしまうのである。
遺伝で残すことができる共存型とは違い、単独で発現するしかない独立型は希少とされている。だが、実例の数や汎用性の幅を考えれば、共存型の方が使い勝手が良いとされることも多い。
しかし。共存型は共通世界における物質の要素が凝り固まった結晶として、鉱物、特に宝石と呼ばれるものを媒介とすることで、ようやく初めて使用できる。一方、独立型はその身一つですぐにでも使用できるという利点がある。
とはいえ、呪術師と鉱物の間には相性がある。一般的な、遺伝で受け継がれた共存型が一番扱いやすい鉱物は、自身の目と同じ色であることが多い。しかし、突然変異で生まれた共存型や独立型はそれには当てはまらず、それ以外の色であることが多いものである。
そして、術の使用後についても、違いはある。そういった呪介でも無い限りは、一定の距離を置くか一定の時間が経てば自動的に解除される。そこは共通するが、その後。共存型であれば共通世界における物理法則に従うが、独立型であれば跡形も無く消え去るのである。
結局は、能力の内容と使用時の状況、そして何より、術師の力量が重要になるのである。
ちなみに、呪術師全体の人口は、人類全体の一割である。種火を起こす、コップ一杯の水を集める、最低でもマナのみだが操作できる者を含め、呪術をわずかでも扱える者が、である。その内、まともに一技術として扱うことができ、呪術師認定証を得られるのは半数。
その中から派遣呪術師を目指す者は多いが、祓魔師を目指すとなれば数はかなり絞られてくる。
祓魔師となるからには一般の派遣呪術師よりも命の危険が伴いやすく、しかし、脱落者が多いからと言って合格基準が下がることも無い。報酬は相応に高めだが、その程度である。故に、祓魔師を目指す者は少ないのだ。
「要するに、精神空間である『固有世界』が重なって物質空間である『共通世界』を作り出し、自分の固有世界を共通世界に干渉させられる者を呪術師と呼ぶということです。呪術師には共通世界のものを操作する『共存型』と固有世界を基に無から有を生み出す『独立型』があり、効果が優先されやすいのは後者。これだけ理解しておけばいいです。それから、『呪術師階級』も大事です。派遣呪術師にとっては依頼を受けるにあたって重要になるので、余裕があるのなら上げられるだけ上げておいた方が良いです。相当できる方でも五段階中四段階目が限度とされていますが、三段階目まで行けば大抵の依頼が選べます。とりあえずはそこを目指せばいいでしょう」
祓魔師、もしくは派遣呪術師に登録すれば、呪術師階級という階級が与えられる。能力と依頼遂行実績に基づいて格付けされ、依頼の難易度にもされている目安である。
ちなみに、派遣呪術師と祓魔師の差は悪魔の討伐に積極的に協力するか否かだけであり、祓魔師の登録は派遣呪術師の登録もまとめて行われる。このため、階級も同じものを適用されているのである。
依頼において、難易度として推奨される階級については、その階級の者が単独から数名でこなせるものとされている。だが、その依頼を受けられるかどうか、依頼主に受理されるかどうかは、その人次第なのである。
自分と同等かそれより下の階級の依頼を受けることは、普通である。
だが、例外として、自分よりも上の階級の依頼を受けることもできなくはない。場合によっては、推奨される階級以上の階級に該当する者が仲間にいれば、それ以下の階級の者も一緒に受けることができることもあるのだ。
逆に、中には、必要な階級に達していても依頼を受けられない場合がある。特定の技能や実務経験が必須になっているものや、一定数以上の団体単位で募集しているものなどが、それである。
故に、派遣呪術師となった者は、数名でチームを組む者が多い。チーム同士で同盟関係を結ぶ者もいる。単独で所属する者は、ごく少数なのである。
階級は、五段階ある。下から、朧星、一ツ星、二ツ星、三ツ星、鳴星。基本的には、階級が上がる程に実力があり、難易度も報酬も上がるようになっている。
朧星は、言わば新人期間の者である。皆ここから始まり、一年間ここに固定され、翌年からは相応の階級に常時変動する。依頼の難易度としては、命を落とす危険性が低いものである。例えば、単独の犯罪者への対処や、採集・狩猟、一般企業の補助などがそれにあたる。
一ツ星は、派遣呪術師として一人前と認められた者である。朧星からは、自動的に一年で昇格できる。依頼の難易度としては、少数の死者が出る可能性のあるものである。例えば、小規模な犯罪集団への対処や、少数の下級悪魔の討伐などがそれにあたる。
二ツ星は、派遣呪術師として熟練していると認められた者である。一ツ星からは、十年経っても昇格できない者が出てくるとされている。依頼の難易度としては、多数の死者が出る可能性のあるものである。例えば、中規模な犯罪集団への対処や、多数の下級悪魔の討伐、護衛などがそれにあたる。
三ツ星は、派遣呪術師としての極致にいると認められた者である。秀才の域とされ、二ツ星からは、十年単位で努力しても昇格できない者が多いとされている。依頼の難易度としては、複数の街が壊滅する可能性があるものである。例えば、大規模な犯罪集団への対処や、中級悪魔の討伐などがそれにあたる。
鳴星は、それ以下とは別格の存在と言わしめる程に、派遣呪術師としての実力が秀逸であると認められた者である。祓魔師に至っては天才を通り越して天災、災害レベルの化物とも言われており、わずか数名しかいないとされている。依頼の難易度としては、一つ以上の国が壊滅する可能性があるものである。例えば、上級悪魔の討伐などがそれにあたる。
なお、本人の階級を示すマークは、呪認証の左上に描かれる。朧星から順に、五光星の枠が三つ並んだもの、その内、左側だけが彫り抜かれているもの、左側と真ん中が彫り抜かれているもの、三つすべてが彫り抜かれているもの、六光星が一つ彫り抜かれているもの。
さらに、色にも違いがある。ただの派遣呪術師であれば銀、祓魔師であれば赤メッキとなっているのである。
「あとは祓魔師になるならば当然ですが、悪魔の種類や詳細については、随時できる限りの知識を詰め込んでおいてください。対処するほとんどが下級とはいえ、侮ってはいけません。上級に至ってはほぼ縁が無いでしょうが、もしものことを考えてパターンなどを把握しておいた方が良いでしょう」
悪魔とは、人々の心の闇が集い凝り固まることで誕生する、人に害をなす存在である。
その種類は、階級で大きく分けて三つある。
下級悪魔は比較的多く出没するが、固有能力を持つものも少なく、強さも脅威と言える程度のものはあまりいない。しかし大抵の野生動物よりは厄介であり、多くは単体に対してでも祓魔師数人で取り掛からなければ危険とされている。
中級悪魔はあまり現れないが、下級よりも大きさや力、固有能力などの性能が上回っており、非常に危険とされている。
上級悪魔はめったに現れないが、現れれば国どころか世界そのものを滅ぼす危険性まで出てくるとされている。基本的には自分の世界に身を隠し、その存在自体が周囲の心の闇の具現化を促して、他の悪魔の誕生を誘発するという。ただし、この作用で誕生した悪魔は心の闇の固定化が不十分な、存在としてはいわば脆い即席である。そのため、普通に誕生する悪魔と違い、倒した際には跡形も残らず消え去る特徴を持つ。つまり、消滅する悪魔が急激に増加すれば、上級悪魔の存在が疑われるわけである。
「以上」
そう言って、スカッチェは締めた。
「それでは、この後適性検査に入ります。呼びに来ますので、一人ずつ順番に隣の部屋に来てください。終わりましたら、修練場へ。すぐそこの階段を下りてそのまま奥、中庭の向こうにある建物の中に部屋が並んでいますので、時間になりましたら指定された部屋の前で待機願います」
スカッチェは資料を手に取ると、扉へと向かって行った。去り際に扉近くの受験者を一瞥し、促すように目線を戻す。
「それでは一番の方。来てください」
そして、適性検査が始まったのだった。




