4-1.とある世界と呪いの話
兄妹は、ギルドホールへと到着した。
面から入ってみれば、そこは、広々とした大衆食堂のようだった。受付まで続く道は開けているが、その左右には椅子に囲まれた数人用の机が乱雑に配置されている。両端には、カウンター越しに厨房が見えた。
昼時ということもあり、ほとんどの席が埋まっている。食後のデザートをつつきながら談笑する女性もいれば、大量の食事に専念する男性もいる。大声で盛り上がる若者もいれば、昼間から酒を煽る年をくった者もいる。様々な人々が混在しており、実に賑やかである。
兄妹は既に軽く昼食を済ませていたため、そのまま受付へと向かった。
あちらこちらからちらちらと視線を感じるが、兄妹は気にしない。
そもそも、ギルドホールを訪れるのは大人がほとんどなのである。協会の職員や派遣呪術師、依頼人は言わずもがな。試験を受けにくる者ですら、若くても十代後半がせいぜいとされる。それよりも若い者が来ることも無くはないが、珍しいのである。
ざわめきを過ぎれば、それなりのスペースに出た。急募の依頼や新着の依頼が貼られている掲示板が手の届く範囲の壁を占め、その他の依頼がまとめられた冊子が掲示板のすぐ下に備え付けられている記入用の机に積まれている。
受付のカウンターの向こう。本来ならば五人程並んでいるのだろう担当者は、昼時だからか、今は一人しかいなかった。
澄ました表情で何やら事務作業をしている担当者の女性は、二十代半ばだろうか。チョコレート色の長髪は左上でミニクロワッサンのような縦ロールとなり、赤いリボンで一つにまとめられている。青がかった緑色の目は涼やかにきりっとしており、目と同じ色の透き通った石は、右耳にイヤリングとして飾られている。白に焦げ茶を基調としたドレスは絞り口のようなふんわりした袖で、控えめにフリルが広がっていた。
その女性は兄妹に気が付くと、作業の手を止めて迎える姿勢を見せた。
先に話しかけたのは、レムだった。
「あの、スミマセン。ワタシ達、祓魔師の試験の受付に来たんデスけど。今、お願いできマスか?」
「ええ。それでは、呪認証の提示をお願いします」
「「はぁい」」
兄妹はポケットから呪認証を取り出すと、カウンターに並べて置いた。黒地に銀の枠と文字が描かれただけのシンプルなそれは、何のマークも付いておらず、持ち主がただの呪術師として認められただけであることを物語っていた。
女性はその二枚を手に取ると、手元の資料をあさって情報を照らし合わせた。求めていた資料を抜き取って何やら記入し、傍に置いてあった薄い長方形の何かを手に取る。手の平サイズの黒いそれには、表面は銀で、裏面は赤メッキで、それぞれ六種類、計十二個のマークが彫られていた。
上から、三角の枠が一つ、五光星の枠が三つ並んだもの、その内、左側だけが彫り抜かれているもの、左側と真ん中が彫り抜かれているもの、三つすべてが彫り抜かれているもの、六光星が一つ彫り抜かれているもの。
女性は赤メッキの三角の枠のマークに親指を乗せると、そこから青がかった緑色の光、マナを流し込んだ。この長方形の何かも、呪介の一種なのだろう。マナに反応して、赤メッキの三角の枠のマークが淡く光る。
上部となる側面には、ちょうど、呪認証が入る程度の隙間がある。女性がまず一枚目の呪認証を入れてみれば、一瞬だけ、赤メッキの光が強くなった。傾けて取り出せば、空欄だった呪認証の左上には赤メッキの三角が一つ、追加されていた。これは、祓魔師志望の受験者を示すマークである。
それを二人分済ませると、女性は呪認証をカウンターに並べた。
「確認ができました。本日から、この呪認証は受験票にもなります。何か質問はありますか?」
「大丈夫デス」
祓魔師の試験を初めて受ける場合、二度目以降の受験者とは違い、しなければならないことがある。受験の申請については共通しているが、その後。事前説明会に参加し、さらに、呪術師としての適性を見る適性検査を受けなければならないのである。
そして、呪術をどれだけ使いこなせるかを見る実技試験が、適性検査の後に行われる。
依頼を斡旋してもらうだけの派遣呪術師志望であれば、試験は無い。受付で呪認証を提示して書くものを書けば、その時点で簡単に登録されるのである。しかし、祓魔師志望であれば、実技試験として協会員との対戦がある。祓魔師になれる条件としては何よりも戦闘面を見るため、祓魔師になるには難易度も判定も、派遣呪術師よりも厳しくなるのである。命を懸ける割合が高くなるため、当然のことだった。
たとえサポート系の能力を活かしたいと思っても、祓魔師となるならばいくらかの自衛や危機回避の能力が必要となるのである。戦闘では何もできず護られること前提だと言うならば、祓魔師としてではなくただの派遣呪術師として依頼を受けるしかない。
月に一度ある試験である。しかし、その合格率は極端に低い。本部だけでも、一度の受験者が約百人であるのに対し、合格者はその内数人しかいないとされる。複数ある支部でも同様の試験が行われるが、結果はそう変わらないらしい。
「ワタシ達は今回が初めてだから、この後に事前説明会と適性検査、それから実技試験デショ。大丈夫、ちゃんとわかってるワ」
「そうですか。では、この後十二時から事前説明会と適性検査がありますので、それまでに二階の講習室にお集まりください。階段はあちら。上れば案内の立札がありますので、それに従って行けば講習室に着きます」
女性は手の平で片方を示した。階段があるのは受付の両端、掲示板になっている壁のすぐ横である。人が三人は裕に並べそうなそれは、壁の中に入っていくような形で折り返しになっているようである。
「――――ご武運を」
女性は口元にだけ弧を描いて、うっすらと笑った。
「「アリガト」」
兄妹は呪認証をポケットにしまうと、女性が頭を下げるのに合わせて自分達も頭を下げた。
そして、向かうのは、示された方の階段だった。
講習室は、百人は入るだろう広さだった。教壇を前に、半円状に席が段を作って並べられている。既に、前方の十分の一近くの席がまばらに埋まっていた。ということは、初受験者のほとんどはもう集まっていたのだろう。初受験者は、毎回多くても十数人程度なのである。
兄妹は自分達の受験番号の紙が貼られた席に着いた。前方右から左へと並べられているらしく、揃って受験を申請した二人は少し離れてはいるものの、隣同士になっている。
特に何もすることは無く、暇を持て余した他の受験者の話し声を聞きながら、しばし、待つ。
十二時を知らせる鐘が鳴り終わる頃。ようやく、講習室の扉が開いた。
静かになった室内に、コツコツと革靴の踵が鳴る。
現れたのは、生真面目そうな男性だった。
年は二十代後半だろうか。色素の薄い金髪に黄緑色の切れ長の目、灰色スーツに銀縁メガネ。ネクタイピンには、目と同じ色の透き通った石が飾られている。手に持っている紙の束は、おそらく受験者に関する資料だろう。
男性は教壇に資料を置くと、受験者達へと向き直った。
「初めまして。私はスカッチェ・リーズノールと言います。今回の説明会と適性検査を担当する者です。よろしくお願いします」
受験者達を見渡しながら、簡単に自己紹介を済ませる。
「説明会と言いますが、簡単な最終確認です。呪認証を持っている方であれば知っていて当然のことしか言いません。適性検査もただの測定であり、皆さんが呪認証を取るまでに何度も使ったことがある形式のものです。ですので、あまり肩に力を入れずに、楽にして聞いていてください。……しかし。呪術師である以上は、心得として覚えておいていただきたい」
つらつらと並べられた言葉が、最後にひんやり、静かなすごみを含む。
「それではまず。呪術師の心得として知っておくべきことは、世界の構成とそれにおける分類、それから、呪術の種類と優位性です」
そして、呪術師としてのおさらいが始まった。




