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ガラス細工の蝋  作者: 酒園 時歌
一章一節 《兄妹》
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3-1.林檎の蜜はさざ波を奏でる

 呪術師協会の本部、通称『ギルドホール』は、大きな街グランテージの奥にある。


 普段は呪術師協会の本部が支部や各ギルドから来た依頼を呪術師に斡旋する場となっており、必要に応じて祓魔師(エクソシスト)の試験会場となったり、ギルドの集会場となったりする。今日は試験会場も兼ね備えているためか、受験者や受験者の様子を偵察しようとする者、他にもただ野次馬として見に来た者などが集い、いつもより訪れる者が多くなっていた。


 広く石畳が敷かれた敷地を囲むようにして、その建物は存在する。外観は城に近い市役所とでもいうのだろうか。周囲の建物よりもかなり大きく、離れたところから見ても一目でわかる程の存在感がある。


 そこから離れたところにある小さな広場の端、木陰の中。


 協会本部へと向かっていた兄妹は街に入るとそこのベンチに並び、早めの昼食を摂っていた。


 兄妹が手に持っているのは、人の腕――――の形をしたパンもどき。今朝狩ったばかりの、《血肉啜るケーキ(アブセントジョークブレッド)》の腕である。今ではかなり食べ進め、もう肘から下しか無い。手首から先はだらりと下がり、断面図側からは白が覗き、所々に赤が溢れている。


 兄妹はパンもどきを小さく千切った。赤いジャムもどきがはみ出るそれを、口へと運ぶ。


「「――――おいし」」


 満足げに表情をほころばせ、兄妹は咀嚼した。



 そして、兄妹が食べ終わり休憩している頃。


 ギルドホールの正面に佇む時計塔が、十一時を指した。


 人通りの多い街の中。


 突如として悲鳴や破壊音が聞こえ出したのは、悪魔が現れた合図だった。


 人々は逃げ惑う。悪魔が現れた場所から散り散りに、走って走って、道いっぱいに人の海で波を作る。


 呪術師もそうではない者も、同じである。悪魔と戦えない者達は、他を押し退けてでも我先に、と地を蹴る。突き飛ばされた幼い子供が痛みと恐怖で涙を浮かべようと、その子を抱きかかえようとしゃがんだ大人が蹴られようと、その波の流れは変わらない。


 他人のことなど知ったことではない、とでも言うように。自らの命を護るために、生き残るために、人々は逃げ惑う。


 相手は悪魔。人に害をなす存在である。


 小さな波が次第に大きく、大きく、大きく――――。



 兄妹がいる方向へと走ってくる人々が、徐々に増えていく。兄妹はその光景に悪魔の出現を察すると、互いに目を合わせて立ち上がった。


 何も言うこと無く、言う必要も無く。


 同時に、二人は駆けた。


 逃げる人々の流れに逆らって、騒ぎの元凶のもとへと向かう。


 次第にまばらになっていく人の波。悲鳴が遠ざかり、破壊音が衝撃を伴って全身に伝わり出した頃。


 抉れた石畳や砕けた建物の中心で、悪魔は力をふるっていた。


 見た目は林檎に近い。しかし、大きさは兄妹よりも少し大きく、色も通常の林檎のそれではなかった。目に痛い蛍光色の濃いピンク、いわゆるショッキングピンクの体躯に、同じく蛍光色の黄緑の目がギョロリと動く。ギザギザに割ったようにして広がる口は、大きく開いて(わら)っていた。


 その数、三体。


 手も足も無い体躯で、ぽむ、ぽむ、と飛び跳ねる。嬉しそうに、唯一喋れる言葉を吐く。


「ざまぁ」


「ざまぁ」


 互いに呼応するように、楽しそうに鳴く。


「ざまぁ」


「ざまぁ」


 下級悪魔、《涙にたゆたう不朽の実(ザマーポム)》。


 不幸な目に遭う人々を見て愉悦に浸るため、自ら進んで人々に苦痛を強いる習性を持つ。固有能力は特に無いが、習性により結果として、人だけではなくその周りに対しても積極的に破壊行動を行う。なかなかに面倒な悪魔である。


 ぽむ、ぽむ。軽快に愉快な音を立てて、主張する色が、弾む。


 ――――一転。


 今度は重く、硬い音が、地面に響いた。


 力強く跳躍したかと思えば、跳ねた箇所の地面が丸く陥没していた。その跳ねた悪魔を受け止めた衝撃でさらにヒビが広がり、巨体をより深く沈ませる。代わりに細かく剥がれた地面が浮き上がり、軽い音を立てて散らばった。


 別の一体も、地面を抉る勢いで飛び跳ね、近くの建物の壁を貫通する。そして最後の一体も、再び破壊行動に取り掛かった。


 三体の悪魔はあちらこちらへとその体躯をぶつけ、街を破壊していく。やりたい放題である。


 悪魔達から少し離れたところで、兄妹は並んで足を止めた。辿り着いた先にいた存在を見る。


 二人は予想通りの光景と予想外の幸運に、片手を低くハイタッチするようにして合わせた。


「兄様兄様、ボク達幸運、大幸運。朝に続いて昼までも、食べれる悪魔が目の前に」


「そうネ。邪魔が入らない内に、狩っちゃいマショ」


 兄妹は合わせた手をそのままに、外側の空いている手にマナを流す。


 黄色の光は日傘に、紺色の光は三叉槍に。それぞれ仮匣を具現化させると、合わせていた手を離し、構えた。


 一体はまだ建物の中で跳ね回っているのだろう。破壊音は聞こえてくるものの、今は二体しか見当たらない。


 同じ場所に固まった二体。ちょうど一体ずつで相手ができる内に、兄妹は悪魔達を仕留めることにした。


 駆け出したのはほぼ同時。石が崩れる騒音の中、かすかな踏み込みの音は掻き消される。


 しかし、他の人間とは違い堂々と迫ってくる兄妹の姿に、二体の悪魔は気付いた。


 一瞬、跳ねるのをやめる。一拍して、状況を把握した二体はよりいっそう口を引き裂き、笑みを深めた。


 ぽむ、くるり、一回転。


 二体は二人と向き合うように跳ね、体の向きを変えた。


 そして、一弾み。もう一度地面と接した時には、重く硬い音が響いていた。


 散らばる石畳の破片を残して、二体は二人へと、それぞれに向かって突進した。


 レムは迎えた一体に三叉槍を叩きつけ、自身を外側へと反らした。すれ違いざま、三叉槍を反対に回転させながら持ち変えつつ、刃の切っ先を下から掬い上げるようにして振り上げる。


 巨体の頭部を一閃すれば、その端をほんのわずか、皮に少し実が付く程度ではあるが、切り落とした。


 次いで、振り返って足を横に大きく広げる形で踏みとどまりながら、体勢を低くする。すぐさま横殴りに思い切り三叉槍を叩きつければ、巨体はいとも簡単に砕け散った。


 蛍光色の黄色の体液が、少量だが飛び散る。レムは三叉槍を片手で回し、その体液を払い去った。


 この悪魔の弱点は、欠けること。わずかにでもその身を失えば、下級悪魔にしては硬い身であれ、萎びてしまうのである。まるで、林檎が古くなり、水気を失ったかのように。柔らかく、脆くなるのだ。


 メロは両手の間に幅を持たせ、日傘を掴んで迎えた。手と手の間の部分に巨体を受け、後方へ斜めに傾ける。自身を外側へと反らす。すれ違いざま、日傘を無理矢理前へと回しながら、先端でぐりっと巨体の側面を抉る。切るよりも無骨に不格好に削れ、日傘が巨体から離れる頃、中身がわずかに掘り出される。


 悪魔の背後を取ることとなったメロは、その直後。一歩進んで足をとどめ、マナを再度日傘に流すと、その作用で自動的に日傘の留め具を外した。


 振り向きざま、両手を撫でるようにして日傘の持ち手まで滑らせ、揃える。日傘の流れを引き戻す。


 遠心力に従い、ふるう。


 遠ざかろうとする背中を横殴りに叩きつければ、悪魔の後ろ半分が砕け散った。


 次いで、メロは日傘を悪魔に向けたまま広げた。布地が飛び散ってきた蛍光色に濃く色付き、その色が持ち主にかかるのを防ぐ。


 くるり、メロは日傘に風を孕ませるようにして持ち上げ、肩に乗せた。かかった雫が一滴、布地に隠れた骨に沿ってつうと流れ、地面に落ちて飛び跳ねた。


 残りは、一体。


 レムが三叉槍を消して作り直す。メロも日傘を降ろし、消して作り直した。


 かかっていた体液が地面に落ちる。次の瞬間には、新品同様の武器が二人の手に甦った。


 ふと。


 そこで、メロは視界の端に映ったものに顔を向けた。


 自分達以外の人がいない中、わざわざ悪魔の出現地へと赴く人影。


 走ってきたのは、一人の青年だった。年は十代後半だろうか。夕闇の奥底に沈んだような紫がかった赤焦げ茶色の髪に、そこに呑まれるような遠くの月を思わせる色濃く深い金色の目。服装は茶系統を基調としており、首元のループタイには紫がかった赤色の透き通った石が飾られていた。


 ちょうど外に出てきた最後の一体の悪魔が見え、青年がその奥にいる兄妹に気付いた時。その表情は、若干引きつったようだった。


(呪術師……。じゃあ、祓魔師(エクソシスト)?)


 メロはその様子の他にも、瞳に映るすべての情報を基に、青年について想定する。


 メロの視界は、常人とは少し異なるものである。


 グリーンアップルの左目は、おそらく世界の本質を映すのだろう。いつからだったか、実際の光景を映すことは無くなった。様々な色が混ざり合った透明なマーブル模様がたゆたう中に、生物非生物問わず、すべての精神を持つものを別のマーブル模様として映し出している。また、呪術に関するものであれば、その姿は他のものよりも揺らぐ波が低く、固定化されて見えるものである。


 ちなみに、マナとして実際にも見える光は、本人が持つ複数の色の中で最も割合が多い色である。


 アイスブルーの右目は、実物を映してはいる。しかし、そのまま見るとなると、認識が不安定になってしまうのだ。景色ははっきり在るというのに、存在感が薄いとでもいうのか。長時間見る程に、集中して見る程に、自分がどこにいるのか、自分がそこに存在しているのかすらも怪しく思えてしまうような。取り込まれてしまうような錯覚に陥る危険性があるのである。


 そこで、応急処置として必要になったのがモノクルである。


 例えば、カメラは使い手によっては世界をそのまま(・・・・)に写す。人が目や脳を媒介として見る間接的に認識できる世界ではなく、目に見えないはずのものまで、ありのままの世界を曝け出す。それは目でも脳でもなく、カメラのレンズを通しているからである。


 モノクルのレンズもそれと同じ役割を担うため、メロの視界を補助し、認識のズレを中和させることができるのである。


 多少扱いづらいものではあるが、個人が個人たりえる証として、マーブル模様の色や形、揺らぎ方で個人を特定できる、便利な目である。


 あとは、感情の高ぶりによる揺らぎ方の変化や呪術を使う際に本人の内部で(うごめ)くマナの濃淡などで、それらを予兆として、その存在の行動を予測しやすいことが利点である。


 ただし、モノクルが無ければ実物と本質の境目が中途半端に融合しているかのように不安定に見えてしまうため、実際に起きることの詳細を認識しづらくなってしまうという難点もあるが。


(わぁ、来ちゃった)


(来ちゃった)


 メロは後ろを振り向くと、後方にいるレムと目で会話した。そして、再び青年を見た。

【補足】


 名称について。

  元ネタの言語は英語の場合が多いですが、語感の都合で複数の言語が入り混じることも多いです。

  そこは、発音も含め、よくある「英語+日本語」のようなノリでお願いします。

  例)

   血肉啜るケーキ

    :アブセント(英)+ジョーク(英)+ブレッド(英)

    →不在の戯言パン

   涙にたゆたう不朽の実

    :ザ(英)+マー(仏)+ポム(仏)

    →林檎の海

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