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ガラス細工の蝋  作者: 酒園 時歌
二章二節 誘われましては、口づけされた言葉より。

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39/52

3.

 時は少し遡り。


 オークション会場、裏口。


 眩い程豪奢な表口とは違い、そこは明かりも点いていなかった。左右に続く廊下は広く長く、連なる大きな窓から差す青白い月明かりだけを頼りに、ぼんやりと浮かび上がる。月明かりの届かない高い天井の方は、真っ暗である。


 しかし、窓に内側の光景が反射しないため、芝生が敷かれた広い庭と、その先に並ぶ植木がよく見える。外にもまばらに警備の者がおり、ある者は背の高い植木にもたれ掛かり、あるいは、その影に隠れるようにしてしゃがみ込んでいるのが見て取れた。


 そこに、一人の騒ぐ声が集団の影を連れて、格子状に切り抜かれた明かりを乱していく。


 それは先程キールと口論をした男性を初め、十人足らずの集団だった。


 口論の熱がぶり返した男性が、道すがら、後方の部下達を見もせずに一人、喋り続ける。


「まったく最近の若者は。まともに人の話を聞かないし年上を敬いもしない。大体、まともな所属チームも無くあの年で二ツ星以上っつーことは、まともな専門校にも行ってないんだろ。朧星のガキ共もそうだ。ハッ。それじゃァ教養も何も無いよなァ。お前らは俺が育ててやったから、こうやって二十そこそこで二ツ星になれたが……あんなのは大方、階級が上の奴に引っ付いておこぼれを貰って成り上がったんだ。そォんなのは実力じゃァないぞ? すぐに死ぬ。なんなら今日にでもだ。身の程も知らないからそうなるんだよ。そうだろ?」


 そう言って後方へと振り向き、っはっはっは、と上機嫌に嘲笑いながら再び前を向く。


 一番近くにいた青年は「はぁ……」と曖昧に頷き、他の部下達はわずかな愛想笑いで応えた。相手の意に反する言いたいことがあっても、実際にチームの一員として世話になっている面があるから、と引け目を感じ、なかなか言い出せないのである。それが相手の意を肯定しているのだと判断され、横暴さを助長する要因にもなるのだが、言ったところで聞き入れられるかはまた別で、そちらの方が面倒だったりするのだから厄介である。


 キールに目を付けられた青年は頷きながらもその迷いを色濃くし始めたが、それでもまだ、自分から口を出すには至らない。


 そうしている内に、先に配置されていた数名の警備の者達と合流した。


 一旦話を終えた男性が、相手方に自分達が今回雇われた派遣呪術師であることを伝え、雑談へと切り替えていく。


「ああ、いや何、どうしようもない生意気な奴がこの依頼を受けたようでしてねェ」


 先程何を話していたのか聞かれた男性が、待ってましたとばかりに嬉しそうに応える。


 青年達は楽しげなその声を聞き流しながら、気を反らすように周囲を見張ることにした。


 とは言っても、男性の喋る声が闇に吸い込まれると思える程に館内は暗く、外も月明かりに照らされてはいるものの、まるで静止画のように、何の動きも見せない。ここまで変わり映えが無いと、ちょっとした異変にも気付きやすいのだろうが、どこか、大きな世界に小さな自分達がぽつんと取り残されているかのような、侘しい感覚をも感じさせられた。


「――――お前もそう思うだろ?」


「えッ!? っあ、はぁ……」


 急に肩に置かれた手と掛けられた声に、青年は肩を跳ねさせた。


 遠退いていた雑音が戻ってくる。遅れて、青年は男性の方へと振り返った。


 男性は既に青年を見ておらず、再び警備の者へと顔を向けていた。


「ウチのは素直で覚えも良いからなァ。俺が育ててやれば、五年もせずに二ツ星ですよ」


 対象を褒めているように見せかけて、他者を貶し、自分の目利きと育成力を自慢する。それで他者から恨まれるのは対象となるのだから、理不尽なものである。今回はその他者が現場におらず、いたとしても恨んでくるどころか貶してきた本人を煽るのだろうが、聞いていて不快なことには変わり無い。


 青年は男性の後ろ姿を見ながら、ふと今までのことを思い出した。


 そういえば、この人自身を自慢するための駒としてなら大事にされ、散々恨みを買わされた上でその対処を丸投げされてきたが――――自分自身は、きちんとこの人物から独立できるのだろうか。この人が、便利な駒である自分をそう易々と手放すだろうか。もし、チームを出ることができたとしても、昔は世話をしてやったのだからと、纏わりついてはこないだろうか。都合良く、良いところだけ、粘着質に――――。


 青年は、少しの不安を抱いた。


 下に付く相手を間違えたか。かと言って、今更無かったことにはできない。この人から完全に逃れるには、それこそ、これからを無い者に、亡き者にでもしない限りは――――。


 思考が、内側へと渦巻いていく。外側の光景が、見えているはずなのに把握できなくなる。


 ハッと我に返ったのは、目の前で、キラリと何かが光って見えた時だった。


 それは、一瞬のことにも思えた。


 ぶつり、と声を断ち切るように、一拍の静寂。


 次いで、男性の頭が首から離れ、弾かれるようにして飛ぶ。


 あらゆる方向から、一斉に大量の血を浴びせられた。


 浮上した思考が停止する。


 状況を把握できた時には既に、等身大程もある血濡れの鏡の破片が何枚も、周囲に浮かんでいるところだった。辺りに鈍い音を立てて転がったのは、自分以外の、首や胴体が完全に切断されて絶命した者達である。

 周囲の鏡に映る外の景色に、一陣、強く風が吹く。立て掛けられていた(・・・・・・・・・)者達の服がはためく。それに引っ張られるようにして胴体が傾く。そして頭部が揺らいだかと思うと、ころり、地面へと転がっていった。


 首に、鋭く冷たい感触。それが小さな鏡の破片だということは、見なくても理解できた。


 夜空を背景に、鏡越しに。青年は、ペストマスクのナース、ミトノレと目が合った。


「ねぇ。貴方、コレのお気に入り?」


 囁くように、優しく誘うような声が、耳元で聞こえた。


 ミトノレが甘えるようにして、青年の片腕を抱くように自身の片腕を絡ませる。青年の肩に、見上げるようにして、ペストマスクの(くちばし)部分が乗せられる。その反対側からは、ミトノレの持つ鏡の破片が擦り寄るようにして、そうっと青年の首をなぞった。


 つぅ、と、薄く裂けた皮膚からわずかに血がこぼれ、ぷくりと小さな玉になる。すぐに形を崩し、青白く照らされた肌を、影よりも濃い色が下へ下へと伝ってゆく。


「じゃあ、警備の配置とか人数とか、聞いてない? オネーサンに、教えてくれない?」


 ふふふふ、と、微笑み慈しむような、秘め事を楽しむような小さな笑い声が、転がるようにして鼓膜をくすぐった。


 一体どこから。天井側にでも隠れていたのか。鏡に影を映して、それに隠れて、闇に紛れてでもいたのか。


 一体どうやって。外の警備の者達は気付かれない内にやられていたのか。鏡で映した景色を死角に、こうやって一掃してから、組み立て直したとでもいうのか。


 一体いつの間に。いつから。自分達は、この人物の手中で踊らされていたのか。


 ――――まさか、最初からか。


 いきなりのことに、青年の表情は追いつかなかった。


 しかし、その目には、確かな怯えが宿っている。目の前のことで頭がいっぱいで、目の前に見える背後にいる人物から目を離せない。身動き一つできない。こんな状態では、相手に感情を悟られるのも容易いだろう。


 それをわかっているのか、ミトノレは楽しそうなままの、もはや上機嫌にも聞こえる声色で催促した。


「はーやーくぅ。教えてくれたらぁ、貴方だけ、特別に、見逃してあげてもいいわよぉ?」


 下手な動きをすれば死ぬ。抵抗どころか、身じろぎ一つで首を掻き切られるかもしれない。


 警備の配置や人数は、青年も大まかにならば知っている。が、正直に話したところで、本当に見逃してくれるかは怪しい。そもそも言うつもりは無いので、それは杞憂であるのだが。


「……し、知らない……」


 小さく呟くように、青年は声を振り絞った。


「えぇ~? ほんとぉ?」


 絡み取られた腕が、柔らかい感触に包まれる。そこを辿るように、するり、と下りてゆく指が二本、青年の手首の内側を撫でる。そのままお互いの手の平が合わさり、指が相手の指と指の間に入り込む。


 細い柔肌が、甘えるように優しく握った。


「ほ、本当だ……! 俺はただの下っ端の一人で、たまたま近くにいたから、話し掛けられただけで……!」


 青年の言うことは、あながち嘘でもない。


 青年は『男性の自慢に使える部下』の一人であり、もし別の同条件の部下が近くにいれば、話はその人に振られていただろう。今回の依頼の募集条件からして、ここにいる部下達ならば、誰にでもその機会はあったはずである。ただ、気に障る同業者と青年に接点があったから話を振られやすくなり、必然的に近くにいたというだけで、本来ならば、誰でもよかったのだろう。


 『お気に入り』などという特別なものは無い。思い返せば、これまで、たった一度たりとも、『チームの一員』という有象無象から出ることは無かった。青年は、そう自負していた。


 ――何か別の目的があって仕方無く言いなりになってる、って言われた方がまだ納得するよ。


 ふと、待合室で言われた言葉を思い出す。


 目的。しいて言えば、『認められたかった』のだろう。相手に期待されようと、相手に期待し過ぎていたのだろう。どうやら、自分もそんなことに執着していたらしい。たとえ、この人に認められたとしても、だから何だというのか。自覚してしまえば、くだらなくも感じられた。


 だからこそ。チームを失った今、『たった一人』となった自分すらをも、青年はチームの役割を果たす『駒』にすることを決めた(・・・)。それで死ぬとしても、自らがチームの名を汚すまいと、『チームの一員』として、役割をまっとうする。


 それが、『自分』だからだ。変えられなかった『結末』だからだ。


 これは――――今までの自分としての、『ケジメ』だ。


 そう覚悟した青年に後悔は無く――――瞳に宿る怯えの色も、決意に塗り固められた。


「……ふぅん。そう。ざぁんねん」


 少しもそう思っていなさそうな、どうでもよさそうな声色で、ミトノレはそう言った。


 静かに青年の腕の拘束が解かれ、首に触れていた冷たさも離れる。


「、えっ、」


 予想外のことに、青年は思わず、拍子抜けした声を漏らした。


「知らないならしょうがないわよねぇ」


 あっけなく、ミトノレが青年から離れる。一歩退がる。青年は鏡越しにそれを見て、疑いはしながらも、わずかに警戒を緩めた。


「いいわ、見逃してあげる」


 その表情はペストマスクで見えないが、まるで敵意が失せたかのように、両手は下ろされている。そして、もう用は無いとばかりに踵を返したミトノレの正面が、背後の鏡に映った。


 青年は鏡越しの鏡越しにそれを見て、戸惑いに言葉を続けた。


「え、……と、」


「なぁに? やっぱり、一人ぼっちは嫌? 皆と一緒に死にたいの?」


「あっ、いや……!」


 鏡越しの鏡越しに、こちらをじっと見つめているのだろう。そのペストマスクからは真意が読み取れないが、他に何をしてくるということも無い。


 こうして呼び止める形になっても、何も、されない。


 ということは、本当に助かったのだろうか。


 ――――生き延びた。


 そう実感したことで、青年は肩の力が抜けるのがわかった。


 ほっと、安堵の息がこぼれる。ようやく囚われていた視線を相手から外すことができ、瞬きと共に下を向く。


 その時だった。


「――――なぁーんて、」


 楽しそうに浮つく、高い声が聞こえた。


 ミトノレがくるりと見下ろすように振り返り、ながらの一閃。指揮者のように、鏡を持つ手が空を切る。


 そして、音も無く。ミトノレの背後になった鏡が、上空へと翻り――――滑るようにして、一直線。小さな軌道を大きく上書きするように、青年の背を首から腰へ、深く切り裂いた。


「姿も声も知られたのに、生きて返すワケ無いでしょぉ~?」


 大量に血が噴き出す。切断まではされていない故に青年の意識はまだ続き、受け入れがたい現状を理解しようと、困惑で埋め尽くされる。


「……ぁ、なん……で、」


 何故、結局は殺すのに、わざわざ希望を持たせたのか。弄ぶような戯れ事をして、何か意味があったのか。そんな疑問が脳裏を駆け巡った。


 同時に、自分の『死』を悟る。


 助かったはずなのに。一度そう思ってしまえば、覚悟は欠落し、決意は崩壊し――――再び、『生』への執着が湧いてしまった。


 不可解を塗り潰す絶望の色が、恐怖よりも濃く深い感情が、青年の目を一色に染め上げた。


「――――そうそう、その色」


 満ち足りて掠れた、吐息のように。全身から這い上がってくる甘い痺れに、愛しさに濡れた声色が、舌先を転がりこぼれ出た。


 青年が崩れ落ちる最中、最期に鏡を見上げた先で。


 愛しいものを見るような目が、アイピースの奥で細まった。


 床に叩きつけられる鈍い音も、跳ねる水のような音も、そのすべてが自分とは関係の無い外の世界のことのように。ミトノレは、見上げてきた目だけに陶酔していた。


 訪れた静寂の中、深く深く、余韻に浸る。


 すぅ、と漂う鏡が、ミトノレの周りで何枚も向かい合い、代わる代わる姿を変える迷宮と、そこに閉ざされた一人を映す。静寂の空間を一枚に断ち、幾重にも重ね、反らし、延々と続くような手の届かない虚構を組み替えていく。


 そして、その内の一枚がミトノレの前に出てきたかと思うと――――ミトノレが腕を払うようにして横へと伸ばした、その先へと一直線。滑るようにして飛んでいった。


 集団が来た方向とは反対側。長い廊下の先。


 月明かりも届かない暗闇から、真っ赤なリボンが一本、月明かりの(もと)へと躍り出た。


 鏡にぶつかるよりも早く鏡を囲み、一瞬にして縦に横にとラッピングの花を作るようにして何重にも巻きついて、暗闇に入る前にその動きを止める。


「あら。見えないと思ったんだけれど」


 シルクのようになめらかに、するりとその声は入ってきた。


 コツ、と小さいはずのヒールの音が、大きく反響して聞こえた。


 青白い空間。お辞儀をするようにして斜め下を向く鏡の、縛りつけるリボンの隙間に一歩、目の覚めるような真っ赤な靴が映る。そこから、黒に包まれた脚に巻きつく真っ赤なリボンが、続いて喪服のようなスカートの端が、映り込んでいく。


「気配……いえ、視線に敏感なのかしら」


 ミトノレが目で鏡を追うように、視線を向けた先。


 月明かりの中に現れたのは、付けていた仮面を片手に、それを腰の装飾にツルを差し込んで提げ、薄暗い中でも冴えるドレンチェリーのような、澄んだ真っ赤な目でミトノレを見る女性――――チェリスだった。


 ミトノレはその姿を見ると、ペストマスクの下で、ふんわりと笑みを浮かべた。


「ふふ。貴女、綺麗な目をしてるわねぇ……」


 柔らかく、優しく撫でるように、唇が紡ぐ。


 それは夢見心地のようにうっとりとした、とろけるように甘い声だった。



          *



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