4.
祭の賑わいとは一変。
人気の無い、まるで忘れ去られたかのように閑散としている街の一角の、連なる建物の影に覆われた薄暗い通り。
その中に潜むように、六つの人影が揺らいだ。
まるでカラスが死肉に群がり啄むように、それぞれ姿形は違えども、揃ってボロにも見える服装でペストマスクを付けた面々が、輪になるようにして向かい合う。
その内の一人、黒いつば広帽子とガウンに身を包み杖を持つ、オーソドックスなペスト医師の格好をした三十代半ば程の男性が、赤いアイピースを反射させた。
そして、大仰とも言えるまでに落ち着いた、余裕のあるゆったりした態度で話し出す。
「皆さん。昨夜と先程の騒動で、この街にいる呪術師の能力や戦術は粗方見ましたね。今夜のオークションの警備に就く者の中には、これらに参加した者もいることでしょう。厄介そうな者もいましたが、ごく少数。その者達が警備を兼任していたとしても、これであちらのタネは割れたわけです。どのグループがどう動くのかも、ある程度は把握できたかと思います。それに対し、我々は何も見られていない。見せていない。オークション関係者は表の騒動にはほぼ関与しないので、手の内が未知数ですが……寄せ集めが必要な程度、と考えていいでしょう。その中から夜の警備に回る者がいたとしても、大方が宝物庫側です。そして、他の場所の警備は寄せ集めで補う程度となる。何故か? 優先的に厳重にされるのが宝物庫の方だからです。何故か? 人よりも宝物庫の方が、中にある品の方が大事だと思われているからです。嗚呼、なんと、なんと――――」
「ドクター・ウィリアム。嘆くのは後にしましょう。今は、最終確認を」
感情を昂らせようとする似非ペスト医師に口を挟んだのは、教師然とした、きっちり整った服装と姿勢の二十代後半らしき男性だった。
名前を呼ばれた似非ペスト医師、ウィリアムははたと止まると、一息置いて落ち着きを取り戻した。
「……嗚呼。そうでした、そうでした。これは失礼、シエオルさん。皆さんにも、お見苦しいところを」
「いえ。大丈夫です。心中お察しします。ですので、ここからは、私が」
わざとらしい程落ち着いた声色で申し訳無さげに詫びるウィリアムに、教師然とした男性、シエオルは慣れた様子で応えた。そして、ウィリアムの代わりにと言葉を続ける。
「わかっているとは思いますが、では皆さん。今回のオークションには《笛吹き》から予告状が届きましたからね。普段よりも警備は厳重となり、野次馬も増え、それに伴い人が多くなる。《笛吹き》を名乗るだけで、それ程の人が集まるのです。我々の狙いはそこにあります。ええ、我々が狙っているのは集まってきた人々の方です。宝物庫の方も狙いはしますが、それはそこに割かれたあちらの戦力を削ぐことが主な目的。オークション側の囲いの者は、オークションに出品されるものを求めて来た人々とは違いますからね。ただの戦力が、わざわざ固まってくれるのです。そこをまとめて処理するのが貴方達の仕事ですよ聞いていますかギーカニーツ君。ここが大事ですよ本番で出ますからね」
「わァーーーーーーってるよ!!」
自分に向けられた視線と捲し立てるような言葉の羅列に、ギーカニーツは鬱陶しそうに、声を被せるようにして言い返した。シエオルが終盤一息で指摘したのは、機械技師のような作業着を着崩した、ガタイの良い二十代半ば程の青年だった。
実際、ギーカニーツは話をほぼ聞き流していたので、名指しされてまでの指摘はより面倒に思えた。ペストマスクを付けているのにその機敏が知られたのは、日頃の行ないが原因だろう。
『貴方達』と括られた内のもう一人、薬剤師のように白衣を羽織った、ひょろりとした二十代半ば程の青年は、また始まった、とばかりにそれを静観してやり過ごすことにした。自分も聞き流す態勢でいたが、先に矛先を向けられるのはいつもわかりやすいギーカニーツなので、正直気楽なものである。
「つーかシャクザハにも言えよ! いっつもオレばっかり!」
とばっちりに巻き込まれるのは頂けない。名指しついでに差してくる親指を受け取ったからには、黙ってこちらも親指を振り下ろしておくことにする。
そんな中、言い争いが始まれば長引くと思ったのか、新たに若い女性の声が割って入った。
「とにかく~。私とカンノはぁ、ドクター達が処置してる間、寄せ集めを処理していればイイんでしょぉ?」
とろけるように甘く、ふやけるように柔らかく、それは幼子をあやすように優しく、しかし自分本位に。稚拙で未熟な妖艶をちらつかせる声色が、静かに這い寄った。緩く両肘を抱えて小首を傾げたのは、ナース服に似た格好の二十歳前後らしき女性だった。
「正確には、『ドクター達の邪魔にならないように外から余計な人達を近付かせない』ってことだけど」
どうでもよさそうながらもついそう付け足したのは、白いワイシャツに手袋、黒いベストとネクタイにズボンに靴、とほぼ黒尽くめの格好で、さながら納棺師のような風貌の二十代前半だろう青年である。
「カンノ細かぁい」
「ミトノレが大雑把なんだ」
ナース服の女性、ミトノレが見もせず溢す苦言に、納棺師のような青年、カンノは同じように応える。
「やるコトは同じじゃなぁい」
そう、ミトノレがさらに言い返したところで、そこにシエオルが指を差した。
「いえ。目的と手段は明確に分けるべきです。手段にしか意識が向かず目的が疎かになったら、元も子も無いでしょう」
「ほらぁ、シエオルに目ぇ付けられたぁ」
「自分の失言のせいだろ」
目線は確かにシエオルに向けてはいるものの、意識は互いに向き合ったままに、二人は面倒そうに言い合った。
ことの始終を見守っていたウィリアムが、一人納得するように、何度も頷く。
「嗚呼、仲が良いのは良いことです。日頃から互いを意識し、想い合う。まさに、生きている実感を得られる英断。実に素晴らしい……」
五人からしたら語弊しか無い気もするが、まあいいか、と自分達のリーダーの声に耳を傾けることにした。何と言おうと、自分達の行動原理は、結局はこの一人に煽られて動くのである。
「嗚呼、嗚呼、皆さん。それでは行きましょう……。《笛吹き》によって人は集まった。ならば、《笛吹き》によって人は連れ去られるべきです。我々は、《笛吹き》を名乗る身。故にこそ、我々の手で集う人々を救って差し上げねば」
慈悲に満ちた声色が、その場で使命感にも似た衝動をゆったりと波立たせる。
「これは『収穫』と『死』の祭。『死』を身近に感じるからこそ『生』を実感できる。つまりは『死』無くして『収穫』無し。それを忘れないための祭です」
生きているのが当たり前で、生きている内にある喜劇も起きて当たり前。人々はそう考えるが故に、『特別』以外の日常的に起こる事象をまるで空気のように、存在しないも同然とばかりに、認識の外に置くものである。その棄て置かれたささやかな幸せを認識させるには、『死』を感じさせるのが一番有効とされる。何故なら、絶望があれば希望、もとい幸せに縋るもので、終焉があれば今までを振り返り、幸せに浸りたいものなのだから。
――――これが、この祭の元となった主な思想である。
また、『収穫』とは『死』が無ければ成り立たない、というところからも来ている。代表的なものでは、『麦の収穫は麦を刈りその死を伴って成り立つ』、『蜘蛛の子は母が父を喰らって成す』、『他者の命を喰らう食事は必要不可欠な生命活動である』、などという例が挙げられる。つまり、何かを得るには別の何かを犠牲にしなければならない、という戒めである。これは前述の思想にも関係し、『死』を以って『生』を実感、転じて、初めてにして改めて『過去の生』を受けることに繋がる。
「ならば、それに相応しい施しを。……催しを」
落ち着き払った声色が、想いを馳せるようにして喉を撫でる。
空を見上げ反射する赤いアイピースの奥で、慈悲深く歪む目が、穏やかに笑った。




