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ガラス細工の蝋  作者: 酒園 時歌
一章二節 机上の寓話

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2-1.薔薇にリボンを

 左手には中庭が見える窓が並び、右手には闘技場へと続く扉が並ぶ。闘技場は広いらしく、その扉と扉の距離は長い。


 メロは最奥、突き当たりまで行くと、最後の扉に向き合った。扉に打ちつけられているプレートを見る限り、ここが指定された闘技場なのだろう。


 壁際で待っていると、その扉が開いた。


 中から出てきたのは、華やかな印象を受ける、凛とした目の女性。チェリスだった。


 上品な笑みを浮かべて、チェリスは口を開いた。


「えーと、メロさんね?」


「そうデス」


「私、今回の試験官を務めるチェリスよ。今日はよろしく。さ、入って」


「ヨロシクお願いしマース」


 促され、メロはチェリスの後に続いて闘技場に入った。


 中はやはり広く、百メートルはあるだろうか。奥の隅に紙の束――受験者に関する資料――が積まれた長机が一つある以外、何も無い殺風景な部屋だった。扉の間隔からして広いだろうとは思っていたが、入ってみれば、奥にも長いようである。これならば、思い切り呪術を使ったり動き回ったりでき、存分に実力を発揮できるだろう。


 少し進むと、チェリスが立ち止まって振り向いた。メロもそれに合わせて立ち止まり、向かい合う。


 何かと思えば、チェリスは試験についての説明をし始めた。


「試験内容は知っての通り、私との対戦よ。あくまであなたの戦闘能力を見るだけだから、私に勝つ必要は無いわ。能力すべてを曝け出す必要も無いから、どこまで実力を出すかはあなた次第。でも、当然、一定以上の実力が認められなきゃ不合格になっちゃうから、そこらへんの匙加減は気を付けてね」


「はぁい」


「あと、この試験は『次元変換』を使うから、遠慮はいらないわ。殺す気で来て」


「はぁい」


 平然と、何でもないことのように二人は言った。


 次元変換。


 肉体を共通世界と固有世界の中間点という別世界のものへ変換することにより、その世界、『仮想空間』を使えるようになるための技術である。


 仮想空間とは、共通世界と重なるようにして平行する、共通世界を模したような空間である。使用すれば、共通世界からはそれまでと変わらず目視できるが、直接触れることなどはできない。主に呪術の対人戦の訓練などで使用されるものであり、専用の呪介を使うことで、対象となる者達が一つのグループとして一つの仮想空間にまとめて介入、つまりは転移することになる。仮想空間への介入を終えれば、その仮想空間及び仮想空間にいた者はいくら壊されていようとも、介入前のように、元通りに修復される。


 そこは、固有世界からの影響を濾過(ドリップ)する役割を持つ、意思を持つ者のいない、形だけの模倣の空間と言われている。意思のある異物――この場合は介入者――に適応して変形する必要が無くなれば、元の状態を維持しようとするのだろう。


 ちなみに、仮想空間は同じ場所でもほぼ無限に存在するとされている。が、同じ場所に別空間の者の存在が重なった時の影響や危険性を考えて、仮想空間全体の中での場所の重なりが起こらないように、呪介の設定は調整されているものである。


「範囲はこの部屋全体。解除条件は、試験官が任意で解除するか、試験官と受験者どちらかの肉体が死んだと判断された時、それか、二十分経過した時ね。試験時間は、長くても十五分まで。それまでに合格基準に達すれば終わりよ。平均時間としては、だいたい十分くらいね。……ここまでで、何か質問あるかしら?」


「大丈夫」


「そう。じゃあ、始めましょう。呪認証、出してもらえるかしら?」


「はぁい」


 メロはポケットから呪認証を取り出すと、マナを流し込んだ。チェリスもポケットから呪認証を取り出し、同じくマナを流し込む。


 二人はそれぞれで呪認証から現れた半透明な画面を操作すると、『仮想空間』の画面から自分の呪認証番号の下にある大きな枠の中、一番上にぽつんと一つある相手のものらしきそれを選択した。相手を登録してあれば名前で表示させることもできるが、初対面の二人は番号でしか表示されないのである。相手の番号を表示するためには、相手が情報設定を非公開にしておらず、かつ、相手の設定した範囲に入る必要がある。しかし、二人は特に問題も無く、滞り無く確認画面まで行った。


 空間の広さや解除条件を決められる一人が『親』となり、他の参加者は『子』としてその親のグループに入るかを選択できる。今回はチェリスが親、メロが子として参加名簿に並び、チェリスが言った通りの条件がその隣に表示されていた。


 チェリスはメロの資料にあった番号をそれで確認すると、こくと頷いた。


「大丈夫ね。実行しましょう」


「はぁい」


 二人は画面の隅にある実行の文字に触れた。それに反応して画面が消え、カードが淡く光る。そして、二人の体に変化が起き始めた。


 肉体が抜け落ち、中の芯が空間と一体になるような感覚を得る。そして肉体の間隔が戻ってきて、元通り、違和感の無い状態へと回帰する。見た目は変わらないが、体が作り変えられているようなものである。


「よし、っと。試験は遠距離から始めるわね。ちょっと待ってて」


「はぁい」


 二人は言葉を交わすと、呪認証をポケットにしまった。


 チェリスは部屋の奥まで歩くと、くるりと振り返った。蕾がゆっくりと開花するかのように、スカートがふわりと空気を孕み、広がる。


「さ、始めましょう」


 チェリスは笑みを携え、閉じようとするスカートの両端をつまんで、お辞儀した。


咲き誇る舞踏者(クローズド・ローズ)


 チェリスの足元から、余分な部分の『現実』がチェリスの『世界』に合わせて作り変えられていく。


 まるで粉々に割れるかのように、赤い靴が消える。割れたガラスの上を素足で歩き赤く濡らすかのように、脚は下から上へと塗られていく。そうしてガラスでできた赤い靴(・・・・・・・・・・)が、最初にその姿を現した。見た目は普通の靴であるそれから、今度は長く続くリボンが、しゅるしゅると太ももまで巻きついていく。最後は外側高く、包装の仕上げをするように結ばれる。斜めのボーダー模様に見えるリボンが、スカートの中でその端を揺らした。


 変形した靴からリボンの部分が、彼女の、独立型としての能力の形である。


「どこからでも、どうぞ」


「それじゃ、遠慮無く」


 佇まいを直したチェリスに、メロが応えた。


 下げていた両腕をまっすぐそのまま、ゆるりと腰辺りまで上げる。聞こえるか否かという小さい音を立てて、袖の中から、いくつものステンドグラスのナイフが流れ出てくる。刃先を下に向け、まるで糸で操られているかのように連なり、誘われるように自在に宙に浮かぶ。


 それらはメロの周囲で上へ下へと輪を広げ、幾重ものカーテンのように取り囲んでいった。


 しゃらしゃら、しゃらしゃら。耳触りの良い透き通った音を立てて、無数のガラスが擦れ合う。離れ、広がる。ささやかに鳴る音が、溶けるように消えていく。


青林檎の夜露(スリープ・ドロップ)


 渦を描いて広がるガラスの波を出し切ると、メロは両腕を下ろし、ふと、右手を軽く振るった。


 前の一番外側、中央の横一列の刃先が、揃ってチェリスに向く。


 直後。


 メロの手の軌道を追うようにして、一斉に放たれた。


 上下を断ち切るような、一閃。チェリスは横へ跳び、その一列を躱した。


 見たところ、単純で距離もあり簡単に避けることができるこの一撃は、誘導と様子見のためのものだろう。チェリスはナイフの一列とすれ違うと、メロのもとへと駆け出した。


 メロの周辺を漂うガラスのカーテンが、流動的に形態を整える。そして、次の一列がチェリスへと放たれた。


 メロは変わらず、右手をタクトのように軽く振るう。ナイフの列は楽譜から引き剥がされた音符のように、ガラスのカーテンから放たれる。


 真横に、斜めに。まとめて、バラけて。まっすぐな列で、蛇行した列で。避けた先を遮るように、逃げ道を誘導するように。


 チェリスは避けるだけでも、『動かされている』と感じていた。


 目の前、上段に迫る横一閃をかがんで避け、そのまま前へと突き進もうとすれば、下段に放たれた横一閃を避けるために両足を地から離す。そこを狙った一塊を、地に足が着いた直後に斜め前に跳び、回避する。その後を追うように、時間差でナイフの一列が床に突き刺さっていく。チェリスが向かう先では斜め縦に一列、行く手を遮る。


 チェリスは一旦前進を諦め、次に踏み込んだ力を外側へと蹴り出すように、急な方向転換、Vの字で後方へと大きく跳んだ。


(……動きが読まれてる? 初対面で?)


 チェリスはメロを視界から外さずに、思案した。


 いくらなんでも、メロの対応は早過ぎる。何の事前情報も無い相手、しかも変則的な能力を持つ独立型の動きを初対面でここまで的確に先読みできるなど、そうできることではない。ましてやチェリスは、自身の機動力には自信があった。自分が反応した後に繰り出される対応であれば、避ける程度ならば余裕でできると、感じられる程に。


 だが、メロの場合は、チェリスがする次の反応に合わせるかのように、次の攻撃に転じていた。チェリスですらぎりぎりの対応となり、チェリスでなければどこかで必ずつまずくと思える程、メロの対応は早かった。


 この対応は、経験からくるものではない。そうであると言い切るには、『経験由来の予測による対応』の範疇を越えていた。不自然だった。


(この子の能力かしら)


 チェリスは考えながら、再び踏み出した。


 今、メロに残されたガラスのカーテンは、かなり薄くなってきていた。放てて、あと二、三発が限界だった。


 チェリスはそのすべてを避け切り、無防備となったメロへと迫る。


 これでおしまいか。あるいは、この後にも何か策があるのか。


 近づいてきた距離で、メロは振るう。


 ――――左手を。


 軽く放り投げられる軌道に乗り、左腕の袖から、別の形のステンドグラスが数個、ふわりとチェリスの周りを取り囲む。


 黄色の、角錐が一点から無数に生えているような、星を思わせる塊のステンドグラス。大きさは片手からはみ出る程だろうか。ゆるりゆるりと自転し、その内側を光に反射させる。


 チェリスがその星に取り囲まれた時には、メロは左手をそのまままっすぐにチェリスへと伸ばし、銃の形にしていた。


星屑の葬儀(トゥインクル・ペンタクル)


 くるりくるり、星は自転する。


 きらりきらり、星は主張する。


 一瞬の間。


「――――〝祝砲(バン)〟」


 メロの唇が、紡いだ。


 直後。


 星は一斉に破裂した。破裂の直前に自転の速度を限界まで高め、散りゆくカケラをすべて囲いの中央へ、チェリスへと向けられるように、弾けた。

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