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ガラス細工の蝋  作者: 酒園 時歌
一章二節 机上の寓話

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1.噂の二人とうなされる気配

 ギルドホールの内部。本部所属の会員達が集い事務処理に追われる、とある部屋。主に悪魔の討伐や犯罪組織への対処などといった危険度が高い依頼について取り扱い、必要に応じて祓魔師(エクソシスト)に緊急の連絡を入れたりする、『ガイド』の役割を担う人達の作業場。


 スカッチェは先程終えた適性検査の資料を一部片手に、自分の机へと向かった。その近くの机には、これから昼休憩に入る自分とは違い今まで休憩していた二人が向かい合っている。


 向こう側に座っている女性は近づいてくるスカッチェに気付くと、目の前にいる青年を避けるように軽く体を傾け、その姿を確認した。青年も女性のその動作を見て、のけぞるように後方を確認する。


 女性の名は、チェリス・シンダーレット。


 年は十代後半。昼の柔らかな日差しを受けたようなクリーム色の髪はふんわり、顎辺りまである。まるで甘く透き通ったドレンチェリーのような真っ赤な目は凛としており、その表情にはどことなく上品な笑みが浮かんでいる。服は赤地に黒のフリルをあしらったミニスカのドレスに、ヘッドドレス。黒の長手袋とタイツが四肢を覆い、リボン付きの赤いヒールの靴が脚を飾る。首元に揺れるのは、目と同じ色をした透き通った石である。


 対面する青年の名は、キール・シーザー。


 年は二十代前半。光届かぬ深海の底、透き通った無音の闇を思わせる黒髪に、光を受ける澄んだ海原のような紺碧の目。服は黒い上下に白いフード付きの上着という、ラフな格好である。チョーカーには、深い青色の透き通った石が揺れている。


 二人は本部の者ではなく、チーム《アンバー・ランス》のメンバーとして登録している祓魔師(エクソシスト)である。本当はもう一人、カルメ・フィークサイトという青年がいるが、今は見回りのため、街に出ている。朝、兄妹と出会った青年である。


 本来ならば、本部に所属する者だけでガイドや試験官を務めるものである。しかし、人手が足りない時は、信頼のおける祓魔師(エクソシスト)および派遣呪術師に手伝いを依頼することもあるのである。


 《アンバー・ランス》は若手精鋭と言われる程、若い集まりながらも短い期間で数多の実績を積み上げてきた。故に、その積極的な行動力に目を掛け、もとい目を光らせてきたスカッチェから見れば、人柄と現場における信頼だけはたしかに寄せられる集団だった。ガイドについても、本部所属以外の者に任せられる部分は一部、チームのリーダーが本部から現場にいる自分のチームに仕事を割り振る程度とはいえ、リーダーであるキールは問題無くこなしている。通常であればチェリスも現場に赴くはずなのだが、今回は午後からキールと共に試験官の空きを補うため、本部に残ることとなっていた。


「お疲れ様でーす」


「サマでーす」


 気の緩んだ二人の言葉に、スカッチェはとりあえず「どうも」とだけ返した。ついでに資料の側面をトンと軽く整え、通り際、キールの額をトスと叩く。


「あいた」


「キール君。言うならきちんと言いなさい。少しはチェリスさんを見習ったらどうですか」


「すいませんね」


 呆れたように言うスカッチェに、キールは聞き流すように適当に返しながら体勢を戻した。


 いつものことである。


「……まあいい。それよりもこれ、この後君達が相手をする初受験者の分の資料です。特に変更点はありませんが、目を通しておいてください」


 スカッチェが資料をそれぞれに手渡すと、二人は「了解」と声を揃えた。


 試験官に渡される資料には、受験者の名前と呪認証番号、受験番号、それから自己申告された呪術の能力についてのみが書かれている。これは、個人情報の流出および悪用を防ぐための制限である。


「そういえば、カルメが言ってた二人、いました?」


「例の、《クィルトゥーシャ兄妹》、だっけ」


 スカッチェが席に着いた後、二人は資料をめくりながら、キールに続いてチェリスが問う。


「ああ。いましたよ、それらしい方々。ファミリーネームが無かったので、わからないわけですね。君達の担当でしたよ」


「二人共?」


「二人共」


「あら、わかりやすい。対応とか合否の判断基準とか、特に変更点あるかしら?」


 三人して資料に視線を落としたまま、言葉を交わす。キールの後にチェリスが訊いた。


 聞いた話によると、《クィルトゥーシャ兄妹》は実力はあるようで、しかし、それを示す行動が問題だという。正式に問題行動を正当化できるようにするとなれば、その際に何かしら引っかかるものがあるのではないか。今回、考えられる不都合はそこである。


 しかし、どうやらそれは、杞憂だったようである。


「いえ、無いですね。他の方々と同じようにしてください」


「了解。……と言っても、今までの報告からすると、結局は同業者の顔合わせみたいなものよね。何度も悪魔を討伐できているなら、合格はほぼ確実でしょう?」


「試験は試験です。それに、呪術の能力や戦い方については詳しいことはわかっていないので、どの道実戦での確認は必要ですよ。普通の派遣呪術師もそうですが、祓魔師(エクソシスト)は複数のチームで討伐に当たることもありますから。他のチームと協力態勢をとる場合、まず必要な情報が味方の能力についてです。となれば、結果よりも事前の情報と過程が重要になるでしょう」


「大変ね……」


「他人事みたいに言わないでくれますか。たしかに君達の戦歴は素晴らしいですが、それまで持ち堪えている人達もこの情報があるから耐えられるんです。それに、その内君達にも対等に協力をする機会が来るかもしれませんよ」


「わかってまーす」


「忠告を受け流さない。リーダーを見習わなくていいです」


「お、オレ見習われてる?」


「全然。素よー」


「見習っていいよー」


「遠慮ー」


「君達な……」


 手と目は止めず、ゆるゆると会話が続いた。


「……不安だ……」


 ふと、スカッチェが溢した。それにキールが反応する。


「何がですか? 老後?」


「なんでここでそんな未来の心配をするんですか。違います」


「いや、急に不安になるならそこらへんかなと」


「余計なお世話です」


「ああ、自覚はある、と」


「憐れみの目やめてもらっていいですか」


「スカッチェさん、仕事づくめだからなぁ……もう三十近いし……」


「二十代は思っているより早く過ぎ去るものなんです」


「経験者は語る……」


「黙りなさい」


 静かにモノローグで締めるような言い方のキールを、スカッチェはぴしゃりと切り捨てた。


「……《クィルトゥーシャ兄妹》のことですよ。素行が素行です。誰かさん達のような人達なら、面倒が増えそうだと思いまして」


「誰だろう……」


「胸に手を当てて、よぉく考えてみてください」


 スカッチェに言われ、キールはそっと目を閉じると、おもむろに胸に手を添えた。


「……鼓動が……聞こえる……」


「当たり前です。何をしみじみ言ってるんですか。さあもうそろそろ時間ですよ、休憩は終わりです。二人共、修練場に向かってください」


 スカッチェは壁にある時計を確認すると、二人を追い払うように軽く手で払う仕草をした。


「ほら散った散った」


「気が散った」


「黙りなさい」


 戯言は切り捨てる。


 席を立ち部屋を出ていく二人を見送りながら、スカッチェはようやく、一息ついた。



          *



 時は少し遡り。


 兄妹はギルドホールの中庭で合流すると、その奥にある修練場へと向かった。


 正面とは違い緑が敷かれた中庭の先には、本部そのものよりは低いが、別の大きな石造りの建物がある。入ってみれば、高い天井が上に広がっていた。


 入口付近の壁に貼られている案内図によれば、この建物の形状は左右が太い角ばったUの字型になっており、その左右には修練場が並んでいるようである。


 今兄妹がいる入ってすぐの左右を繋ぐ部分は、待合室になっていた。協会の受付場所程広いが、厨房は無く、ただ、机と椅子が並んでいる。


 ちらほらいる残りの待機組は、緊張で固まっていたり、気を紛らわせるためか気合を入れるためか気を集中させていたり、余裕を見せて談話していたり、と、それぞれが思い思いに時間を潰していた。


 兄妹の試験は後半も後半、最後の方である。時間で言えば夕方近く。それまでの時間は暇となる。


 兄妹は適当に向かい合って席に座り、他の受験者同様、時間を潰すことにした。


 それぞれが殻鍵を用意し、レムがチェス一式を、メロが懐中時計を取り出す。それぞれを机にセットすれば、ゲームスタートである。




 時間が経つにつれ、次第に受験者の数が減っていく。


 左右の通路からこちらに来るのは、試験を終わらせた人達である。嬉しそうにする者がいれば、落ち込む者もおり、苛立つ者もいる。待合室で待っていた仲間と共に喜び合う者もいれば、慰め合う者もおり、悪態をつき合う者もいる。特に何の起伏も無く、そのまま建物を出ていく者もいる。


 そして、次に試験を受ける者達が、頃合いを見て左右の通路の先へと消えていく。


 その時間が来たのは、レムがチェックを掛けた頃だった。


「……兄様兄様、そろそろ時間」


 つい、と、メロが時計に目をやり、誤魔化すように時間を知らせる。


「……そうネ。それじゃあ行きマショ」


 レムも時計を見ると、合わせてチェス一式を片付け始めた。


 勝敗は変わらないだろう配置をざらざらと崩し、殻鍵に戻す。メロも懐中時計を殻鍵に戻すと、二人は席を立った。


 向かう先は左右正反対の、通路の最奥である。それぞれの試験時間は同時刻に予定されているが、場所は離れている。


「それじゃあ兄様、また後で」


「ええ。また後で」


 兄妹は頷き合うと、互いに背を向け、それぞれ別の通路に入っていった。

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