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第八話 抑制

「どうかね。経過の方は」




 峰島は男に向かって尋ねる。男は入ってくるなり、実験器具を触りながら退屈そうな表情をしていた。




「奴はとうとう自分でコントロール出来るようになったみたいですよ。この間少し顔をみられてしまいましたがね」




 男はそう話しながらも器具で遊んでいる。峰島は男に近づきながら話しかける。




「見られただと?」




 男は峰島の方を向き、手を止めた。




「大丈夫ですよ。大したことではないですから。監視を続ければいいんでしょう?」




 峰島は小さくため息をつきながら、男の問いに頷く。




「そうだ。続けてくれ。何か発見したらすぐに知らせてくれよ」




 男は峰島に適当な返事をして、研究室を出ようと扉の方へ向かう。そこで、峰島は声をかけた。




「あ、そうだ。薬を西岡くんにも飲ませたよ。ついさっきね。私もこの目で経過を見ることにするよ。きっと何か掴めるだろうからね」




 峰島の言葉を聞き終えると男は手を上げ、峰島の方は振り返らずに研究室を出て行った。








 翌朝、西岡の頭痛は治まっていた。研究室へ向かうため洗面所へ向かう。


 そして鏡を見ると、そこには紛れもなく男性の顔があった。西岡は思わず声をあげる。





「うそ? この新薬すごい。成功してる!」




 しかし、その声は脳裏に響くだけだった。何かがおかしい。西岡はもう一度声を出してみた。




「本当にすごいわ。性別が変わってる」




 言い終わってから、気付いた。そしてそれは確かなことだった。口が動いていない。


 確かに声を発しているはずなのに口が動いていないのだ。




「どういうこと? どうして口が動いてないの。どうなってるの?」




 大声を出しているような感覚だが、少しも声帯を通して声が出ない。口がピクリとも動かない。不思議な感覚だ。


 そして、ついに口が動きを見せる。




「うるさいな。どうなってるもこうなってるもないよ。ただ単にあなたの体じゃなくなったってことだけでしょ」




 男性の声だった。しっかりと声帯を通して発声されていた。


 西岡には意味が分からなかった。




「え?」




 また脳裏に西岡の理解しきっていない声がこだまする。すると体が立ち上がった。




「だから、体と人格が変わったんだよ。俺の名前は河井(カワイ) 達哉(タツヤ)。年は十八歳。それと……。この体にもう一人いるんでしょ? 出て来なよ」




 河井の口調は若干、十八歳という感じの話し方だ。河井がこう言ってから数秒後、脳裏に西岡のものとは違う声がこだましてくる。




「いや、その……」




 女性の声だった。どこか弱々しく、怯えているような声だった。




「大丈夫だよ。それにこれからは一緒にこの体を使っていくんだからさ」




 河井のこの言葉に西岡が真っ先に反応する。




「この体を使っていく? 冗談でしょ!」




 西岡はこの体は私のものだと言わんばかりだ。




「うるさいな。ちょっと黙っててよ」




 河井は本当に面倒くさそうに言った。そして先ほどの女性の声が脳裏にこだましてくる。




「私は……本宮(モトミヤ サキって言います。年は十六歳です。よろしくお願いします」




 本当にか弱く、か細い声だった。本宮が引っ込み思案であるのは誰の目から見ても明らかだった。




「サキちゃんね。こちらこそよろしくね。あと、あの……さっきからうるさいオバサンの名前は?」




 河井が西岡にイヤミ混じりに尋ねる。




「オバサン!? 私はまだ二十五よ!」




 今にも西岡は飛びかかりそうな勢いで言う。




「はいはい。わかったから、名前」





 河井はもういいからと言う風な感じで西岡をなだめる。


 西岡は「はぁ」と小さくため息をつきながら、答える。




「西岡美香」




 河井は表情一つ変えずに「ふーん」と頷いた。西岡はその態度にまた苛立ちを覚えたが、相手は子供だと思い感情を抑えた。




「それで今日は研究室に行かないといけないんだけど。どうすればいいのよ。こんな体で」




 西岡は河井に聞く。河井は即座に聞き返す。




「研究室? もしかして美香さん科学者なの?」




 西岡は自分にたいして「さん」付けをした河井を少しだけ感心した。こんなヤツでも礼儀だけはしっかりしているんだと。


 しかし、すぐにこの後のことを考えた。このままだと研究室に顔を出せない。このまま行ってもいいが、明らかに自分だと証明出来ず追い出されてしまうだけだ。


 そんなことを考えているとまた河井から声がかかる。




「ねぇ! 科学者なの?」




 色々と思考回路を張り巡らせていた西岡はそんな単純な質問をされて、またも苛立った。




「そうよ! 研究のために飲んだ薬でこんなことが起こったんでしょ! ……今日は研究室に行けそうもないわね」




 西岡の発言を聞きながら、自分の髪の毛をいじっていた河井がそんな落胆した西岡に言う。




「行けるよ。研究室」




 西岡はがっかりしすぎて、河井のこの言葉を聞き逃すところだった。




「え?」




 西岡はとっさに聞き間違いではないかと聞き返す。




「だからー、仕事なんでしょ? じゃあ行かなきゃ」




 西岡は呆れながら再び聞く。




「どうやって行くのよ。この体で!」




「元に戻ればいいんでしょ?」




 河井はそう言うと、何やら真剣に考え込むような表情になる。


 すると、見る見るうちに河井の体から西岡の体へと変化していく。数秒後には完全に西岡の体に戻っていた。




「うそ!? どうして?」




 西岡は驚きながら自分の体を確かめる。間違いない。自分の体だ。


 声を発する時もしっかりと自分の口が動いている。




「ね? これで研究室に行けるでしょ?」




 今度は河井の声が西岡の脳裏にこだましてくる。


 西岡はその声を聞くと、すぐに準備をして研究室へと向かった。

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