第七話 試行
とある研究室の一角で不気味な笑みを浮かべながら、液体を混ぜている男がいる。研究室は薄暗く、見るからに怪しい。
男の名は峰島 由紀夫。年は四十八歳。職業は科学者で主にDNAなどの遺伝子研究を専門としている。突然、研究室の扉が開いた。
入ってきたのは白衣を身にまとった若い女性。彼女も同じく科学者で峰島の助手として働いている。彼女の名前は西岡 美香。年は二十五歳と見た目通りの年齢である。
「博士、例の研究は順調ですか?」
西岡が尋ねる。すると、峰島は液体を混ぜていた手を止め、西岡の方を見る。
「実はな、もう例の研究を進める必要がなくなったのだよ。西岡くん」
西岡は怪訝そうな顔をして、首を傾げる。
「ある科学者が我々の研究していた例の薬を我々より先に作り上げてしまったのだよ」
峰島のこの一言に西岡は驚かずにはいられなかった。当然のことだった。これまで長年、研究してきたものを他の科学者に横取りされてしまったのだ。
しかし、そう言いはなった肝心の峰島の声はどこか淡々としていた。
「そんな……。それでは、私たちの行ってきた研究は全て無駄に終わってしまうではないですか!」
西岡の声は冷静さを失い、大声で責めるような口調になる。しかし、峰島の態度は変わらず冷静だ。
「案ずることはない。その科学者が生み出した新薬もまだ試作段階だったようだ。それに……」
そう言って語尾を濁らせた峰島は西岡にカプセルケースを見せる。そして、続けて言った。
「その新薬はここにある」
「え? どうしてその新薬がここに?」
西岡は不思議で仕方なかった。他の科学者が開発した薬を峰島がなぜ手にしているのか。
「提供してくれたんだよ。その科学者がね」
提供? 西岡には理解しがたかった。ノーベル賞や他の科学賞をも取れるようなこの研究やこの新薬をそう簡単に他の研究者に受け渡すなどということが。
色々と気掛かりな点は多かったが、とりあえず一番気になることだけを聞いた。
「その科学者、名前は何と?」
そう。この素晴らしい薬をいとも簡単に提供した愚かな科学者が知りたかったのだ。
「確か、新山と言ったかな? 新山愛」
新山愛か。我々にやすやすと新薬を提供してくれた心優しいおバカさんは。
西岡はこんなことを思いながら、決して名を忘れないでおこうと心に誓っていた。
「ところで、西岡くん。この新薬試してみたいとは思わんかね。まだ理論通りの効果が出るのかはっきりしとらんし、飲んでみてはくれないだろうか」
なんと峰島は自らの助手に実験台になるように仕向けてきたのだ。西岡は考えた。この薬を飲んで、もし成功すれば自分を含めこの研究所きらびやかな世界に立つことが出来るかもしれない。
しかし、理論通りにいかなかったら……。いや、それでも実験することによって研究は前へ進むことになる。西岡は拒むことを考えなかった。
「わかりました。飲んでみましょう」
西岡がそう言うと、峰島はカプセルを取り出して西岡に渡した。峰島がカプセルを取り出す時に西岡はケースの中に残り二錠入っているのが見えた。水をグラスに注ぎ、西岡は一気に薬を飲み込んだ。
西岡は自分で変化を見ようと思ったが、薬の副作用だろうか、頭が重くなっていく。ふらふらになり、立っていられなくなる。峰島は西岡を支え、彼女の家まで送ることにした。
家に着くまで何とか西岡の意識は持ちこたえたが、部屋につきソファーに横たわるとすぐに眠りについた。一方、峰島は西岡を家まで送り届けて研究室に戻っていた。すると、またも研究室の扉が開く。
「おう。入りたまえ」
入ってきたのは長身の男だった。