第四話 顧慮
翌朝、この日は日曜日だったが朝早くに目を覚ますとまず自分の体を触り確かめた。胸が膨らんでいる感触はない。男性の体のようだ。
「良かった。今回は変化してないみたいだ」
その声はどこか透き通り、川島の声とは少し違っていた。洗顔のため洗面所へと向かう。鏡を目の前にして先程の透き通った声が叫んだ。
「え! なんだよ。この体!」
鏡に写ったのは紛れもなく男性の姿だった。しかし、川島とは似ても似つかないほど端整な顔立ちですらっとしていてスタイルもよい。
「これが俺の体なのか?」
透き通った声が言う。そして、脳内に声がこだまする。
「おいおい。今度は真也が俺の体を乗っ取るのかよ」
川島の声だった。そう、この体は深沢のために変異した体だったのだ。
「これが俺の体か。じゃあ今日一日は使わしてもらうよ」
深沢は礼儀正しくこう言って、洗顔をした。その後、深沢は街へ出て多くの店を物色した。木村とは違い、欲しい物を衝動買いすることはなかった。
「真也は真衣と違って無駄遣いしたりはしないんだな」
川島は木村に対して嫌みたっぷりに言った。
「だって真也は男でしょ。健太の服やらで必要な物は揃ってるじゃん。それに比べてあたしの物は一つもなかったんだから」
嫌みを言われた木村はぶつぶつと文句を言った。そう言われてみれば確かにそうだ。木村に変異した時に着る服や化粧品がないのは困る。
そして一番の問題はこの突然変異がいつ、どの状態で起こるかだった。深沢は数時間街をぶらつき、家に帰ってきた。
「はぁ。疲れた」
深沢は家につくなり、ソファーに腰掛けてため息をつく。
「おい。勝手に街を出歩くのはいいが、こんな風に日によって人が変わるのか?」
川島はとんでもないことだと思いながら、尋ねた。
「さぁてね。この変異、突発的に起こっているからな。特にこの土日は俺と真衣で過ごしたようなもんだし」
深沢はテーブルの上にあるテレビのリモコンを取り、チャンネルを替えながら言った。
「本当にその通りだ。俺の体なのにどうして俺はこの土日自分の体で過ごせていないんだ」
川島は絶対おかしいと言わんばかりの口調で言う。
「一週間ほど様子見た方がいいんじゃない。大学で急に女になるのも嫌でしょ」
木村はもっともらしい事を言った。確かに大学の授業中に女に変異してしまったら、元も子もない。川島は一週間大学を休み、レンタルビデオ屋のバイトも休むことを決めた。
そして、この日は深沢の体のまま眠りについた。
翌朝、この日は月曜日だったのでいつものくせで早く目が覚める。目を覚ましてすぐに洗面所の鏡へ向かう。
「俺だ。元に戻ってる。やったぞ!」
川島の体と顔だった。川島は歓喜の声を上げる。そこへ木村の声が聞こえてくる。
「喜んでる場合でもないでしょ。だってこれは単にローテーションしただけだとも考えられるじゃない」
木村はまたも的を射た発言をする。その通りだ。よく考えれば土曜日は木村、日曜日は深沢、そして月曜日が川島というローテーションなだけかもしれない。
川島はもう一度秘妙堂へ行ってみようと考えたが、木村に止められた。秘妙堂の店主は薬を渡されただけで開発者でもなければ詳しい効力も知らないだろう。ここは一つじっとしていることの方が賢明だった。
今日一日、川島はテレビを見たり料理を作ったり掃除をしたり雑誌を読みながら時間を潰した。
そうして、一日を終えて明日への不安を抱えながら眠りについた。