悪役令……魔法少女、幹部に心配される。
今日も今日とて、わたしは結社のモンスターと対峙していた。
パステルカラーでデフォルメ調の町並みを眼下に、大きなタヌキっぽい真っ黒なモンスターが、その太い手をぶんぶんと振り回している。
街中はの戦闘は苦手だよ、破壊したらどうしようとか、ヒヤヒヤしてさ。
……よーし、パワー充填。そろそろ、締めといきますか!
「響け、ピュアハート。ネガティブは振り切って、そのピュアな心を取り戻すのよ!!」
ピンクのロングドレス姿になったわたしは、背に翼を広げ、光の矢となってモンスターに突き刺さる!
「レッ、サー!!」
あ、あのモンスター、タヌキじゃなくてレッサーパンダだったのか。
よぉーし、今日も勝ったよ! 正直戦闘が長引いて、どうなるかと思ったけど!
「キィィー! 次こそはアタクシが、完璧にブレイクハートを盗んでやるんだからっ」
悔し紛れにハンカチなんて噛んで、ビッチヒロイン怪人、ビッチーナは走り去っていく。
今日こそつかまえてやる! と思うけれど。
……うっわー、マジでやばい。もう時間がないよ! 変身が切れる前に、さっさと帰らないとまたお母様がお怒りだ!
わたしはコソコソと魔法のスティックで飛び上がろうとする。
本日の被害者、アニマル国のレッサー領、コ・パンダ嬢と貴公子レツ・サー様は、もふもふの尻尾を振りながら、抱きしめ合ってるわ。
動物がお洋服着てるみたいな姿がすごく可愛いわー。時間があったらお二人とお話したかったけど、それどころじゃな……。
「あー!!」
今日も時間切れか!!
変身が解け、わたしはいつもの無力な貴族の娘に戻ってしまう。
「どうしようどうしよう、本当に日暮れまでに帰らないと、大変な事になるよー!」
主に、反省部屋に数日詰め込まれるとか、そういう方向で。
「落ち着け、落ち着くのだご主人。凄い不審人物と化しているぞ」
「プリティはお母様に怒られた事ないから、そんなにのんきな事を言えるんだよっ!! ああもう本当にどうしよう~!」
あわあわと、ファンシーな街の道端で慌てていると……。
「そこのお嬢さん、どうだい? 後ろに乗ってかない?」
黒馬に乗った紳士が、わたしに声を掛けてくるのだった。
結局、門限破りの恐怖に負けて、馬を操るドエースの後ろに横乗りになったわたし。
「……ご主人」
咎めるような魔王系マスコットの声に、むうっとなって返す。
「……仕方なく、仕方なくだよ!?」
お母様怖いんだもん。
「まあ確かに、母親に叱られても仕方ないよねぇ」
クスリと笑う秘密結社の幹部は、悪人にあるまじき常識を語る。
「手足丸出しの衣装に、供を連れない外出。貴族のお嬢様としては、あり得ない行動だし」
「ううっ……」
まったく正論だけに、ぐうの音も出ないわ。
「確かに、お母様の言う事が正しいのは分かっていますわ。でも……」
背丈の小さなアニマル国の民のサイズに適した、小さめの家並をぬけ、黒馬はすばらしいスピードで街道を走る。
わたしは馬の上でドエースの背に掴まりながら、頭の中にあるもやもやをなんとか纏めようとする。
「でも、わたくしには力があって、友達を助ける事が出来て……」
ぎゅっと、立派な仕立ての上着にしわが寄るぐらいに握りしめながら、言葉を継いで。
「こうして……見知らぬ風景を見られて」
角の丸い石が並べられた石畳。小さくて可愛い花をつける植物、丸い葉をもつ雑草たち。
ここの植物は、背丈が小さくて可愛らしい造形を持っているものが多くて、他国でも人気なんだよ。
半ば押しつけられた形の魔法少女活動だけれど、けっして悪い事ばかりじゃないの。
「魔法少女としてなら、家の事を忘れて大きな声で笑う事も出来ますわ」
お役目に縛られ、家の格を保つ為に良家との縁だけを考えて……盲目に従順に育つはずの、貴族の娘が。
こんなに自由に振る舞えるのは、魔法少女という仮面があるからではないかしらと、そう思うの。
「……そのチャンスを、捨てたくないんです」
「……ふぅん、そう」
ため息のような、放り出すような。
わたしの視界を埋めるのは馬を操る彼の背で、その美麗な顔は見えないけど、きっとあきれた顔をしていた事だろう。
「危険な事になんか首を突っ込まない方がいいと、僕は思うけどね……」
彼の言う事はいちいちもっともだ。
敵はどんどん強く、手強くなっていくし。
最近は遠くまで手を広げていて、わたしの限られた時間の中だと、ギリギリな時もある。
……それは、わたしの今の一番の懸念であるけれど。
彼は小さくため息を吐いた。
「君のような可愛らしいお嬢さんが、わざわざ傷つく事はないだろう。結社の闇は、君が思うよりもずっと深い……早めに手を引く事を、お勧めしておくよ」
……可愛らしいとか。
どうしてこの悪の幹部は、わたしをいちいちドキドキさせるかなぁ。
「ご主人」
「分かってる!」
膝の上から上がる咎める声に、わたしは気を引き締めるけど。
……そういえば。
どうしてこんな常識人が、秘密結社になんているんだろう?
わたしは唐突に、そんな事をふと、思いつく。
可愛らしい風景を横目に、黒馬は力強く進んでいく。その上で……わたしは少しばかり、彼について考えていたのだ。