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悪役令嬢、窮地に笑う

次回は5日後ぐらいになります。

 何だかすごい熱意をもって口説かれてしまった。

 わたしの顔は熱い。

 腕に抱き上げられたままの姿勢で、片手を頬にあてて恥じらっている時のこと。


「まあ、戯れはそこまでになさったらぁ?」

 いまだ完全には解けていない包囲の後ろ、壁際でこちらを睨みつけるビッチーナが余裕ぶった声を上げた。

「そんな風に心から信じさせてから捨てたら確かにそのバカなオンナは死ぬ程絶望してくれるでしょうけどぉ。言葉を尽くす価値なんて、正直ないんだからぁ。豚に飼われるのがお似合いの嫌われ者よぉ?」


 余裕ぶってはみても、愛するベネディクトに抱き上げられたわたしの姿が憎くてたまらないんだろう。

 汚い言葉ばかりがその可憐な唇から飛び出してくる。


「ねえドエース様、茶番はやめませんかぁ? このオンナはぁ、ドエース様にぃ奥方様……愛する人に裏切られちゃったのよぉ、売られちゃったのお。アハハ無様ぁ!!」

 毒ばかりが飛び出す口が、意味深に言って歪む。


 笑みになりかけてけれど歪んだ憎悪の顔で、ビッチーナはわたしを睨みつけている。

 意味深な言葉にわたしは薄くなった包囲の先を見る。


「なんなのそれ」

 彼女の発する言葉は、何もかも不快だ。

 わたしは派手にもがいて、彼の腕から飛び降りる。

 きっとするどい目で睨みつければ、「アハハブッサイクぅ」 と、甲高い笑い声が返る。


「バーバラ、彼女の言う事に耳を向ける必要はない」

 ドエースはふらりと前に出るわたしを引き留めながらそう言うけれど、どうしても無視出来ないのだ。

 嫌われ者、裏切られ、売られた。

 わたしに刻まれた深い傷が、どうしてもその言葉に反応する。


 わたしの反応に余裕を取り戻したか、悠然と笑うビッチーナが甘い声で言った。


「世界の支配者になるアタクシとアタクシの夫。アタクシから奪った罪はねぇ、死ぬよりも重いのぉ! アタクシを娘として迎えてくれる敬愛なる「オカアサマ」 も、きっとアンタの転落に喜んで下さるでしょう! ウフフ、この国をアタクシにくれるお礼に、アンタにお似合いの豚に飼われる屈辱の人生をプレゼントするわねぇ?」


「……本当に君は、もう取り返しも付かない程に狂ったんだな、ビッチーナ。ギャン・グーのくだらない妄想に取り付かれて」

「あらぁ、夫とはいえアタクシに逆らうのは許しませんわぁ? 早く謝罪して下さいなぁドエース様ぁ」

「……はぁ。君の話は聞くだけ無駄だ」


 ベネディクトは苦い顔で首を振りビッチーナから視線を外した。

 それからはもう、謝罪を求め続ける彼女を僅かにも見ずに、また突破口を開こうと腐心する。


 豚、と呼ばれた伯爵は、これだけ騒がしい事態とっなった今もソファに座り込んだままでいる。

 彼女に操られた数々の貴公子達と同様の夢うつつのぼんやりした顔で、生気をなくしたまま太っちょな身体をソファに埋もれさせていた。

 あれだけ権威を誇っていた彼が、周りの声も聞こえないで、大人しいものだ。

 その逆に甲高い声を上げ、大げさにはしゃぐ彼女の吐き出した言葉の意味を理解できずに、わたしは彼女の吐き出す罵倒の意味を考えている。何を、言いたいのだろうかと。


「高慢でぇ憎たらしくてぇイジワル顔のぉ、世界じゅうの誰からも嫌われるアンタ、悪役オンナになぁんてお似合いの立場かしら!! 豚に飼われて罪を償いなさいなぁ? ウフフ、これは世界を牛耳る女王の決定よぉ? アタクシの大事な人を、アタクシの選んだオトコを一瞬でも奪った罰なのよ、これは!! 苦しんで苦しみ抜いて血反吐を吐きながら暮らせばいいわぁ、きっと「オカアサマ」 も喜ぶわぁ」


「お母様? それは、どういう……」


 わたしの問いに答えず、得意満面で語る女怪人。


「オカアサマはアタクシとほんっとうに気が合うのよぉ。好きな男の為に尽くす女同士で……盛り上がっちゃったの!! 本当、男に尽くすアタクシ達って麗しく健気よねぇって! オカアサマもね、オトウサマを飽きさせない為にすっごく頑張ってたのにぃ、アンタのせいで家を追い出されて……可哀想よねぇ!」


 ニタリと笑う彼女の言葉の意味がわからない。

 オカアサマは、わたくしのお母様のこと?


「聞くな、君はこんな戯れ言に煩わされる必要なんてない」

 彼が優しくその胸にわたしを抱き込む。

 女怪人の美しい顔が歪むが、彼女は気を取り直したかのように美しい声を響かせる。


「分からず屋ねぇ? 顔だけじゃなくて頭も悪いのねぇアンタって。本当に出来損ないのクズよぉ。オカアサマから聞いていた通りのゴミだわぁ。アタクシがこんなに簡単に裏社会の顔役の家に潜り込めると思って? 当然、協力者がいるに決まっているじゃないのぉ」


「協力者? まさか、お……お母様、が」

 彼女を送り込んできたのも、お母様、なの?



 わたしは身体じゅうから力が抜けたように、足下からへたりこんだ。

「バーバラ!」

 カーペットの上に座り込むわたしを引き上げる強い手に逆らう気力もない。


 改めてショックだ。

 お母様は本当にわたしを……悪の結社に縋ってまで滅ぼす事を選ぶ程に憎んでいたと、そう思い知らされて。


 ああ、全く救われない程の愚かさだ。

 わたし如きの為に国を混乱に陥れる母も、それでも母を嫌えないわたしも。


「はは、アハハ……」

 わたしは情けない自分に笑う。

 魔法少女は負けない、なんて。そんな甘ったるい事を言ってたわたしは本当に夢見がちだったよ。

 ……身内に裏切られてたら世話ないね。

 魔法の力を手に入れたお母様なんて、どう考えても最悪のラスボスじゃない。かつて誇った人脈にカリスマ、そこに力が加わったら無敵すぎる。


「わたし、とうとう負けちゃったんだ……」

「バーバラ?」

 ぽつりと呟くわたしを支える人が、不安そうにわたしの名前を呼ぶけど答える気力はない。

 だってこの状況は、わたし個人でなんて、どうにも出来ない。


 動揺に動けないわたし。ぐったり弛緩したそれを抱えるドエース、いやベネディクトは身動きがとれない。

 そんなわたし達に、結社の魔の手が伸びる……。


 ……と。

 その時だ。


 庭向きのガラス窓から、破砕音を響かせて乱入する白い影があった。


「ご主人、何をぼうっとしておる!! しゃんとせぬか! そこな怪人も、さっさと本気を出してご主人を逃がせ!」


 それは深く響く低音で叱咤激励し、人波を飛び越えてわたしの前へと立つ。

「え……プリティ?」

 それはわたしの使い魔の大きくなった姿だ。

 すらりとした白い美影は、薔薇の蔓が絡んだ大鎌、アーティファクトだか言う不良幹部から奪い取った得物を軽々と振るい、取り巻く者達を打ち払う。


 え、このマスコット強いんですけど?


 呆然とするわたしの前で、ばたばたと倒れていく構成員達。


 それに合わせたかのよう、ドエースも動いた。

「チッ、いいとこ取りとは狡いんじゃないか。まあ、そちらは頼むよ、神の遣い。バーバラ、ちょっと乱暴に扱うけど、ごめんね」

「えっ? ……きゃあっ」

 その超人じみた体術にてわたしの身体を浚うと、打ち倒された構成員らを踏みつけ、あるいは飛び越えて、破れ窓から庭先へと移動してしまったのだ。


 時間にすればそれは、十秒たたず程の間。

 鮮やかな逆転劇に、派手なドレスを纏った女怪人は、恐ろしい形相で庭に立つわたし達を睨みつけていた。

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