悪役令嬢、心が揺れる。
昨日は体調不良で投稿出来ませんでした。すみません。明日も続きます。
彼は信じがたいことを言った。
こんな風に屋敷の乗っ取りを進行しておきながら……それが結社の方針でない、ですって?
動揺しながら、わたしは驚く程に近い彼の顔を見つめる。
いつかのようにその細くも力強い腕に抱き上げられたわたしは、愛を囁き続ける人に困惑していた。
ついでに、肩で支えた彼のライフル銃は働き続けており、増員に厚くなったはずの包囲はまた削られつつある。
銃声の合間に、彼の声は熱くわたしの耳に語り掛けた。
「僕は結社から離れている。君との愛を育むのが僕の仕事だ」
「そう、ね」
それは痛い指摘。
わたしを愛する事を結社によって定められたと、この人は言っているのだから。
ベネディクトは基本的に馬鹿正直な人のようだ。
彼は驚く事に、貴族の子息として振る舞いはじめてから、独自に今の地位を築いている。
狭められつつある包囲の動きに反応し、彼は滑らかな挙動で銃口を動かす。威嚇射撃。
包囲を狭めようとした構成員が後ずさる。反応に遅れた者をすかさず撃ち倒す。
そんな事をさらりとこなした彼はまた語りかけてくる。
「僕は君に相応しくあれるように努力している」
「ええ、それも知ってるわ。お父様も誉めてたくらいだからね」
裏家業を持つだけあって家の者は人脈構築能力にはとことん厳しいけれど、お父様が手放しで誉めたぐらいだ。その実力は相当なんだと思う。
……立場上、婚約者の裏を取る必要があったからと、まあ実際は結社の裏の目的を警戒して、家の伝手で調べたんだけど。
調書を見て呆れたわ。暇な三男を気取って、実際は社交界に食い込むべく、あちこちの話題の場所に足を運んだ彼の足跡が書かれてて。
本当に地道に努力して人脈を作ってたみたい。
当然、わたしのパートナーとして認めてからはお父様の後押しがあったんだろうけど、その努力は認めるべきだろう。
「勘違いしているようだけれど、君を愛す気持ちも君にふさわしくありたいという思いも、僕のものだ」
「それは……嘘よ」
彼の熱意に押される形で、どうしても弱々しくなるわたしの声。
わたしは殆ど俯いたまま彼の話を聞いている。その顔は頼りない表情を浮かべている事だろう。
「信じられないわ。こんな状態であなたを信じろと?」
包囲の真ん中で。
こんな孤立無援の、家の者のすり替えを行ってまでの裏切りにわたし自信許せる訳がない。
事実として彼から護って貰ってる状況でも、彼を信じるに足るものは何もないんだ。
腕に抱き上げられたぶん近づいた顔は、情けない表情を隠せなくて。
彼は複雑な表情で、そんなわたしを見ている。
恋人を愛でるような。
誤解を悲しむような。
実際、彼は泥臭い事を進んでやる。婚約者として王都の屋敷に留まってからも、いっそ献身的とも言えるぐらいに、わたしとわたしの家に有利な関係をあちらこちらで結んできた。
……そもそも高名な貴族の青年、という価値が彼にはある。
そもそもいつ貴族入りすると決心したものか分からないけれど、わたしの婚約を取り付ける前からこつこつと動いていた彼の知名度は、下手をしなくてもアヴァリーティア当主のわたしと並ぶ。
ほらわたしは、一年引き籠もってたハンデもあるしね。
それでも、裏社会の顔役と並べるぐらいに、彼の人脈は強いんだ。
それがわたしの横に立つ彼の信用を築いているんだけれど。
……その点ではビッチーナの方が貴族的だ。
実際、ビッチーナの能力を考えれば、採った方法は悪くない方針だろう。港を持つ隣領の公子を籠絡しようとした時も思ったけど、有力者の裏で牛耳れば、国の影響下にある結社が躍進することも難しくないはず。
ベネディクトに比べて、彼女は結社の力を揮う事にためらいがない。
ビッチーナは組織力も、いっそ暴力的なその呪いの力も不良幹部と同じぐらい当たり前に使う。決して躊躇わない。
それはある意味で強さなのかもしれない。
……今は、発狂寸前といった感じで、安全な後方からわたしを殺せと叫び続けている余裕ない彼女だけれど。
息をするように手先として構成員を使い、その呪いの力を振りまき、高位貴族を操り従わせる。
躊躇いなく数々の美男子を堕落させてきた彼女なら、公子様を結社の力で王まで押し上げるような乱暴な手口も辞さない、そんな怖さがある。
今も安全な場所から睨んでいる彼女。
彼女の手足である結社の者にしきりに殺せとけしかけるから、号令に盲目に動いた構成員が、冷静なベネディクトの銃撃に無為に削られていく。
目前で起こってることは、単純に言えば仲間割れだ。怪人同士が魔法少女を挟んで戦ってる状況。
わたしはどうしたって現状を信じられない。
これほど護られてさえ、わたしは彼を疑う。
「嘘じゃない、これは僕の意志なんだよ。どうかお願いだ、僕のこの気持ちだけは疑わないでくれないか」
間近に見える顔は真剣だ。美貌の青年は声には悲哀を滲ませながらも周囲に向かって攻撃を続けている。
「……何を望んでいるか、あなた分かってるの? この状況で? わたしがあなたを?」
魔法のペンダントを握るわたしは、そんな彼の行為をただ見つめている。
「そうだね、きっと信じるのは難しい。けれど始まりは僕が好きだから君にプロポーズした事からなんだ。君の横に立つ事は結社じゃなく、僕が決めた事なんだよ」
「そんなの、都合よすぎるじゃないの」
「そうだね、そうかも知れない。だが事実として逆なんだ。過去の馬鹿な僕が欲張った結果「霊質」 が余っていたから通った策でもある。そのせいで偶々、結社の方針が変わったんだ。僕は過去の僕を誉めてやるべきかも知れない」
「馬鹿言わないで。それで女の子を傷つけた癖に」
「そうだね……ごめん。それでも、今ここにこうして居るのは僕の意志なんだ」
包囲のまんなか。
抱き上げられたまま、彼の馬鹿な弁解をわたしは聞いていた。
「国の脅威になる相手を信じるなんて馬鹿のする事だ。けれど僕はそんな命令を受けていない。変わらず君を愛すのが結社も後押しする僕の方針だ。そうである以上これは、彼女の独断としか言いようがない」
わたしという荷物があるのに苦にもしないで、彼は周りを威嚇し、構成員の築く包囲を薄く削りつつ、言葉を継ぐ。
「何なら結社を家と呼び変えてもいい。僕と僕の家は、君との幸せな結婚しか考えていない。僕は君しかいらないんだ」
それが本当ならば、素のわたしも、貴族のわたしも満足出来るのに。
甘すぎるぐらいに甘い告白に頭がぐらぐらする。きっとわたしの頬は赤い。




