悪役令嬢、恋心に翻弄される。
連続更新2回目。明日も続きます。
そこは日常の風景の筈だった。当主であるわたしの屋敷で、絶対安全な場所の筈だった。
わたしはいつも通りに仕事として、ただお客と面会しているだけだった。
なのに、なんなの。
何でわたし、結社の構成員に囲まれてるのかな。
理解出来ない事ばかりが続いて、正直混乱中。
でも、現実逃避してる場合じゃない。
「どうしたのぉ? 恥ずかしがらないでキスを下さいなぁドエース様ぁ」
甘ったるい声で包囲の外から、繰り返しドエースにキスをねだるのはアゲハで盛り盛り頭の、女怪人。
ヒロイン怪人ビッチーナだ。
「ビッチーナ、さっきから君は何のつもりだ。僕をその力で屈服させたいのかい。僕を操ってどうするつもりだ。それにドエースという名はもう棄てた。棄てた名前で呼ばれても返事なんてしないよ。下らない戯言を弄して、僕の可愛い人を傷つけるのは止めて欲しいものだね」
冷たい目で女怪人をちらりと見た彼は、相変わらずどういう空間把握をしているものか、四方から近寄る敵を正確に打ち抜いている。
ばたばた倒れていく構成員。
「チッ、弾切れがないのは便利だけれど、やっぱり威力が足りないな」
古風なライフル銃の威力に舌打ちするドエース。
キイッと甲高い声で叫んで倒れる構成員達は、確かに身動きはとれなくなってるけど死んではいないみたいだ。てっきり身内だから手加減してるのかと思ってたけど、武器の問題なのか。
「時間が掛かれば掛かるだけ不利になりそうだな……やはり一息に」
そう言って彼が次に選んだのは。
包囲の隙間からビッチーナに銃口を向けた。
キスをねだり浮かれ調子のビッチーナも、彼に直接狙われた事で青い顔をする。
「もうぅ、危ないわぁ! そんな無粋なものは隣のオンナの心臓を打ち抜くのに使って下さいなぁ。もう、ソレも結社の計画では用済みでしょう?」
小首を傾げる彼女は、べらべらと計画を話している。
はあ、豚……じゃない伯爵に売りつける予定じゃなかったの? 彼女の発言もさっきからぶれぶれだなぁ。
しかもそれ、極秘内容とかじゃないの。
「でたらめを並べれば真実になるとでも思っているのかい。愚かすぎて吐き気がするね」
ドエース……いや、その名を棄てたというのを信じるならベネディクトか……は、しかし仲間の苦情を無視してわたしを庇い、彼女に銃口を向け続ける。
まあ、彼の銃が火を噴く度、彼女の代わりにけなげな構成員達が、ビッチーナを庇って倒れていくんですけれどね。
でも、そんな現実を前にしても、なぜか狙われてる本人は平気な顔で。
「嫌ですわぁ真実ですわぁ。アタクシが言うんですもの、何だって真実になるのよ。アタクシとドエース様で世界を奪うって決めましたからぁ」
ウフフと笑う彼女の笑みは美しいのにどこか歪んでいる。
「もうっ、演技も過ぎると嫌みですわぁ。さっさとそのオンナを殺しちゃってキスをくださいって言ってるのにぃ」
ねぇ、と小首を傾げる様は愛らしい筈なのに……さらりと殺意を込めるから、わたしはその笑みにゾッとする。
それにしても、さっきからおかしな会話が続いてるね。
「……頭が痛い。本当どこまで君は狂っているのか」
こめかみを押さえ頭を振っている隣は、本気でビッチーナに呆れているように見える。
……仲間割れ? よくわからないな。
彼の言い分が本当なら、彼女は狂言を繰り返してる事になるけれど。
寄せてくる者は容赦なく撃ち倒し、ビッチーナを銃口で脅しつけ。
問答の間もさくさくと仲間(?) を処理するベネディクト。
彼の攻撃で薄くなった守りに気づき、慌てて構成員らが列を乱す。
矢面に立とうと彼らはビッチーナの方へと寄っていく。包囲のバランスが、僅かに狂いはじめた。
そのつもりで大本命を脅しつけたなら上手いものだ。
冷静な立ち回りについうっとりしちゃう。ほんと、格好いいよねぇ。
……と。いやいや、そうじゃない。しっかりしろあたし。
またポーッとなってうっかり傾いちゃうなんて、そんな事許されないから。
彼は結社の幹部。
わたしは罠にハメられて絶対絶命なんだよ?
周りじゅう敵だらけ。
こんなところで隙を見せてどうする。
だから。ここは断固として拒むべきなの。
わたしは強く自分に言いつけた。
「もう……演技なんてやめて本性現しなさいよ、ドエース。お仲間はわたしを殺してってさっきから言ってるじゃないの」
わざとのように怪人の名を呼ぶ。ドエース、と。
震える声で言い、わたしはまたペンダントを握り込む。
早く、早く。魔法少女として敵に立ち向かわなきゃ。でも、周りじゅう囲まれてる状態で僅かにも無防備を晒したくなくて上手くいかないよ。
だって、今はわたしを庇う隣の彼も。
……敵で。
これ以上心を揺らされたくないのよ。
もっと好きになっちゃう、彼に絆されちゃう。
孤独の不安はずっと去らないから、隣にいる人に依存してしまいそうで強く相手を睨みつける。
……けれど、尖った言葉に返ってくるのは甘い言葉と甘い微笑。
「確かにこんな状況じゃ信じられないか。でもこれから呼ぶならどうか君の婚約者の名で。無理に信じなくていいけれど、とにかく今は僕の側に居て欲しい。僕以外の男になんて指一本触れられたくないから」
その言葉に、その表情に。
わたしの頬は燃えるように熱くなる。
「……っ!! あ、あなた何言ってるの! こんな時にわたしの心臓でも壊す気なのドエース! 嫌よ、あなたわたしの敵じゃない!」
頑なにわたしは頭を振る。やだ、やだ。
こんなピンチで笑顔一つで操られる自分の安さに嫌になる。
「だから、ベネディクト。僕は君の婚約者で、未来の夫だ。言い間違えないで」
「違うよ、ドエースだよ、あなたは怪人で、結社の……わたしの敵で!!」
わたしは慌てて彼の側から
そう、言い争う間も敵に囲まれてる。構成員らはドエースとわたしを引き離そうとわたしに手を伸ばす。
「そんなに真っ赤になって反論しても怖くない、可愛いだけだよ。……嫌でも信じられなくても、護りたいから今は側に居て」
「ま、またそうやって!! ド、ベネディクトあなたね、わたしを羞恥心で殺す気なの!?」
甘い言葉で惑わす憎い相手を涙目で睨みつける。
「ああ、強がりな君は本当に可愛い」
視線の先にはきつい言葉の裏を読み切って、騙されてくれない憎い人。
こちらを見つめる目は優しくて、言葉はとろけるくらい甘い。だからわたしの胸は勝手に痛くなる。
やだなぁ、ときめきたくなんてないなぁ。でもやっぱり素敵な人だ。
わたしの恩人は、わたしの好きな人は、本当に格好いいから嫌えなくて困る。
「れ、冷静よ、これ以上になく冷静だわ。わたしを守るふりもやめていいのよ!? そうやって甘やかしてもだめなんだから!」
「僕は勝手に君を好きなだけだし、嫌っててもいいからとにかく側にいて。最悪ばかりを想定した言葉で自分を傷つけるのは止めなさい。このままでは君が参ってしまう」
そう言って優しく肩を叩く人の笑みにどうしたって心は躍る。
ああ……なんでこの人には強がりがばれるんだろうかと、泣きそうになるのをわたしは堪えた。




