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悪役令嬢、不愉快な面会をこなす

 お客人を応接間にお通しし、軽食とお茶をたしなむ事にする。

 と……その前に、まずはご挨拶とばかりに、主人の席に進むわたしを止めて、その人は手を取ってきた。ああ、挨拶ね。


「本日はご招待感謝しますぞ」

「あらご冗談を。本日はそちらのお申し込みでしたわよね。正式なお席になさりたいなら、お帰りなさる?」

「おっと、これは手厳しい」


 貫禄あるおなか周りをした好好爺……に見えるこのおじさまは、お父様の(自称) ライバルである。

 うん、自称ね。実際は小悪党ってところかな。無駄に顔は広いみたいだけど。

 彼のふっくらした手はどこかじっとり湿ってる。

 うう、生暖かい感触といい、嫌悪感がすごい。上流のご挨拶は苦手だよぉ……。

 貴婦人に向ける標準的ご挨拶ということで、指先に口を当てるんだけど、絹の手袋越しにも口ひげがちくちく当たって痛いよ。思わず笑みがひきつる。わっ、何で手を撫で回してるの気持ち悪い!

 出会い頭にいきなり精神をガリガリ削られるわたしは、無遠慮に撫でられまくってる手を取り返す。


 うー、嫌だ。この人無駄にセクハラまでするし色目使うし、なんだか出会って数分でわたしの中の株を下げまくってるんだけれど。

 一体何のつもりだ。


 ぞわっと悪寒が走り抜け、失礼ない程度の素早さで隣に並ぶ美しい婚約者の腕に悪戯されないよう手を預ける。

 ……後で消毒に手を握って貰おうかな。



 太っちょの体を揺すり揺すり横柄な態度でわが家にやってきた彼は、まるで顔で選んだと言わんばかりの美形な従者を三人ほど連れていた。美少女二人に美男一人。

 美少女の一人にシニョンに結った髪に見慣れたピンク色を認めたわたしは、慌てて目をそらす。

 ……高名な美形ばかり侍らせ貢がせるのがお得意のビッチーナが使用人など務める訳ないし、彼女なら次なるターゲットの為に動いている筈だ。だからこれは過剰反応で、ピンク髪にどれだけトラウマ抱いているんだって話になるんだけど。


 そのピンク髪が声を発した。

「伯爵ぅ、アタクシ達はぁ、どこに控えていればいいんですかぁ?」

 ……ああ、あの甘い口調も何だか聞いたような声に感じる。別に若手で愛人希望のメイドの間では珍しくもないタイプなのに。

 病みすぎだなぁわたし。


 そんなわたしの隣の婚約者は、小太り伯爵と美少女メイドを鋭い目で見つめているようだ。顔は見てないけど何だかこちらにも冷気が漂ってくるし……多分笑顔の下で怒り狂ってるんだろうなぁと感じる。

「……とは、一体何を考えてる」

 ドエース、いやベネディクトが低い声で何かつぶやいた。


 彼もこの数ヶ月間、こんなたちの悪い輩と会ってたんだろう。

 問題ありそうな人はほぼ彼が面通ししてわたしと会う前に弾いていたから、こういうルール無用な御仁にも遭遇したんだろうなぁ。

 大変だったね。うん。わたしもいざ目の前にして驚愕しているよ。


 だってこれって、大事な取り引きの前にお客の前で愛人といちゃつきだすくらいの無礼さだもん。

 この人本気でわたしと仲良くする気あるのかなぁ? こんな無礼なエロオヤジとか味方にするの、いやなんだけど。


「そうだなぁ、可愛いお前とは一緒に居たいが、今は大事な用事だからな。続きの間ででも「歓待」 して貰っていなさい」

「はぁい、わかりましたぁ~。アタクシ達は隣に控えてますねぇ。あと、例の件もしっかりぃ、守って下さいましねぇ」

「はは、勿論分かっているとも。お前の為に「土産」 はしっかり確保するぞ」

 小声であるが愛人だろうメイドへねっとりした声で言うお客人。不謹慎にも程があるし、何でうちの者が従者に歓待しなきゃいけないんだろうか、彼の発言は謎過ぎだろう。


 それに、土産?


 自分から面会を求めてきた側なのに、下手に出るどころか土産まで要求するの? 厚かまし過ぎでしょ。

 この人、社会のルールも知らない異次元の生き物なの?

 思わずじっと見たわたし、悪くない。


 ピンク髪の子はちらっと見た限り、目の色も違うし、地味可愛いタイプの子みたいだった。清楚可愛いビッチーナとはまた路線が違う系の美少女だ。

 一緒に伯爵に媚びてる子の影に隠れてるのもあってちゃんとは見えなかったけど……怪人フォームでもヒロインフォームでもないんだから別人だと思う。

 ヒロインとして高位貴族の男子を次々落としてきたビッチーナだけあって、人に仕えるイメージってないんだよねぇ。原作たる「悪役令嬢が多すぎる世界」 でも貴族子女としてしか描かれてないし、まあ大丈夫でしょ。


 ……そんな思い込みが、後になって響いてくるなんてこの時のわたしは分からなかった。



「……おっと、済みませんな。バーバラ様を放っておいてしまいました。儂と話せず寂しがらせてしまいましたかな?」

 不愉快な愛人とのその上でニヒルな笑いでモテ男のポーズ? また勝手に手を取ろうとしているからしょうがなく両手でベネディクトに縋ってやったら舌打ちして睨んでるんですけど。

 貴族の常識的に、既に結婚したと言ってもいいわたしのパートナーを睨むってどういう事?

 これ、わたしの家と仲良くなりたいって申し出なのよね? 何でわたしに悪印象ばっかり刷り込んでくるの?


 い、意味が分からないんだけれど……。それはそれとして、お仕事、お仕事。悪女の仮面を被って頑張るよー。



「相変わらずゾフィー様に似てお美しい」

「おほほ、伯爵様もご壮健のようで何よりですわ」


 男性二人がにらみ合いから始まるお茶の席ってなかなかないよね。

 婚約者と二人でソファに並ぶわたし。

 晩餐で歓待としなかったのは……相手がどういうスタンスか、微妙に掴み切れていないからなんだよね。相手を歓待していいのか、分からないからだ。


「先代の頃よりわがアヴァリーティア家もお世話になっておりまして。名高い伯爵とお会いできて光栄ですわ」

 ごくありきたりな挨拶だけど、お父様が彼に世話した事の方が圧倒的に多いので、多分に嫌みが含まれます。


「いやあ、なに、彼には随分と困らされましたが、儂は心が広いですからなぁ。バーバラ様のような美しいご令嬢に貸しが出来たと思えば苦労も報われるものです」

 ……む?

 ニコニコと笑うふっくらした顔にはまったく嫌みは見えないけど……このお客人、今、新当主であるわたしを小娘扱いしたよね?


「まあ、どんなご冗談かしら? わたくしが、令嬢とは一体……?」

 わたしは声を平板にして、真っ赤な唇に毒を秘め、笑みを消し、目の前の人物に問うた。


「それとも、わたくしの若々しさを褒めて下さって下さったのかしら? ……ねえ、伯爵? 物忘れかしら。わたくしを令嬢などとおっしゃるなんて、随分と冗談が過ぎますこと。わたくしでなければ、無礼だと話を打ち切られてもおかしくなくってよ」


 私はお前と同格だと、言い聞かすように睨むと、彼はようやく笑いを引っ込めて慌てて言い繕う。

「お、おお……いや、年甲斐もなく美しいアヴァリーティア伯爵に舞い上がってしまったようですな、勿論分かっておりますとも。いや失敬」

 そう言って、二心などない、というように客人は笑って誤魔化した。


 しかも、さっきはお父様について事実と逆の事を言ったよね? 忘れてないよ?


「それに、随分とおもしろい事を仰ること。わたくし先代を尊敬しておりますの。彼の仕事ぶりはしっかりと覚えておりますわ。……貴殿が仰る事は聞いた事のない事ばかりですけれど、聞き間違いかしら? わたしくね、余り気が長い方ではございませんのよ? 大きな言葉は吐かれない方が宜しいわ」

「なっ……それこそ、娘可愛さにご父君が大きな言葉を選ばれたかと。ははは、彼は昔から言葉ばかり上手い男でしてなぁ。儂がいなければ立ちゆかぬ程で」


 気色ばんだ客人は、言い含めるようにそんな嘘を並べ立てるが……小娘だからってバカにしてるのだろうか。


「……お父様の親友の方達からもお聞きしていますのよ? 嘘と仰るなら今度は皆様ともお席を作りましょうか。きっと楽しいお話が聞けますことでしょうね」


 嘘を上位者の並ぶ中で暴き立てられたいか。

 言外に述べるとようやく黙った。うーん、まあ自分を大きく見せたいのは分かるし、嘘でも貸しを作れたらと考えちゃうのは分かるけど、ちょっとでも噂を聞けば分かる事なのに。

 最初から不穏だなぁ、もう部屋に戻りたい。


 席についた以上、今更面会を取りやめられないし、相手が諦めて席を立つまで時間をつぶす事にしたわたしは、改めて客人を見る。


 見た目はそう、気のよさそうな小太りのおじさんだ。……嘘吐きだけど。

 彼は一応、裏社会の顔役の一人なんだけど、その実体は提灯持ちといったところだ。

 上位に上手く取り入る嗅覚がすばらしくて、お父様世代でも有名な胡麻擂りおじさんってイメージ。あれだ、お仕事よりもおべっかが上手いタイプ。

 その分顔が無駄に広いので、便利な人であるって事だけれど。

 そしてこの人、一応お父様と同い年の筈なんだけど、壮年を越えて老年の域に見えるのはどうしてかしら。お父様は貫禄がスーツを着てるみたいな例外だし、比べるのも可哀想か……。

 髪なんて元々の茶髪がまばらで殆ど白くなっちゃってるし、皺も深いし。何だかもう六十歳ぐらいのお年に見えるわ。

 服装のセンスは悪くないし、お手紙の文章も非常に洒落ているし、笑顔も隙がない。

 なのに中身が……こう、ちぐはぐな感じがするのはなんでだろ。


 一応社交界でも中堅どころを占める筈の彼が、張りぼてのすかすかな空気をどこかで臭わせているのは一体どうして。


 ……それ以上に謎なのは、ドエースという壁も敏腕執事の壁も越え、この小者臭がぷんぷんする男が、アヴァリーティア新当主と共に今この席についているという不思議だ。


 わたしは内心に首を傾げる。


 多大な作意を、感じながら。

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