悪役令嬢、使い魔に動揺を誘われる
その夜、わたしはうじうじとベッドで悩んでいた。
寝室の鏡台の椅子の上、ベッド代わりの籠から使い魔の視線を感じるけれど、ことこの件について彼の意見を求める気にはなれない。
……使い魔ことプリティは、ドエースのこと大嫌いといつも公言してるしね。
天蓋から垂れる幕を下ろして、一人きりの空間で、柔らかなシーツの上まどろむけれど、眠気に逆らい頭の中ではぐるぐるといやな記憶が過ぎる。
数日前、久々に遭遇した秘密結社の女怪人ビッチーナ。
対象を堕とした後は本性の派手派手アゲハな姿に戻る彼女が、珍しくも偽装の清楚ヒロイン姿のまま戦場にあった。
あの時は久しぶりで感覚が狂ったのもあって、世界の規制に焦ったり、いつもより手強いモンスターとぶつかったりで彼女の姿を疑問に思う事もなく、戦闘に入った訳だけれど。
……その時、彼女の上司たるドエースは、わたしの婚約者である伯爵三男のベネディクトの姿をしていた。
それもまた、怪人である彼の変装、伯爵家の入り婿という仮面を着けた偽りの姿だ。
作戦行動中の彼は、元同僚のビッチーナの前にわが婚約者として立ったということになるのだけれど。
偽の姿を纏う彼はしかし、柔らかな色を纏う優しげな美貌のヒロイン……つまり偽装中のビッチーナと、「対」 のようにとても似合っていた。
二人の寄り添う姿は、とても自然に見えたのだ。
わたしの命を狙い、罵る中で、ビッチーナは彼を「対」 と言った。
総帥がそう作ったのだと。
わたしはその言葉の意味を正確には知らないけれど、言われてみればそう、二人はお似合いだと、そう思ってしまったんだ。
そこからわたしの悩みは始まった。
ヒロイン怪人ビッチーナ。彼女とは戦場でしか遭った事はないけれど、いつだってドエースをとても慕っているようだった。
彼の為にわたしを倒すと、口癖のように言うぐらいに。
上司であるドエースも、いつもビッチーナを戦場のどこかで見守っていた。どぎつい女怪人姿の時も、ヒロイン姿の時も、つかず離れずの位置で、彼は配下の事を見つめていたのだ。
わたしは一年ちょっとしか彼を知らない。そのほとんどは怪人として、敵として認識していた相手だ。
それと比べて、ビッチーナは結社の仲間として部下として、きっと長く時を過ごしてきたんだろう。
……だからこそ、わたしは自信がない。
「ドエースの事、わたし殆ど知らない」
口に出して言えばそれは恐れに変わる。
「わたし、彼の事……信じていいのかな」
シーツの上、小さく丸まってわたしは呟く。
「……信じたいけれど……怖いよ」
こんなに好きになったのに、心の全てを彼に委ねてしまいたくなるのに、わたしの弱い心は、やっぱり彼が彼女を取るかも知れないと怯える。
こんな意地の悪い素直でない女より、彼を好きな気持ちを隠さない、長年寄り添ってきた可愛い配下を取ってしまうのではないか、と。
わたしは、そう思ってしまうんだ。
気落ちしても、多忙を極めるわたしの日々は過ぎ去っていく。
父の引継と、結婚の準備。どちらも手の抜けない重要なものだから、緊張に神経は休まらず、不安は悪夢を呼んで、わたしの体力を削っていった。
夜中に泣きながら飛び起きた時もある。
ああ、本当にわたしは弱いなぁ。偉大なお父様の後を継ぐのがわたしでいいのだろうか。
そんな迷いが出るくらいに、わたしは消耗している。
最初に変化に気づいたのは、プリティだった。
「……ご主人、大丈夫なのか。顔色も悪いし、食欲もないようだが」
主寝室に移ってからはすっかり定位置になった、寝室の鏡台前の籠の中、渋い声が気遣わしいとばかりに優しく問いかけてくる。
当主となってからは、日中は側近が侍るのが当たり前の状況になった。お母様の監視とは違う意味で、気を張って当主らしい姿を見せなければならなくなったこの頃。
真に一人となれるのは寝室しかなく、プリティと話す時間は、就寝前のお茶の時間のみで……彼とまともに話すのは随分久しぶりの事かも知れない。
「そう? 顔色悪いかな。でも大丈夫だよ。疲れてるように見えるなら、きっと忙しくて食事とか不規則になってるせいだね。これからは体に気を使うようにするから」
寝る前の習慣のお茶も、この頃はすっかりご無沙汰していた。最近は多忙のせいで疲れがとれず、部屋に戻ってすぐにベッドに入って寝てしまうからだ。
わたしはさらっと会話を流すべく、あははと笑って何でもないようにスルーしようとする。
現在は、ドエースが引き続き王都で次代のアヴァリーティアに取り入ろうとやって来てる不心得者を相手して、わたしは領地で仕事や結婚準備ををしてる状態だ。
思えばもう何週間も顔を合わせていないなぁ。それもわたしの悩みに拍車を掛けているのかも知れない。
「それならいいが……」
短い手を組み、こちらを心配そうに眺めるプリティ。そんな主人思いな彼の存在にほっとするわたし。
……本当の理由なんて、彼には絶対言えないよ。ドエースが信じられなくて、でもそれを彼に言えなくて悩んでる、なんてこと。
言ったら最後、わたし大事なこの使い魔は、日頃から敵視してるドエースの元に文字通り飛んでいって、問題を粛々と指摘するに違いないから。
「心配かけてごめん。でもプリティがいるから大丈夫だよ」
実際、朝晩の挨拶だけでも、彼という絶対の味方がいる事で随分助かっているんだ。
わたしの可愛い使い魔は、神の使命で魔法少女の下に来た存在、清廉潔白にして忠実な配下。そんな彼という存在にわたしの疑心だらけの心は救われる。
それに、朝晩の挨拶で彼のふわふわ頭をなでるだけでも、ストレス解消になってるしね。ペットセラピーですよ。
……なーんて、考えてるところを見るに、わたしの悩みもそろそろやばいところに来てるのかなぁ。
何だよ絶対の味方、って。ペーターやマリナはどうしたんだ。お父様だってわたしを出来の悪い新当主のわたしの頑張りを目一杯甘く見てる。
わたしの味方はちゃんと側にいるだろうに、悲劇のヒロインぶってさ。
うう、ぞっとする考えだ……これはよくない、かなりよくないよ?
何だか、わたしらしくない落ち込み方にはまってると思う。
どこかで発散しないと、ドエースに次に会う時おかしな事しそうだし、本当何とかしないとなぁ。
なんて頭を抱えてると、プリティはプリティで何だかおかしな事をぶつぶつ呟いている。
「くそ、我がパワーアップした事が、逆にご主人の側に侍れぬ理由となるとは迂闊であった。ここはやはり、あの呪文で……」
籠の中で頭を抱え……たいけど短い手のせいで大きな頭を持ち上げてるような格好で、使い魔殿が不穏な事を言う。
「ちょっと、やめてよ」
わたしはあせって彼を止める。あの呪文って、「よい子になーる」 でしょ。
「今のあなたがこれから結婚するっていう時期にわたしの側に現れたら、絶対おかしな噂が立つじゃないの」
何せ今のプリティときたら、貫禄たっぷりな白い魔王様といった存在だ。
白髪に赤い目の希な色彩、女神も恥入るような端正な美貌に、彫像の如きバランスのよい長身の美々しい男性である。
そんな美しい未婚の男性なんてものが近親者として現れたら?
前みたいに信奉者を邸内に作ったりしたら、目も当てられない状態になるのが見えてるんだけど。
「お母様の家の者を排除したんだから、今度貴方が入るならアヴァリーティアの分家筋って形になるわよね」
「ふむ」
「そうしたら、どうなるかしら? わたし思うんだけど、年頃の立派な男性が分家筋に居たら、またあなたを主人に立てようとする者が暗躍するだろうと推測出来るんだけれどね。お家騒動再びよ。本当にやめて」
いつもの白くてまるい姿と違い、魔王様フォームの彼ったら、裏社会のフィクサーであるお父様と並ぶんじゃないかって疑うぐらいに、ほんっとーに威厳たっぷりなんだもの。
絶対持ち上げられるに決まってる。
「ふむ? ならばいっその事、身内でなく求婚者として設定したらどうだ。我はご主人を愛しているし、今の姿であればアレとも見劣りせぬだろう」
「どうだ、じゃないよ。それに貴方の愛って敬愛でしょ? 男女の愛じゃないのに求婚とかしないで欲しいんだけど。胸張って言うとこじゃないからね、そこ」
わたしが眉間にしわを寄せて睨むと、まんまる白い使い魔は首を傾げる。
「何処に問題が? 愛は愛だろう、そこに区別があるのか」
「あるわよ、わたしは彼を愛してるの。貴方は可愛いし大事だけどそういう意味で好きじゃないわ」
「そういう意味とは? 我はご主人を本当に大事に思っているのだが」
天界と地上の生き物の違いか、彼は理解出来ないようで不思議そうな顔をする。
わたしは仕方なく、「そういう事」 を説明する。
「貴方ねぇ、わたしと夫婦になれるの? わたしは次代を産んで育てて一族を繁栄させるのが仕事なのよ」
なにこれ、本当恥ずかしいんだけど。頬を押さえるわたしに彼は得心いったか何度も頷いた。
そして、何を思ったか大きくなった。
寝室に魔王様降臨である。
わたしは慌ててシーツを被る。夜着はシンプルなワンピースで地も厚いけど、男性の前でそんなものを見せる趣味はない。
っていうか、まんまる丸い格好のせいで忘れてたけど、そういえばドエースと同年代まで育ってたんだったね! 唐突に姿を変えられると焦るよ。
彼は籠をどけ、鏡台の丸椅子に座ると足を組んだ。
ふんふんと何度か頭を頷かせてからしばし。
「……神より回答を得た。それなら機能させるとも」
え、今の神様と会話してたの? で、一体何を聞いたの?
わたしは怖々と魔王様に伺いを立てる。
「機能させるって、何を?」
「だから、ご主人との間に子を儲けられるかという答えである。天界の生物である我は地上の生物であるご主人とは通常繁殖を営めぬが、そこはまあ神の使徒たるご主人への褒美というか、裏技でな。わが神に頼めば、問題なく子孫繁栄に従事出来るのが確認出来たのだ」
「真顔で言う事!? っていうか、そんな事、神様に頼まないでよ恥ずかしい!」
何この、なんなの本当に? この使い魔恥らいもなくおかしな事言うんですけれど!
わたしは茹だるように頬を火照らせて、頭までシーツを被った。
そのままの姿勢で、もごもごと魔王様に言う。
「それにね、もう結婚の案内出したんだよ……。貴族はプライド大事の生き物なの。今更決まった事を撤回なんて出来ないし、こんな時期に求婚者って、そんなの余計な騒ぎになるに決まってるでしょ。わたしは平和にお父様の後を継ぎたいのよ。本当に不穏な事やめてったら」
「ふうむ? 人間とは難しいな。愛というのは自由ではないか、我がご主人に愛を囁く事が何の問題があるというのだろう」
その時、シーツの隙間から見えた彼の美麗な顔は。
顎に指を添え考え込む様子は、それこそ彫像か何かにして残しておきたい程の絵になる姿である。
そんな美しい姿で、渋い低音が囁くように真顔で言うものだから、わたしは大いに照れてしまう。
「あ、愛を囁くとか簡単に言う!? もう本当やだ……」
こ、この天界の生き物は。どうせわたしの事なんて主として慕ってるだけのくせに、惑わすような事言わないでくれないかな。
時々こうやって常識はずれな事をするから侮れないよ……。
「ううむ、ではどうすればご主人に自然に侍れると? ……そうだ、ではご主人の側近として採用されたとしては」
いいこと思いついた、みたいな顔をして手を打つけれど、とんでもないよ。
「貴方みたいな、「我、黒幕でござい」 って存在がいるだけで絶対問題が湧くってば。その貫禄で皆が動いちゃうんだって」
「むう?」
「なぜそこで不思議そうな顔を……もしかして、プリティったら自分の姿に自覚ないの……?」
結局、深夜まで話し込んで側近の希望を取り下げさせたけれど、この使い魔は自分が良いとしたらわたしの目を盗んででも実行するところがあるから、油断ならない。
ああ、また心労の種が増えたじゃない、どうしてくれようか。




