魔法少女、ヒロインの前に自信を無くす。
悪役令嬢は魔法少女。
婚約者は悪の秘密結社の幹部。
そして彼女は……怪人。
「さっさと倒して、それからドエースに今回の事を追及してやるんだからっ!!」
ピンクでふわふわでゴスロリ風なミニドレス姿で、魔法少女的格闘技を仕掛けるわたし。
あの思いでの丘での頂上決戦みたいな戦いを見たわたしは、拙いながらに彼らの動きも取り込んでいる。
「今日のわたしはひと味違うよっ、覚悟しなさいよね、モンスター!」
「フーネー!」
そう張り切ってみるものの、帆船型モンスターと戦うわたしは内心気が気でない。
だって、ビッチーナは同性から見ても明らかに可愛い。そうあるように作られたキャラだ。
この世の幸せを詰め込んだような造形。
ビッチーナのデザイン担当はイラスト系SNSで活躍していたランカー絵師さんで、清楚ヒロイン形態も結社の怪人形態も、すごく気合い入ってて。
そんな、奇跡のような清楚な外見で、心を掴むような言葉を仕掛けてくる。
しかも背後ではお膳立てのように、婚約者が「悪役令嬢」 であるかのよう結社構成員が情報操作するわけで。
……世の男性が、如何にも清楚美少女なビッチーナに、ぐらつくのも分からなくもない。
ビッチーナは、悪役顔なわたしと違って庇護したくなるような頼りなげな少女だ。
まあ、魔法少女のもてかわキュートなナチュラルメイクの時は、彼女と並んでも見劣りは……そんなにしないと思うのよ? いわばわたし、主役ですし。
でも、通常時のわたしは、意地悪そうな外見で、ドギツイ悪女メイクで着る服だって常に濃色で攻撃的で。
性格だっててんで可愛げない。
なんていうか……正直ね、自信ないんだよね。
彼に、普段のわたしが愛される自信がない。
だから気が急く。
一撃一撃の精度は落ち、大きな的なのに、急所を突けずにいる。
いつもより強力なモンスター相手に、そんな気もそぞろに戦ってれば、そりゃあ……ピンチになるってものだよね。
「ご主人、どうしたのだ。今のご主人ならば倒せぬ敵ではないぞ!」
うちの使い魔の低音美声がわたしを叱咤する。
「分かってる、分かってるんだけど……!! くうっ」
腕をクロスさせて敵の攻撃を受ける。大きく吹っ飛ばされたわたしの体は、煉瓦の校舎にぶつかった。
「……バ、いやピュアリーラブラブリー! ビッチーナ、いい加減にしないか。君はさっきから何を言っているんだ、あの男にでも何か吹き込まれたのかい? 言っている事がおかしすぎる」
いつもより硬いドエースの声が響く。
痛みを堪えてそちらを見れば、グラウンドに立ち、心配げな顔でこちらを見ている彼がいた。
それは瓦礫の隙間から見える光景。
……彼の細くも逞しいあの腕に、優しげな顔立ちの美少女が抱きついている。
それは、酷く似合いに見えて、胸が痛い。
「いやですわぁ、照れないでもいいのに。ドエース様はアタクシのモノ。アタクシ達は同じ場所で生まれた一対ですの、総帥様も認めた完璧なカップルなの!! なのに何で、あんな女を構うんです?」
痛みにかすんだ視界にも、彼女の大げさな喜びようが見える。
言葉に会わせくねくね踊る少女は、うっとりした口調で愛しい人に語った。
「さあ、アタクシのモンスターがあの女を粉々にしてくれますわ。無様な死に様をしっかりと見て下さいましねぇ、そしてアタクシと世界を征服しましょう!!」
……ああ、もう、聞いてられないぐらいに、耳をふさぎたいくらい酷い話だ。
その時わたしは、全身打撲にうめいていた。
紳士な彼の事だから、乱暴に女性を振り解けないんだろうなーと予想がつくが、でもやっぱり、婚約者としてはビッチーナを大事に扱って欲しくなかったよ。
あーあ、やっぱりわたしは悪役なんだね。好きな人にはふられちゃう立場なんだ。そういう、役目なんだ。
悔しいけど、美男美女でお似合いだなぁ。やっぱり振られちゃうのかなぁ……。
あ、やば。悲しい現実に涙が滲んできた。わたしはがれきの中から立ち上がりながら、乱暴に目元を拭う。
わたしは魔法少女だから。
つらくても悲しくても、モンスターを倒さなきゃならないの。
「ド……エース……コホッ」
うう、肋骨でも痛めたかなぁ、喋っただけでかなり響く。ここまで痛めつけられたのも久々だよ。
「久々に効いたぁ……。思えば数ヶ月も出動してないもん、そりゃ痛みにも弱くなるよね」
何せ週一出動で、親の目をかいくぐるのが大変だった大忙しな以前と違い、ドエース……いやベネディクトとの婚約からこちらは平穏そのもので、わたしはこの数ヶ月、かすり傷すら負わない優雅な暮らしを続けていたのだ。
だからこそ、ここぞの時に踏ん張りが効かない。
「情けないなぁ……。平和でも何でも、結社の怪人を倒すお役目があるんだから、少しは鍛えておけっていうのよ」
鈍く痛む肋骨あたりを押さえながら、わたしは自嘲する。
痛いは痛いけれど、まあこのラインなら何度もあったことだ。うん、耐えられる……痛いけど。
魔法少女に備わる防御機能か、わたしの怪我はじりじりと治りつつある。手足のいやな痺れはだいぶ収まったし、後は痛みが引けば動ける、というか、動かないとやばい。
幸いなことに、がれきに埋もれたわたしの姿を見失ったモンスターは、グラウンドをうろうろとしている。
どうやら指令役の命令を守ってか、周囲を破壊するよりわたしを倒す事を優先しているみたいだ。
とはいえ。余りのんびりしていたらビッチーナがわたしをあぶり出す為に破壊命令を出す可能性もあるので急がないとね。
「早く、回復しなきゃ」
早く治れ早く治れと祈るなか……常ならぬ冷たい声がした。
「……ねえ、ビッチーナ」
「何ですドエース様ぁ」
「僕がいつ、魔法少女を殺せなんて、世界を征服したいなんて言ったかい? それは誰の唆し? 君自身の希望なんじゃないの」
いつものけだるげで甘い、どこか怪しい雰囲気が消えた彼の声。
それはとても冷えて、平板な響きを持つ音だった。
ドエースはビッチーナの絡めた腕を解いた。
そして、まるで誰かを捜すように、グラウンドから校舎の方へ……わたしの隠れた方にと、足早に歩いてくる。
「……え? な、なんですのその目は、冗談でしょう……?」
それまでの浮かれた声を戸惑いに変え、ビッチーナは口を重たくした。
彼女に向けられた背中に語りかけるも、ドエースは足を止めない。
「お、おかしいですわドエース様。魔法少女は結社の敵ですわ。何でそんな……」
……ええ、と。これはわたしも予想外の展開だよ?
二人は何故か言い争いを始めたようだ。
「魔法少女は敵? そんな事実はない。僕は魔法少女を倒せなんて一度も言ってない」
「で、ですが! いつだってモンスターを向かわせていたではないですか!」
「必要なのはブレイクハート、乙女の霊質。魔法少女はそれを獲得する時に現れる神の先兵、我らの障害だ。彼女らに抗する足止めは当然必要。それだけの事だよ。霊質がブレイクハート、愛情の喪失状態に持ち込めれば我らの用件は足りるのだし、必ずしも排除する必要はない」
「え、何故、そんな……」
ビッチーナは戸惑っているようだ。
わたしもいきなりのシリアス状態に戸惑っている。
「世界征服? そんなもの、組織でもあの男しか考えていないよ。非現実で非常識で、何より誰も幸せになれない。組織の力を使って支配して、それで? 一体誰が喜ぶんだい」
「ドエース様、何を言ってらっしゃるの? ドエース様の世界が出来るではないですか」
「僕の世界?」
怪訝そうに言って、彼は足を止め後ろを振り返る。
ビッチーナが調子を取り戻した様子で楽しそうに謳った。
「そうですわぁ、ドエース様が王様で、アタクシがお妃様! 二人で世界を我が者とするのです。魔法だって使い放題、邪魔をする者はすべて殺してしまいましょう? 世界中の全てがアタクシのとドエース様を王と仰いで奉仕するの。そうすれば、地下に潜んだりする必要も……」
な、なんと。
ビッチーナも不良幹部並みに世紀末論者だったんだ!? 邪魔する者は皆殺しって。
わたしはがれきの陰でひそかに驚愕した。
ドエースは呆れたように「ふうん、奉仕ねぇ」 一言呟くとまた歩き始める。
「ど、ドエース様!」
ビッチーナは慌てて小走りで彼を追うけれど、ドエースは振り向かない。
縋るように手を伸ばすビッチーナ。
それを軽く振り払う。
「……え?」
ビッチーナは、振り払われた手に呆然としたように足を止めた。
「それは君の希望の世界ではないの? 僕はそんなの望んだ覚えがない」
「……まあ、オホホホそんな。誰にも愛され誰にも尽くされ誰よりも偉い。そんなの、ドエース様だってお望みですわ。嘘を吐かなくても……」
いっそけなげにドエースを追いかけるビッチーナ。
でも、二人の距離は開くばかりだ。
そろそろわたしの隠れる場所に二人が近づいてきた。
……ええと、陰から出た方がいいのかな? まだ回復しきってはいないんだけど。
まあ、準備だけはしておこう。
「君が妄想の世界に夢を広げるのはいいけれど、僕を巻き込まないで欲しいな。結社はただ魔法という古代の技術を現代に蘇らせる事を目的と結束した者らの集うところ。ギャン・グーに傾倒するのはいいが、君達のその馬鹿げた野望につき合う気はないね」
がれきに潜むわたしは、そんな二人の話をじっと聞いていた。




