悪役令嬢、友人の恋バナに耳を傾ける。
「私の方は、大した変化はないが。だがまあ、婚約者が妙に気遣いをするようになったな」
猫足の白いティーテーブルから、白磁のティーカップを持ち上げ、きれいな姿勢で琥珀色のお茶を飲むミゼット様。
何でかドレスを着てるのに、こう華麗といいますか、爽やかで好青年というイメージがあるのよね、ミゼット様って。
やっぱりビシッとした武官風の姿勢がいけないのかしら?
「ミゼット様の婚約者は、女心も知らぬ無礼で不躾なな方だったのでしょ? 良かったじゃないの」
ツインテールをふわりと揺らして小首を傾げつつ、ズバッと言いにくい事を切り込むツィスカ様ったら流石はツィスカ様だった。
思わず凍り付くわたし達。
「う、む……。ツィスカ嬢の言うとおりではあるのだが、今までが今までだからね。私の方が戸惑っているのだよ」
微妙に婚約者の変節を納得しがたいのか、ミゼット様は腕組みして唸る。
「ま、まあまあ、そろそろわたくし達も年頃ですし、結婚を前にし、お相手も反省なさったのではなくて?」
変な雰囲気に、わたしは慌ててフォローの言葉を投げる。こんな嫌な雰囲気のままでお茶会なんていやだもん、頑張るよ、わたし。
「ああ、そうだなバーバラ嬢。そうなのかも知れない」
「ええ、多分、きっとそうですわ!」
「だがね。以前は「君は男に生まれ間違ったのだろう。だから剣だの振りたがるのだ」 だの、「友としては好感を持てるが、君はなあ。どうも女として愛せないんだよ」 だの、私を牽制するような事ばかり言っていたのに」
そのひどすぎる内容に、再び重くなるテーブル。
「そ、それはひどすぎますぅ……グスッ」
涙もろいレーナ様など号泣寸前である。
「ああ、私の為に泣かないでおくれレーナ嬢。君の可愛い顔が台無しになってしまうよ? まあ、そんな感じで政略結婚を強く示してばかりいた男が、だ。人が変わったように花は贈る、季節の手紙は寄越す。エスコートの際には優しく声を掛け側を離れずに居て、饒舌な愛の言葉を吐くのだ。……急に何があったのかと驚いてはいるよ」
そう言ってハンカチをレーナ様に貸しつつ、こちらには肩を竦めて見せるミゼット様。
「まあ……確かに、随分な変わりようですわね」
「聞いていたのとまるで別人ね? 一体どうしたのかしら」
「うむ。私も同意見だよバーバラ嬢、ツィスカ嬢。ふむ……そういえば彼も、最近出来た友人に「紳士たれ」 と叱られたと言っていたかな。これは随分な偶然だね?」
顎に手を添えてミゼット様が言えば、釣り目がちな目を見開き、ツィスカ様が興味深げに笑う。
「へえ、おもしろい偶然もあるものね?」
……それ、本当に偶然なのかしら?
「わ、わたくしもぉ……グスッ。婚約者の方がおかしいのですわぁ」
「まあ、どうなされたの? レーナ様」
わたくしが水を向けると、小さなサンドイッチを一つ摘んでお茶を飲んだレーナ様が、大きな茶色い目を瞬かせて勇気を出したように話し出した。
相変わらずの、小声ではあったけれど。
「今まではぁ、わたくしの野暮ったさを指摘するような豪華でぇ、色味も濃いぃ、わたくしには過分の贈り物でしたのにぃ。最近はぁ、わたくしの趣味にあった控えめな装飾品やぁ……最新の詩集などを贈って下さるのぉ……急にどうしたのでしょうかぁ?」
「そうなの? 良い事じゃない。きっと贈り物のセンスとはなんたるかを知ったのではなくて」
少しは見直したわ、とツィスカ様。しかし、当のレーナ様の顔色は優れない。
「えぇ……ツィスカ様、確かに良い事なんですけどぉ……でもぉ、婚約してからずうっと、もう五年近くもそうでしたのよぉ? その上でぇ、似合わない華やかな服を着たわたくしを、蔑んだ目でみていらしたのぉ……グスッ」
「五年、もか。酷い人間も居たものだな」
「えぇ。嫌みったらしいったらないわ」
今にも涙が零れそうなレーナ様に、同情の眼差しを送るお二人。わたしも労るように、レーナ様お気に入りのお菓子を取り分けながら話を継ぐ。
「しかし……五年も変わらなかった方が、いきなりどうした事でしょうね? 好きな子に意地悪するのをやめて、やっと大人になられたという事かしら……」
わたしなりにそう纏めてはみたものの。
「やだぁ、それはありませんわぁ……グスッ。あの方は常に赤やピンクの似合う華やかな方ばかり目で追ってらしたものぉ。わたくしのような、イエローやブラウンが似合う地味な娘はぁ、対象外というものですぅ」
大人しげで愛らしい顔を歪めて、レーナ様は頭を振る。婚約者が自分に恋をするなどありえないと。
「そんな、卑下する事はない。クッ……しかし、ここまでレーナ様を追いつめる男が本当に憎いよ。貴方は本当に可憐で優しい人なのに」
「そうよ、わたくしの自慢の友人を馬鹿にするなんて……その殿方、扇子で叩いてやりたいぐらいだわ!」
「ええ、本当に。その時はわたくしも加勢致しましてよ」
血気盛んな友人達の声に、レーナ様は微笑む。
「ありがとうございますぅ。でもぉ、最近は本当にぃ……わたくしを気遣うような文を下さったり、可憐や優しさを意味するお花とぉ、恋の詩集を下さったりぃ。気遣って下さっているようですのぉ……ですから、怖くて」
華やかな婚約者に見合わぬと、昔から感じていたからこそに急な優しさが怖いのだ、と。
「そう、いえばぁ……彼も言ってましたわぁ。散々に貶すのがもう一種のジョークとなっていたわたくしとの婚約についてぇ、友人に叱られた、と。「そんなにも卑下する相手ならば君には合わぬ卑賤な者なのでしょう、捨てればよろしい」 ってぇ、言われたのですってぇ」
「ええっ? でも、あの方の家は先代の商売で大きく焦げ付いていて、レーナ様のお家から多額の借金をなさってるでしょ?」
「……レーナ様を手放すなど、不可能ではなくて。本来ならあちらの方が弱い立場でしょうに。男って見栄っ張りで本当に馬鹿ですわね」
ねえ、と。ツィスカ様とうなずきあうわたし。
「そうなのですけれどぉ、実際、相手方の方がぁ上位ですからぁ……」
こちらから婚約破棄は言い出せないのだ、と弱々しい笑みを浮かべるレーナ様。
「ところでぇ、婚約者の友人の話には、続きがあるのですぅ。ご友人はこう続けられたのですって。「そこまで嫌い抜いてまでも離せぬのならば、それは君の隠し持った都合によるものだろう、ならば相手を尊重しろ。妻となる方をあざ笑うのが君の正義ならば友を止める」 ……そう言われたとぉ」
「随分と、まっすぐな方だな。うん、実に好感が持てるよ」
「そうねぇ。なかなか言える事ではないわ」
うん、そうだね。ちょっと気障っぽい。
そんな具合で、皆、心を入れ替えたかのように彼女らを気遣っている、らしい。
期を同じくして?
……まあ、三人ともここ一年ほほどの間に、問題が起きたのだから、同じような時期になるのもまた当然なのかもだけれど。
愛の伝道師? 近頃噂の紳士?
……なぁんか、引っかかるな。
その伝道師の、活動時期がドエースがしばらく姿を見せなかった時期と重なる気がするんだよね。
そういえば、とおそるおそる友人たちに聞けば、彼女らが挙って上げた名は……。
「ベネディクト様、ですか。その方、わたくしの婚約者ですわ……」
もしかして、わたしが言う前から反省して影でフォローしてたの!?
なら、何で言わないの? 言ってくれれば少しはわたしだって歩み寄ったのに。
これじゃ、怒り損じゃないの……!!




