悪役令嬢、祝いの言葉を聞く。
「噂を聞いたよ。婚約が決まったと。しかも、お相手は好いた方だそうだね? いやあ、私も我が事のように嬉しいよ!」
「おめでとうございますぅ……グスッ、流石はバーバラ様ですわぁ。わたくし、思わず感動してぇ……。お祝いの詩を書いてしまいましたの。貰っていただけますぅ? ……グスッ」
「まったく、めでたい事ね! わたくしも気前だけはいい婚約者を脅し、……いえ。理解ある婚約者にお願いして、わたくしと連名でお祝いを贈りましたわ。後で目録を確認していただけます?」
わたしは今、祝いの言葉を聞いている。
あれからもまた面会希望が続き、多忙な時間を過ごしていたわたしは、いよいよ精神が煮詰まってきていた。
ストレスを抱えつつも、三日に一遍にまで減った面会と、政務の引継作業を続けてること一ヶ月。
暦の上ではもう夏も過ぎ、秋口に差し掛かっていた。
……これで誘拐騒ぎから、二ヶ月も引きこもっていた事になる。
そろそろ本当にダメになりそうな気配をマリナが感じ取ったか、有能なわが執事ペーターが気を効かせたか。
そんな頃に、三人のお友達がやってきたのである。
迎えた場は、壁紙やカーテンを掛け替えて少しだけ大人バージョンにしたわたしのサロン。
お気に入りの猫足のテーブルに白いクロスを掛けて、お茶会の準備は万端だ。
敏腕メイドのマリナは、美味しいお茶を淹れてくれるし、我が家のパティシエは新作お菓子をがんばってもてなしてくれる。
うん、今日のお茶会は間違いなく盛り上がるね。
「ほほ、有り難う皆様。わたくし、皆様のような素晴らしいお友達に恵まれて、本当に幸せ者ね」
内心複雑ながら、笑顔で受け止めれば。
「いや、そこは素敵な婚約者を、と言わねばならないのではないかい?」
そこに今日もヅカの男性役のように凛々しい友人が、小粋に話題を振る。
「そうよ、今日は絶対婚約者の事を聞き出すわよ。この前のようにはいかないからね?」
「グスッ、そうですぅ。おめでたい事ですしぃ、わたくしもバーバラ様のお相手の事、知りたいですぅ」
「まあ、ミゼット様ったらお上手ね。ツィスカ様、レーナ様まで仰るなら、お話しない訳にも参りませんけど……。そうも期待なさると、わたくし、照れてしまいそうです」
まあ、確かにね。
まともな結婚を望めないと覚悟した時に比べれば、気も知れた間柄の男性となのは、格別に幸運な事なんだろう。
政略婚なのは前の婚約者の時も同じだけれど。好いた相手……な、わけだし。
……相手側の、任務優先な婚姻理由を別とすれば、だけれど。
今もドエースは、わたしの防波堤となるべく王都で面倒くさい連中を受け持ってくれてる。
弾避けとして、存分にその体を張ってくれてる訳だ。
それに意外にも筆まめで、週に一度は報告書と好意を示す花言葉を秘めたお花を贈ってくるし、そういう、こちらを大事とする態度は……まあ評価すべきなんだろうけれどね。
でもやっぱり、乙女心的に? 任務優先な彼には不満はある訳ですよ、はあ。
……このお花やお手紙すらも、彼がわたしの「霊質」 を獲得する為だけにわたしの恋心を募らせようと寄越しているんじゃないか。
そんな疑念すら浮かんでしまうから、恋だけに浸っていられないの。
「今日は午後一杯を皆様と話尽くす予定ですもの、時間は沢山ありますわ。ですから、わたくしのお話ばかりでなく皆様のお話も聞かせて頂けます?」
「まあ! またそんな風に、わたくし達にばかりお話させようとして。バーバラ様はずるいわ。誤魔化そうとしていない?」
「そんな事はありませんのよ、ツィスカ様。ただ、皆様とは最近お手紙ばかりで、なかなかお喋り出来ないでしょう?」
「グスッ、確かにぃ、ここ一年はぁ、バーバラ様もご領地で静養なされてましたしぃ……」
「そうでしょう? レーナ様。ですから、ここは順番に参りましょう。わたくし、皆様と会話を楽しみたいの。皆様が話されたら、わたくしもお話しますわ」
おっとり微笑んで彼女らに話を振る。
たっぷり四時間はあるお茶会の時間、一人だけ話をさせられるなんてとんでもない。
根堀り葉堀りされてるうちに、余計な事まで話しちゃいそうだもん。
いまいち自分の口を信じられない為の引き延ばし策。
そんな理由で振ったのだけれど、これが意外な事に、おもしろい話が聞けたのだった。
たとえばツィスカ様。
「先日のお茶会の時から、よくよく考えたら、彼の家に頼って負債を重ねるだけのこの状況は、わたくしの家の為にもならないと思って、わたくし、決心したの」
「何をですか?」
「だってね、結局は彼が気軽に浮気するのも、わたくしを粗末に扱うのも、こちらが下手に出るとわかっているからではない? 彼の家へ沢山支援して貰っている負い目があって、この婚約はこちらから破棄出来ない。そのせいでつけあがってる気がするのよね」
「……ええとぉ、グスッ、そうも言えるかも知れませんん……」
余りにもあからさまな内容に、困った顔をしたレーナ様がぎこちなく頷く。
「そうよね。だから、ちゃんと勇気をもってお断りしたの!」
「お断り……とは、婚約の件かい? それは大胆だね」
「まあ、本当に思い切りましたのね」
ツィスカ様の言葉に、思わずミゼット様もわたしも、目を丸くしてしまった。
そして、そこから更なる超展開。
「ええ、そうよ。わたくし頑張ったの。そうしたら、今更よね、心を入れ替えて君を愛すから、と。相手が縋ってきて……」
「なんだい、それは。馬鹿にしているな。その男は、女を何だと思っているのか」
「ええ、そうなの、そうなんだですけれど……。でもね、何か、今回は様子が違うのよ」
「え? 何が、でしょうかぁ……?」
レーナ様がついていけない様子で首を傾げる。
「最近ね、彼にもまともな男友達が出来たのですっえて。その友人が、彼の放蕩ぶりを見て苦言を呈したそうなの。「それでも紳士か、君は自分の見苦しさを自覚したまえ」 って。それで少しは自分の今までの振る舞いを考えたのですって」
「ふむ? なかなかわかっている男だな」
「……で、彼は自省して。わたくしの前にわざわざ、謝りに来たの。お金で誤魔化すんじゃなくて、自分で顔を見せたのよ」
「まあ……」
ツィスカ様はお茶で喉を潤して、少しだけ間を置いた。
話疲れたのだろうか。
「ええと、何だったかしら。ああ、そう。それでね、顔を見せた彼はこう言ったの。「今までの一切は、負担と思ってくれなくていい、俺の不誠実な行いが、君の顔も見ずに遊び歩いたその不義理こそが、君の心の負担となり、散財させたのだろう」 なんて言って」
「……それはまた、破格の話だな」
ミゼット様の言葉に、ためらいがちに頷くツィスカ様。
「ええ……。勿論、そこまで言われては、今度はわが家の事を省みずにはいられないわ。わたくし、彼が本気なら、ちゃんとわたくしと向き合ってくれるなら。馬鹿な親は隠居させて、彼と一緒に……本格的に伯爵家を立て直そうか、と思って」
ただ、ツィスカ様も、何度も裏切られてきて、彼を安易には信じきれない。
なのでこれから一年間、彼に浮気は許さず、浮気したら今までの借財は返さないでいい、という彼にばかり負担を強いる誓約書を書かせて。
ちゃんと浮気癖をやめたか観察中であるという。なんと、まあ……。思い切った話である。
……そんな風に、わたしと友人たちのお茶会は波乱含みで始まった。




