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悪役令嬢、意趣返しする。

 ぐだぐだ言っていても仕方ない。わたしが動き出せば、周りもまたそれに沿ってわたしを補佐する。


 マリナの介助を受け朝の支度を済ませ、ささっと遅めの朝食を済ませ。

 食後のお茶を飲みがてら、執事に今日の段取りを聞くのだけれど……その内容にうんざりする。


「また、面会希望なの? 数が多すぎないかしら」

 今日も化粧係によりきっちりと揺るぎなく巻かれた金の縦ロールを後ろに払って、わたしは渋面を浮かべる。ここのところ、どうにも小物らの面会希望が多過ぎるのだ。


「どうやら、わが領と王都の近さも相まって、バーバラ様の当主就任の噂はかの地を走り抜けているようですね」

 苦笑を浮かべる若き執事。年の頃は確か二十一歳と少しばかり年上である。

 彼は、執務面を支えてくれる側近だ。

 前執事の息子であるペーターもまた、幼い頃からわたしを知る身内である。

 その気安さから、令嬢の振る舞いこそ維持するものの、掛ける言葉は崩れがちだ。

「なるほど、噂の主は王都の貴族達ね。利便性はいいけど、近いというのもやっかいなものねぇ」

「全くです。若い当主だからと、息子をねじ込み操る算段しか思いつかないとは、情けない限りですが」


 王都には、社交シーズンほど顕著でないにしろ、常に多くの貴族が存在している。

 彼らはいつだっておしゃべりで、己の損得に関わる事には敏感なんだよね。


「彼らが楽しくおしゃべりしているようでは、わたくしがお父様の跡目を継ぐ事も、誰もが知る事実なのでしょうね……」


 ……「事実」 として流布された一連の情報。当然流したのは当然お父様の手の者だろう。お父様がその気なら、わたしが次代を継ぐその日まで隠しおおせる事ぐらい訳ないのだし。


「思い切った手ねぇ、余計な者も引き付けてしまうでしょうに」

 とはいえ今流布している中心は、わたしの婚約者が本決まりになりそうって事ぐらいかな。わたしの後継者としての地位が固まりつつあるからこそ、入り婿の座に、自分の家の子をねじ込みたい者が動いてるんだろうと推測する。茶会の時のように、無能を放り込んでこようとする者が増えるのは、規定路線よね。

 更には、ご自分に自信のある殿方も来ちゃうのかしら。黒幕希望の腹黒な方とか、有能でも御免だけどね。


 私は花柄の可愛らしいティーカップを片手に、ため息を吐く。

 ……考えるだけでうんざりするのだけれど。


「私欲にしか興味のない小物など、わが方の者達でどうとでもなりますが、お嬢様……いえ、次期当主バーバラ様のお命は、一つしか御座いませんゆえに」

 ペーターは苦々しいとばかりの渋面で答える。


 そこでふと、わたしは思いつく。有能な執事の父に似て若くとも場慣れた彼が、自体の露見を望み、わたしの保身に回る程に、容易ならざると考える相手とは。


「……そう、これはお母様や手の者に聞かせる為なのね。そこまでは考えつかなかったわ」


 どうやらお父様は、目下のところ獅子身中の虫たるお母様こそを重要視したようだ。彼女の「二度目」 を許さないという、その示威行為として後継者抜擢の噂を流した。

 実際、ここまで「事実」 が広く知られた状況でわたしが消えたら、世間体にもただ事では済まなくなるだろう。お父様のお友達は、お母様との長年の確執も知っておられる事でしょうしね。



「……そうね、自分の命と比べたら、下らないお世辞も下心たっぷりの心付けも、笑って聞き流せるものだわ。分かりました、敵対勢力だけは用心して貰えばいいわ。貴方の基準で席を作って頂戴」


 まあ、最悪……ごねたり既成事実など作ろうと画策してきたら、婚約者としてドエース……ベネディクトの名前を出してやろう。

 結婚するかは別として、あそこまで気合い入れてわたしを落としにきたのだから、ここは盾役になって貰うしかないよね。


 ……あら、これって?

 少しはドエースへの意趣返しに使えそうじゃないの。

 ふふ、早速お手紙してあげようかな。


「せっかくですもの、ここは婚約者様にも働いて頂きましょう? 彼は現在、お仕事で王都にいらっしゃる筈だわ。……執務室に向かいます。午後一番にでも「婚約者」 の文を「直接」、届けさせて頂戴」

「成る程、それは良いアイディアですね。口の堅い者を伝令役に立てましょう」


 手紙は誰が見てもいいように季節のご挨拶文のようなものにしておいて、伝令に口頭で今回の企てを伝えさせる事にする。

 余計な証拠は残さないに限るし。


「ふふふ、有能なわが婚約者様なら、わたくしの為によく働いて下さるでしょうから……彼の活躍が楽しみでならないわ」

「まあ、この程度はアヴァリーティアの婿に入るのですし、軽いものでしょう」


 うすら寒い笑いを浮かべるわたしに、しみじみと頷くわが執事どのはぶれない。

 アヴァリーティア家に役立つなら、外の者でも多少胡散臭い者でも寛容になるのが、わが家の家来というものだ。


「ええ、せいぜいわが家の為に、役立って貰うわ?」


 わたし、まだ怒ってるし。

 結社の為、魔法の素になる謎パワー……ええと、『霊質(アイテール)』とやらをわたしから長期に絞り出す為に身柄確保するつもりだとか、本気で馬鹿にしてるし。

 わたしは電池じゃないっての。


 散々口説かれまくって舞い上がった末に、利用目的を言ってがっかりさせた罪は重い。

 あんなに甘く口説いたくせに……結社のお役目の為とか、本気で許せないし。


『だが、そこは結社の機密が関わっていてね』

 あの日薔薇の迷路の四阿で、 そう言って言葉を濁した彼。

『今は言えない。いつかは、ちゃんと全てを話したいけれど……』


 熱の籠もった甘い視線も、幾度も助けた事も、全部が使命の為だったなんて……。

 全部偽りだなんて、信じたくは、ないけど。

『大好きなんだよ、ねえバーバラ』

 ……その言葉を、その想いを、信じたいけれど。


 相反する思いで、ぶれぶれの気持ちで、恋する乙女なわたしは今日もドエースの事を思う。

 ぐるぐる考えて、結局、彼の言葉に振り回されてる悔しさが勝ってしまうから。


「これぐらいの試練、わたくしの有能な婚約者様なら、軽々乗り越えられると思うわ。そうじゃなきゃ、わたくしの片腕には頼りないもの」


 そんな憎まれ口を、叩いてしまう。

 ……わたしを電池扱いする奴なんて、結社の役目以外で時間外労働させられて、貴族の下らないやっかみで少しは苦労すればいいのよ、ふん。



「……さて、後はしばらくは様子見かしらね」

 手紙を認め、伝令を出したところで、わたしは執務室で次の手を考える。


「所詮は噂は噂ですので、今の時点ではこの程度で宜しいのではと私めも愚考致します」

 ペーターの言葉は気の逸りがちなわたしを窘める響きがあった。過剰な動きは、周囲に余計な勘ぐりをさせる事になる、そう言いたいのだろう。

「まあ、そうよね……わたくし達が早々に動くのも、浮ついた態度に見えてしまうわ」



 わたしがこうして実際に指揮を執るようになった今。

 結果としてはわが家の転覆騒ぎと、後継問題は収束したのだろう。


「わたくし、お父様に後始末を任せるばかりで、何の役にも立たなかったわね……」

 立派なデスクにだらしなく頬杖など突いて、ため息を吐く。


 誘拐未遂からこちら激動で、ずいぶんと前の話のように思えるけれど、まだ一月も経ってない事実に驚く限りだ。


「とんでもございません。アヴァリーティア一門は、仕えるべき相手を間違えません。新しきご当主様のその品格あるお姿を見て、皆納得して仕えているのです」

「そう……?」

「ええ。このペーターめが保証致しますよ」


 次代の男性使用人筆頭が言えば、父と共に引退したばあやの後を継ぎ、メイド筆頭となったマリナも、執務室の壁際で控えめに頷いた。

「わたくしは以前より、仕えるべき主をバーバラ様と定めておりましたわ。お嬢様に、いえお方様に再びお仕え出来る事、嬉しゅうございます」

「そう、なの」


 しょせん、わたしの貴族の振る舞いは……取り繕っただけのお母様を真似たハリボテで。

 お父様のような自然体で人を惹き付けるようなカリスマは、持ち合わせてないのだけれど。

 それでも、彼らが納得してくれたと言うならば。

 わたしの長年の努力は、報われたという事かな。

 お母様の背を見てひたすら走ってきたこの十七年は、無駄では無かったのかな。


「そうね、貴方達がいるし、嘆いてばかりもいられないわね……わたくしはわたくしなりに、励んでいくしか、ないのね」


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