家族にナイショの魔法少女活動!
魔法少女なわたしにも、日常はある。
……悪役令嬢な、日常が。
薔薇の生垣に囲まれた瀟洒な館の一室。
ドギツイ色のドレスに派手なメイクの、悪役然としたわたしは、珍しくしょげていた。
何故かと言えば。
「全く、近頃は貴女らしくない失態続きですね。どうなさったのバーバラさん」
わたしの自室にいきなりやって来たと思ったら、目を吊り上げて怒る妙齢の御婦人。
今は、お姫様ちっくな可愛い白のティーテーブルの対面に座り、わたしにどこの圧迫面接ですか、って態度でガンガンお説教中だからだ。
……どれだけ続くのかな、この話。テーブルの上のお茶も、もう冷め切ってしまったよ。あーあ、お気に入りの銘柄のハーブティーが、勿体無い。
そこで、わたしの膝にちょこんと乗ってる、ぬいぐるみのふりした憎いヤツがひそりと言う。
(「ご主人、何故母御に反論しないのだ。ご主人はただ悪党どもに正義の鉄槌を下しに参っただけではないか」)
ハッハッハ。それこそ馬鹿を言うでないよ、この魔王系マスコットめが。
お怒りのお母様に口答えなんて、話が余計に長引くじゃない。
「 バーバラさん、ちゃんと聞いてますか。お返事も忘れましたの?」
「アッハイ」
派手なダークレッドのゴテゴテドレスに派手めなキツイ顔。目の前のわたしのそっくりさんなこの人は、他人行儀な話し方だけど、これでれっきとした母親。
他人行儀なのは、娘の教育を乳母に任せっきりで、殆ど話した事もない人だからかな。あ、別に貴族社会ではよくある事で、この人が特別酷い訳じゃないの。
そんな、召使い達よりもずっと遠い関係の人が、わざわざやって来た訳は。
「貴女は立場を弁えずに、何をしてらっしゃるの。先日もダンスのお稽古を放り出して逃げたそうね?」
素行不良な娘への、ご注意にいらしたのだ。
わたしことバーバラは、これでも伯爵家の人間。高位貴族の端くれとして、これで制限が多い身である。
そんな娘が、外をほっつき歩いてたら、まあ怒るよねぇ、そりゃ。
「わたくしに恥じない娘であるように、と、何度言えば分かるのですか。このアヴァリーティア伯爵家は、ただの伯爵家ではないのですよ」
ツーンと顎をそらすその角度、見習いたいですね。お母様の悪役顔によく似合ってるわ。
お母様が言うように、「強欲」を意味する言葉をイメージして、その役割を与えられた我が家は、まあ確かにフツーじゃない。
色々、人に言えない裏がある、という意味で。一応、どうにか、かろうじて……犯罪じゃないのが、救いかなあ。
「いいですか、長きに渡る伝統を護る為にも、貴女は隙を見せてはならないの。それでなくとも敵が多いのですから」
ジロリと睨めつけて、レースの扇子をパシリとやるその態度こそが、敵を作ってる気もしないでもないですが、いかがでしょうお母様。
「もう一度、しっかりと立場を考えなさい」
でも言ってる事はただの正論なので。
「……ハイ」
わたしはただ平身低頭に聞き入るしかない。
吊り目で派手顔で高慢ちきな物言い。
正に、典型的悪役女なこの御婦人、普段は家族揃って行う晩餐の時にしか顔を合わせない人が。
わざわざ子供の顔を見に来たのだから、相当お怒りなのだろう。
……やっちゃったなあ。あの様子じゃ、しばらくはおとなしくしてないと。
かと言って、馬鹿正直に友人の危機に魔法の杖で飛んで行ったのですなどと、口が裂けたって言える訳ない。
もう何百年も前に、魔法の遺失したこの世界で、そんな事を言ったら。
頭がおかしいと思われてしまうもの。
お母様の圧迫面接……もとい、厳しい注意が終わったあと。
わたしは、メイドの淹れ直したお茶を飲みながら、ぼんやり考えていた。
魔法の失われた世界で、魔法少女なんてやってるわたしだけど。
創作世界だからと言って、ご都合主義に誤魔化せる範囲は少ないみたいだ。
「これからは真面目に、アリバイ作りも考えなきゃだねぇ……」
「そうだな、ご主人。下手に反省部屋などに入れられても堪らない。あの時は一日で済んだので良かったが……。悪の組織は日々暗躍しているのに、肝心の魔法少女が閉じ込められてました、では済まされん」
ぬいぐるみのふりをやめて、テーブルの上でもさもさクッキーを頬張る魔王系マスコットは、今日も渋い声で言う。
そうね、あそこは入ったら最後、お母様のお怒りが解けるまで外に出れないし……。
「本当に、伯爵家の娘と、魔法少女の二重生活も大変だよ」
わたしはしみじみと呟く。プリティはぽむりと、そのフカフカな手で腕を叩き労ってくれる。
お嬢様は、優雅にオホホとお茶飲んで刺繍してるだけが仕事じゃない。年頃ともなればお婿さん探しに夜会三昧だし、女社会の一員としての昼の茶会も断れないし。
最新の話題に付いてく為にはお勉強も欠かせない。テーブルマナーにダンスに楽器のお稽古。
お姫様の裏側って、優雅な白鳥の水面下の水掻き並みに、舞台裏がハードなのだ。
「でもほんと、どうしようね。敵も手強くなってきて、サッと撃退してサクッと帰還、なんて出来ないし……」
先日も、悪の幹部に助けられなきゃ門限破りの危機だったし。あれはもう、本当にヤバかった。
紳士風ドエースとの二人乗りでの帰還、なんてね。
お家の人に気付かれたら、確実に、今日のお説強程度では済まなかったよ。下手をすると、普段は家にいない、お父様まで出張ってくるレベルだった。
『折角だし、ご両親に挨拶して帰ろうか?』
なんて、あいつもやたらとやる気だったし。……冗談だとは思うけど。
丁寧に御断りして、裏門からコッソリ家に入ったけど、そりゃもう内心はドキドキだったわ。
……紳士と馬に二人乗りも初めてで、別の意味でもドキドキだったけど。
なんて、思い返してたら頬が熱くなってきた。やだなあ、前世も今世も、男性には免疫がないから、すぐに赤くなっちゃう。
わたしの態度に、あいつの事を考えていたと鋭く見抜いたらしいプリティは、ふわふわのぬいぐるみ足をてしてしとテーブルにぶつけてお怒りである。
「ご主人よ、汝は全く警戒心というものが足りない!」
「こ、これは反射なの。男の人とあんなに近付いたの初めてだし」
「嘘だご主人。ダンスでは散々男と接近しているではないか!」
てしてしふみふみとお怒りをあらわしても、可愛いだけだぞマスコット。
「あ、あれは社交だもの。それにわたしは滅多に誘われないし……」
ただですら悪名高い家の、社交界で浮名を流しまくった悪女の娘ですからね、わたし。
そんな女を誘う人なんて、まあ……知れたもので。
ハゲたオッサンとか女好きっぽい金満ブタさんとか、そんなのを相手にして、喜ぶ重大の女の子ってあんまり居ないと思うのよ、うん。
まあ、わたしの残念な私生活の事は放っておいて。
「……と、とにかく! 今日はいいアイディアが出るまで、二人で考えるわよっ、て、プリティ、テーブルの上で何で寝る体制になってるの。貴方も協力するの!!」
「うむ? 我は腹が膨れて眠いのだ……」
「こらー、寝るなー!!」
もう、本当に! わたしの毎日って大変過ぎるわ!!