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悪役令嬢、気が重い朝を迎える。

 お父様の衝撃の引退宣言より、明けて翌朝。


 いつもより少し遅いぐらいの時間に目が醒めてみたものの、正直二度寝したい気分だ。


「本当、黒幕就任とかないんですけど……」


 確かに、わたしの今世のスペックは色々とやばい。

 悪い方向に突き抜けている。


 好みの男性に熱烈アピールされてるお陰で忘れてたんだけれど、わたしってば社会的に傷物扱いなのよね。

 何せ、婚約者にはその性格の悪さから一見善良な少女……その正体は結社の回し者のビッチ怪人だが……に婚約者を取られて散々な言葉でフラれた負け犬で。

 さらには裏社会を牛耳る二枚看板の片割れ、狂信者持ちのお母様のきつめの美形顔を受け継いだ、とんだ悪役顔の女である。



 そんなわたしだけれど、だからと言って、本気で裏社会の顔役になる気なんてないんですよね。

 っていうかぶっちゃけハードル高すぎですし。


「そりゃまあ、お母様を見習って、見た目から言動から高慢な令嬢を演じてはきましたけどね? 人を顎で使うとか、苦手なんですけど……」


 頭まで布団を被ってぼそぼそと呟くわたしってば、すごい情けない。

 キングオブ負け犬な感じ。

 まあ、一年引きこもっただけあった。暗い、暗すぎる。自分でも引くわこれ。


 でも、ねえ……。

 魂の根っこが前世を引きずってるせいもあって、難しいんだよねぇ、上から命令したりするの。

 お嬢様業も十七年目だし、お世話を受けたり人を侍らせたりはもう、そういうものだと割り切るけれども……。


 お母様みたいに狂信者作って色々動かしたり。

 お父様みたいに上級貴族達の仲立ちをしたりして人脈広げたり。

 そんなこと、出来る気がしない。

 荷が重い。


 色々あって社交会デビューも遅れたし、華やかな場は好きだからパーティやダンスは苦ではない。

 ソーシャルでお題話なんてやってたし、環境作りや地味な根回しも嫌いではないけれど、裏方やってたい目立ちたくないって気持ちもある。

 あれですよ、元オタクですからね。引きこもりたいんです。


 でも、派閥争いに負けられない理由は既にきっちり出来上がってる。

「……まさか、同年代のお嬢様がたに、有望株の貴公子を取り合うライバルと目されてたなんてね」


 確かに、わたし主催の茶会の時にかわいらしいお嬢さん達に睨まれたね。

 何か、親御さんにもおかしなおじさん押しつけられそうになったりしたね。下手過ぎる手だけど、一応牽制された覚えがあるね。

 でも、本当びっくりだ。わたしなんてお父様の判断に従うだけ、なんて楽観視してたし、お母様いわく「傷物」 でしょう?

 そういう女の争いからはほど遠いと思ってたのよね。

 その実思い切り渦中にいたという……。


 とはいえ、裏表とも有名なわが家へと入るお婿さんだ。

 最終候補ともなれば人品能力共に一級品が選り抜かれてることだろうから、まあ、牽制するのも仕方ないのかも知れない。

 でも、入り婿だよ? 家を継げない次男以下の人なのよね?

 うちみたいに一人娘の家の方が珍しいんじゃないのかな? お嫁入りする娘さん達が多数だろうに、何故わたしが敵になるんだろう。やっぱり解せない気分ではある。


 大体、婚約者にしろ、黒幕引継にしろ。

「わたしの意志は、そこにないんだけどなぁ……」


 決めるのは当主だ。お父様だ。


 そんな、女性貴族たちのやっかみのある中で。

 ここ一年領地に引きこもってたから、若手貴族達の最近の活動やら派閥やらも見えてないところが多い。

 不明瞭極まる状況から、若手貴族を掌握せよ、だなんて。

 難易度が極悪過ぎると思うんですけれどね。


 そこのとこ、お父様も考えて欲しかったんだけど……。

「はあ……気が重い」



 もそもそ寝返り打ちながら、ベッドの中で大きくため息を吐いていたら、使用人が寝室のドアをノックしてきた。

「お嬢様、朝でございます」

「ううーまだ寝てるぅ……起きたくないぃ」

「起きていらっしゃいますね。では失礼致します」


 わたしの苦情も何のその、起きている事を確認したら、朝の支度を揃えて入ってきた。


「わたしは起きないって言ったのに……」


「まあまあ、お嬢様ったら。昨日は社交もありませんでしたのに、まだベッドの中にいらしたんですか? 次期当主様がなんと情けない。しゃっきりとなさいませ」


 彼女はマリナ。ばあやによく似たお母様程の年代のご婦人だ。

 お父様と共に引退を決めた筆頭メイドのマーゴの代わりとして配置されたわたしの補佐役で、マーゴの娘でもある。



「わたしは、まだ当主じゃないもん……」

 布団の中ですねたように呟けば、あらあらとマリナは笑う。


「そうですねぇ。まだまだお子さまのようですわね。メイドを困らせる主人でいらして」


 彼女は、マーゴの娘ってだけでなく、わたしの乳母だ。

 孫のようにかわいがってくれたマーゴと違って、育ての母だけに頭が上がらないのよね。

 その口調も行動も、マーゴそのもの。てきぱきと洗顔の用意にドレスの支度と、段取りを整えてわたしを急かす。


「むう、子供じゃないもん……」


 急かすとは言っても仕事は丁寧で親身であり、全て抜かりなく行われるから文句は付けられない。

 わたしはベッドから這い出て、暖かいお湯で洗顔して、さっぱりしたところで立ったまま着せ付けられるだけのお仕事なのだから。


「今日はお化粧は薄目にしておきますわね」

 鏡台に座ってからも楽なもの。

 ほぼトレードマークな縦ロールだけは捨てられないけど、朝からきっちりメイクが日課であった日々とおさらばしたから、拘束時間は以前の半分以下である。 

「うん、用向きがないぶんにはいつも薄くていいわ。きっちりアイメイクとかすると、意地悪顔が余計に引見になるんだもん」

 まあ、こればかりはねぇ。元のパーツがきつすぎるんですよ。


「まあまあ、こんなに美人さんなのにそんな事を言っては、世の乙女達に睨まれますわよ?」

「えぇー。でも釣り目で釣り眉で薄い唇で、どこ取っても意地悪そうじゃない」

 背もたれのない丸椅子に座ったわたしが鏡の中の意地悪顔を睨むと、後ろで髪を整えるマリナと化粧係の古参メイドが、ころころと笑う。


「そんな事を言うなら、思い切り可愛らしく彩って差し上げますしょうかしら」

「受けて立つわ、やれるものならやってみなさいな」

 ツンと顎を上げて高慢に振る舞っても、後ろの二人ときたら楽しげに笑うばかり。


「あら、これは腕が鳴りますねぇマリナ様」

「ええ、思い切りロマンチックに仕上げてみせましょう」


 和気藹々と、朝の時間を過ごしていると気分が浮上してきた。

 そうだよねぇ。わたし、今はぜんぜん気を張らなくていいんだった。

 軽口を叩きながら気楽に過ごせる毎日って、本当にいいなぁ……。

 グッラ家の目のある内は、朝から悪役令嬢演技が入ってたもんね。はあ。


 色々悩む事は多いけど、生活面ではこれ以上になく潤ってる訳で、そこに文句を付けてはいけないんだと思う。


 ただまあ……未来が明るいかと言えば、そうでもないんだけれどね。


「黒幕とか、婚約者とか。考える事が多すぎて困るなぁ……」

 楽しげにわたしを着飾るメイド達をよそに、ひっそりとため息を吐いた。

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